第六十七話『生存者の役割』
「……改めて、俺はアラン。アラン・ルルツだ。通りすがりの俺の頼みを引き受けてくれたこと、本当にありがたく思うよ」
プナークがいるとされる大部屋に向かって歩を進めながら、男――アランは改めて俺たちに頭を下げる。少し癖のある茶髪が、それに伴ってゆらりと揺れた。
「礼は地上に出てからでいいわよ。私たちもあなたも、外に出なくてはいけないって目標は共通してるんだもの」
「それに、その状態でもある程度の魔術を使ったりすることはできるって話だったしね。もとからボクたちはマルクを守らなきゃいけない立場だし、そこに一人増えても少し考えることが増えるだけだから問題はないよ」
かしこまった様子の男に対して、戦闘を行くツバキとリリスは軽い調子で対応する。一切の緊張を感じさせないその姿を見つめて、アランは俺の方へと視線を戻した。
俺より一回りか二回りは上だろうと思われるその顔には、わずかながら困惑の様子が浮かんでいる。俺からしたら確かに見慣れたものだけど、確かに初めて見る人からしたらあの二人の態度は少し不思議に映るものなんだろうな……。
「……なあ、あの二人はアレが平常運転なのか?」
「ああ、いつも通りだな。頼もしいだろ、俺の仲間たちは」
小声で問いかけてくるアランに対して、俺は堂々と胸を張って見せる。今まで自慢したくてもできないようなことも多かったから、素直に自慢できるのがこんな時だってのに嬉しかった。
「いや、守られる側らしいお前が胸を張るのもそれはそれでおかしい気がするんだがな……今から怪物がいる部屋に向かうってのに、少しばかり緊張感が無さ過ぎやしないか?」
「どうせ大部屋でプナークとやらにぶつかるってのは分かってるんだし、緊張感なんて今から持ってても委縮するだけだもの。それとも、あなたはダンジョンに向かおうと街道を歩く時にも緊張感を持てって言いたいのかしら?」
アランの小さな声を耳ざとく聞きつけたのか、ちらりと振り返ったリリスが怪訝な表情を浮かべる。ジト目としか言いようがないその視線を受けて、アランは軽く身を跳ねさせた。
「いや、確かに言う通りだな! 先に怪物がいるのを知っている以上、今だけでもリラックスしてなきゃいけないよな!」
「そういう事よ、いつもいつも緊張なんてしてたら身が持たないわ。……だから、あなたももう少しだけでいいから肩の力を抜いておきなさい」
そんなんじゃ大事な時に動けなくなるわよ、と締めくくって、リリスは前に視線を戻す。……なんというか、どこまでもリリスらしい緊張のほぐし方だった。
「……ええと、今俺は助言を受けたってことで良いんだよな?」
「そう受け取って大丈夫だぞ。リリスもお前に冷たくしたいわけじゃないから、ちょっと厳しめなのは大目に見てやってくれ」
目をぱちくりとさせているアランに、俺はそう言って微笑みかける。リリスの気遣いはちょっと遠回しなだけで、その観察眼は相当なものだ。事実、きょとんとしているアランの肩からはこわばりが抜けているみたいだしな。
というか、突然助けを求めて来た冒険者を助けた時点で優しくないわけはないのだ。『ここで助けた方が後々私たちに得になるからそうしただけよ』――とか言って、リリスは誤魔化そうとするかもしれないけどな。
というか、リリスの治療技術のおかげで結果として俺たちも心の準備が出来てるわけだしな。打算的にも感情的にも、リリスの判断は成功していると言って間違いないだろう。
「……なんつーか、いいパーティだな。このダンジョンに居てもなおいつも通りでいられるのは大したもんだよ」
そんな俺のフォローを聞いたからなのか、アランはあごに手を当てて唐突にそう評価してくる。その言葉を聞いて、俺の頬は自然に吊り上がった。
「いかにもベテランって感じのアンタにそう言ってもらえると嬉しい限りだな。色々と頑張ってきた甲斐があったって感じだ」
「パーティとしてはまだまだ若手だけど、踏んで来た場の質が違うからね。少しばかりの異常事態じゃ動じない強さは持ち合わせてるつもりだよ」
俺の返答に続いて、リリスが誇らしげにそう語る。それを聞いたアランは興味深そうに息を漏らしていたが、きっとアランの想像よりも俺たちの実経験の方がよっぽど壮絶だろう。
『タルタロスの大獄』での激闘からギルドで起きたクラウスとの衝突、このダンジョンでのクラウスとの戦闘から刺客の対応に至るまでその困難は枚挙にいとまがない。まず間違いなく、パーティとしての経験値は他のベテランたちと比べても大差ないものだと断言できるくらいだ。
「……俺よりよっぽど若いってのに大した落ち着きようだよ……お前たち、王都のギルドに所属してるパーティか?」
「ええ、そうよ。そう聞くあたり、あなたたちは他の街からダンジョン開きに向かったクチかしら?」
アランの質問に振り向かないままで頷きながら、付け加えるようにして質問を返す。それに対して、アランは少し重々しく頷いて見せた。
「ああ、俺たちのパーティは王都には出たことがねえ。それで十分稼げたし、町一番の冒険者ってのは例え規模が小さくても誇らしい称号だったんだ。……まあ、そのメンバーも今じゃ俺だけになっちまったわけだが」
どこか自嘲気味に笑って、アランは回想を締めくくる。その言葉尻の響きが、アランを突き動かす者の正体のような気がした。
今のアランを動かしているのは、きっと罪悪感なのだろう。仲間を死なせてしまったことへの、自分だけ生き残ってしまったことへの罪悪感。それがきっと『弔わなくてはならない』という意思に変わって、脱出へとアランの足を向かわせている。
その背中に乗っている重みを推測するのは、きっと失礼に当たる事だ。……これ以上深く推測するのも、やめておいた方がいいような気がした。
「……だからこそ、あなたは生きるんでしょう? 仲間たちと作り上げて来た誇らしい称号を、こんな薄暗いところで人知れず終わらせないために」
だが、俺が踏み込むのをやめた部分にリリスは踏み込んでいく。……その声の響きは、やけに優しいような気がして。
「……ああ、そうだな。たとえ冒険者としての俺がここで終わろうが、何とかしてアイツらの墓標を立てるまでは死ねねえ。……出来ることなら、『アイツらは最後まで勇敢だった』って周りの奴らに語り継いでいかなくちゃならねえ。それが、生き残っちまった俺にできることだ」
「そうだね。……その覚悟が出来ている君は、信用に値する」
アランの決意を受けて、ツバキがそれを肯定する。……その言葉にいつもの朗らかさはなく、ただただ真剣な響きだけが通路に響き渡った。
ツバキとリリスが生きてきた世界は、冒険者よりもよっぽど命が軽い世界だ。取り落すことと常に隣り合わせの場所で生きて来た二人だからこそ、その言葉は重い。……決して、軽薄な言葉なんかではなかった。
「さて、そろそろ問題の大部屋だ。……お互いの身の上話の続きは、ここを抜けてからのんびりするとしようか」
俺たちの会話が一段落するのを待っていたかのようなタイミングで、長かった通路が終わりを迎える。早足で向かって五分はかかっているであろう距離を走って逃げて来たんだから、アランの生存への執着は相当なものだ。……良く見れば、地面には赤い血痕が点々と残っていた。
「……そうだな。誰一人死なずに、ここを通り抜けられることを祈ってるぜ」
「いるかも分からない何かに祈ってるんじゃないわよ。……今から私たちは、なんとしてでもそれを実現するんだから」
他ならない私たちの力でね――と。
そうリリスがまとめたのを最後に、ツバキとリリスは俺たちより一足早く大部屋の中へと踏み込んでいく。その背中に遅れないよう、俺たちも大部屋へと歩を進めて――
「……これ、は」
「…………中々に、ひどい状況ね……!」
――その部屋で巻き起こっていた惨劇に、思わず息を呑んだ。
次回、ついに事態は大きく動いていきます!マルクたちを待ち受ける強敵は一体どんな姿をしているのか、楽しみにしていただけると幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!




