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第六十五話『貴方が掲げた旗』

「……ありがとうな、二人とも。俺の理想を笑わないでいてくれて」


 足早に大部屋を抜けて少しした後、俺は前を歩く二人に向けてそう声をかける。それを聞いて振り向いた二人の表情は、どこか間の抜けたものだった。


「なによ、いきなりそんなことを言って。私は最初から貴方の理想を尊重するつもりだったし、これからもそれを諦めるつもりはさらさらないわ」


「ボクも同感だね。あの時クラウスに向かって君が啖呵を切ったときから、ボクたちの目指す勝ち方はずっと変わってないよ」


「……そうだよな。そうなんだろうけど、改めてそうやって言ってくれたことが嬉しくてさ」


『今更何を言っているんだ』みたいな視線を向けられて、俺は思わず頭を掻く。確かに、リリスたちは俺の掲げた旗にずっとついてきてくれてたんだもんな。それをいきなり感謝されたら、確かによくわからなくなるのは当然か。


「……俺の考えをあれほどまで真っ向から否定されたの、初めてだったからさ。お前たちがいてくれなかったら、俺はあいつの考えに反論できなかったと思うんだよ」


 俺のやり方を理想論だと切り捨てた男の考え方は決して間違っていない。そう思えるくらいにクラウスの力は絶対的で、それに抗わないことを責めることはできないからな。傍観に徹している人たちの手を無理やり引くだけの力は、今の俺個人にはない。


「だけど、お前たちがそんな俺の考えを支えてくれた。『私たちがいれば絵空事じゃない』って、堂々と宣言してくれた。……それが、今更だけど嬉しいんだよ」


 俺の描いた理想を、形にしようと努力してくれる人がいる。一人じゃ決して届かない目標を一緒に目指してくれる人がいるということの、なんと嬉しい事だろうか。……二人がいる限り、俺は決して折れることがないと確信できた。


「たとえ今は力不足でも、いつか皆を信じさせるような結果を出して見せる。……なんつーか、改めてそう決意できたよ」


 二人を見つめながら、俺はさらに強固になった意志を二人に表明する。仮に誰が俺たちの道のりを笑おうと、それを気にする必要はもうどこにもなかった。


「……うん、それはよかった。言われてみれば、ボクたちの宣戦布告と真っ向から対立した人は初めてだったっけね」


「あまりにも賛同者が増えないからそんなこと気づいてなかったわ。私たちに味方してくれないって意味では、傍観者も敵もあまり変わらないもの」


 俺の決意の言葉を受けて、リリスは軽く肩をすくめてみせる。いつもと何も変わらないその言葉がなんだか嬉しくて、俺は思わず苦笑してしまった。


「……何よ、おかしい事でもあった?」


「いや、そんな事はねえよ。……お前たちは、俺が思ってるよりずっと強く決意を固めてくれてたんだなーって思ってさ」


 甘ったれになったなんて言っていたが、きっとリリスは最初から優しいのだ。環境がそうさせてくれなかっただけで、きっとその心根は温かい。澄ました顔をしてみても、簡単に隠せるほどその思いは小さくないようだった。


「……何回も言うけど、私は私の意志で貴方について行ってるんだからね? もし私の買い手が下衆なことしか頭にないような人間だったらどこかで見切りをつけてるわよ」


 右手の先に微かな冷気をにじませながら、リリスは呆れたような口調で俺に念を押してくる。そこに一切の虚勢がないと分かるリリスの姿を見つめつつ、ツバキは微笑を浮かべて付け加えた。


「この通り、リリスは警戒心が強いからね。そんな子が出会って間もない人に信頼を預けてるってだけで、ボク個人としても君を信頼するのには十分すぎた。今はボクも、君の掲げた旗の下に集った人間の一人だよ」


 リリスがいるからってことだけが理由じゃないさ、とツバキは言葉を締めくくる。ツバキの行動基準には常にリリスがいると思っていた俺からすれば、その言葉は意外なものだった。


「……なんか照れくさいな。お前たち、俺への評価高すぎやしないか?」


 俺自身の価値を認めてくれてるってのはパーティリーダーを決める中で分かっていたことにしても、まさかここまで高く見積もってくれているとは予想外だった。二人が果たしてくれてる役割に反して、俺のやってることはどうも小さいような気がしてならないのだ。


 これに関しては俺が褒められ慣れてないってのもそう感じる理由なのかもしれないけどな。二人が褒めてくれるのは嬉しくもあるが、それと同じくらい照れくさくもあるのだ。


「……なんというか、マルクもマルクで相変わらずね。貴方が思っているより、貴方がやったことはこの世界において大きな意味を持つと思うのだけど」


 そんなことを考えていると、リリスが俺の方に向かってずいっと一歩踏み込んでくる。その青い眼はどこか呆れたような色を含みながらも、なんでかとても優しいものに思えた。


「貴方は旗を掲げた人。この王都の仕組みを変えてやろうって最初に目論んだ人。……そのために割に合わない賭けに出てまで私たちを救った、ちょっと要領の悪い人」


「ぐ……それは、否定できねえな……」


 要領が悪いというか、軽率に重い賭けをしがちというか。追放されてから俺がとった選択肢は、そのどれもが大きく裏目に出る可能性を持つものだということは否定できなかった。


「……ああ、だけど後悔はしてねえぞ? どの判断も、あの時の俺にできるベストだったって断言できる」


 透き通るようなリリスの瞳を見つめながら、俺はよどみなくそう付け加える。その部分だけは、誤解なくリリスたちに伝えなくてはいけないような気がした。


 借金覚悟でリリスを買ったことも、あの場所でクラウスに宣戦布告をしたことも、身動きが取れないリリスを助けるために大けがをしたことも、全部俺がやらなければならないと感じたことだ。そこには少しの悔いもない。うっかり腹に穴を開けることにはなってしまったが、それも仲間を助けるための代価だと思うなら安いものだ。


 まあ、あの場にいたのが俺じゃなければもっと別の選択肢も取れたんだろうけどな。……だけど、俺でなきゃリリスとツバキは助けられなかった。少し驕りすぎかもしれないが、奴隷市でリリスが出会うべきなのは俺以外ありえなかったってわけだ。


「……そう。相変わらずのマルクっぷりではあるけど、少しは私たちの言葉を受け入れててくれたみたいで何よりだわ」


「マルクは自己評価が低いからねえ。君のやってきたことの大きさを思えば、もう少し胸を張っていたってバチは当たらないだろうに」


「お前たちを前にしてそれはできねえよ。というか、あんまり自分が大きな存在だって思い上がりたくねえしな」


 二人の言葉に、俺は軽く苦笑しながら答える。どれだけ誇っていいと言われたんだとしても、仲間の上に立つようなリーダーにはなりたくないというのが正直なところだ。


 その態度の行く先には、きっとクラウスのような在り方があるだろうからな。リーダーという肩書を背負っているのだとしても、その背中を支えてくれる人たちがいることは忘れたくなかった。


「俺が目指すのは仲間と肩を並べられるようなリーダーだからな。前に立って力で引っ張って――ってのは、クラウスに全部お任せするよ」


「そうだね。……そんな君だから、ボクはついて行こうと思ったんだ」


 肩を竦める俺に対して、ツバキはそんな風に笑いかけてくる。その笑顔は朗らかなもので、俺の今の在り方を肯定してくれているような気がした。……この笑顔を見られるなら、俺は迷うことなく今のままのリーダー像を信じていられるだろう。


「そういうことよ。貴方が信じて貫き通したやり方は、貴方以外も巻き込むような大きな流れのきっかけになった。……私たちがマルクを高く評価してるのは、そういう部分で――」


 ツバキの思いに追随するかのように、リリスも俺にそう声をかけてくる。最後の一言はどこか照れくさいのか、わずかに頬を赤らめながらリリスは視線を空にさまよわせていたのだが――


「……たっ、助けてくれ‼」


 転がるような足取りでこちらに向かってきた男の悲痛な声が、俺たちの間に割って入る。その男の足元には、赤黒い血が小さな池を形作っていて。


「……これは、ただ事じゃなさそうだね」


――ぼそりとこぼれたツバキの言葉が、そのまま俺たちの総意だった。

穏やかな雰囲気も束の間、事態はさらに激しいものになっていきます!次回も是非お楽しみいただければ嬉しいです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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