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第六十四話『絵空事の先を』

「……一応警告しておくけど、ここまでされてまだ挑もうなんて思うんじゃないわよ。……次は、胴体まで凍らせるから」


「分かってるよ、主から課された任務は既に続行不可能だ。……任務でもなきゃあ、君たちみたいなのを相手しようなんて馬鹿な気は起こさないって」


 リリスの魔術によって膝下までを氷漬けにされた状態の男が、その警告に苦笑を浮かべながら答える。その言葉通り、男から立ち上っていた奇妙な戦意はすでに消え失せていた。


 部屋全体を覆っていた影もすでに解除され、戦いがあったなんて思えないほどにこの大部屋は静寂に包まれている。ツバキの魔術に当てられて失神した襲撃者たちがあちこちに倒れ伏していなければ、誰も俺たちが争ったことなんて信じてくれないだろう。……そっちの方が、俺たちにとっても好都合だった。


「しっかし、どこまでもお人よしだねえ。僕たち、一応全力で殺しにかかったんだけどさ」


「だからと言って殺していい理由にはならないだろ。……それに、お前たちを殺したことで俺たちに不利益が被るのも勘弁だからな」


 どことなく呆れたような様子の男に、俺はゆるゆると首を振りながら言葉を返す。標的にされていた人間からそんな返答が来たことが意外だったのか、男は信じられないものを見るような視線をこちらに向けて来た。


「……その考え、どこかできっと損することになるよ。その甘さのせいで大事な何かを取り落してからじゃ、後悔するには遅すぎる」


 今すぐに矯正することをお勧めするよ――と、男は俺の眼をまっすぐ見つめる。まるで何かを思い出しているかのようなその表情が、やけに目についた。


「……やっぱりお前、根っからの悪人じゃないよな……?」


 ごく自然に、俺の口からそんな言葉が漏れてくる。あれほど強く感じていた不気味さはもうなくて、目の前に立つ男はただ一人の人間にしか思えない。……そう思えば、今まで俺たちに投げかけて来た言葉の数々の意味が変わるような気さえした。


「……悪人かどうかなんて周りが決めることだよ。僕がどう思ってるかとか根っこがどうとか、そんな物は関係がない。……ただ、君の甘い在り方が見ていられないってだけでさ」


 それ以上でもそれ以下でもないと言わんばかりに、男はため息をついて視線を逸らす。呆れているのがはっきりと分かるその姿に、俺は思わず苦笑するしかなかった。


「確かに、俺はクラウスの敵だ。アイツを引きずりおろしたいって思ってるし、そのために出来ることはやる。……だけど、命を取るのは最終手段だ。それを選んだら、クラウスと同じなんだよ」


 あの日クラウスの目の前で誓ったみたいに、俺たちは『人徳で』積み上げたものを使ってクラウスを越えなければならないのだ。そうでなければ、ただ王都トップの首がすげ変わるだけでしかない。俺たちの目指すゴールは、決してそこじゃないからな。


「……理想論だね。僕達の主は、ずっと力で王都のトップに立ってる人たちだよ? どれだけの人を束ねたって、圧倒的な個に敵うことはない。戦闘に限っては特にね」


 男に向かって一歩踏み込みながら語った言葉は、乾いた笑いによって一蹴される。どこか諦めたようなその言葉は、ある意味では確かに真理だった。


 男の言う通り、俺が何人束になってかかろうとリリスは鼻歌交じりにいなしてしまえるだろう。絶対的な個人技というのが戦いにおいては重要な要素であることは、ここまでの戦いを見ていてもさすがに認めざるを得ないところだ。


「……ええ、そうね。マルクの言ってることは途方もない話よ。この世界はそんなに優しくできてないし、お人好しが報われる世界でもないわ」


 そんな俺の考えを確かなものにするかのように、リリスが一歩進み出ながらそう告げる。今までの護衛としての人生経験から得たのであろうその気付きには、確かな重さがあった。


 その重みを前にしたら、俺の積み重ねてきたものなんて薄っぺらいものだ。だから、俺の理想なんて笑い飛ばされたって何ら不思議ではないのだが――


「……だけど、決して不可能な願いでもない。私たちがいれば、マルクの願いはただの絵空事じゃ終わらないわ」


 俺の隣に並び立ってそう表明するリリスの目は、爛々と輝いている。ほぼ不可能に近しい難題を前にして、その姿はいっそ楽しそうでもあった。


「私たちはクラウスにだって負けてない。……あとは、私たちの歩んだ道の後ろについてくる人が増えるのを待つだけなのよね」


「そして、このダンジョンを抜け出せばボクたちの名前は大きく広がる事だろう。……そうなったとき、マルクの描く理想はきっとさらに現実味を帯びたものになるだろうさ」


 リリスの言葉を引き継ぐようにして、俺たちと肩を並べたツバキは片目を瞑って見せる。二人は今、間違いなく俺と同じ景色を見つめてくれていた。


 あの時クラウスに叩きつけた宣戦布告は、一人では決して実現できないただの世迷言に過ぎない。それを現実的な可能性に変えて、ここまで望ませ続けてくれたのは間違いなく二人のおかげだ。……そして、それは今二人の中にも明確な目標として刻み込まれている。


「……それほどの力があれば、単純に暴力でクラウスを上回ることだって不可能じゃないだろうに。相当、そこの男に絆されてるね」


 そんな俺たちを前にして、男はあきれ果てたようなため息を吐く。それに対して、リリスは何とも言えないような苦笑を浮かべた。


「ええ、それは自覚してるわよ。私、マルクと出会う前より間違いなく甘ったれになってるもの」


「前までのボクたちに立ち向かっていたら、君たちの命はとっくに途切れているだろうね。……そういう意味では、マルクは君たちの命の恩人なのかもしれないな?」


「馬鹿な事言わないでよ……。君たちが手を組んでなきゃ僕がこうやって敗北することもなかったんだからさ。むしろ被害者だよ、色んな意味で」


 冗談めかしたツバキの言葉を、男は本気で嫌がるように手を横に振りながら一蹴する。俺としても、今回ばかりはツバキの理論が少し飛び抜け過ぎているような気がした。


「ちぇっ、騙されてはくれないか……。君がボクたちに協力してくれるなら、かなりありがたいことになるなって思ってたんだけどさ」


 しかし、露骨な男の反応にもツバキは朗らかな表情を崩さない。……というか、この男を俺たち側に引き込もうとしての言葉だったのか……。


 それが出来れば確かに心強いのだが、その分裏切られたり情報を流されたりするリスクも同時に発生するのが難しいところだ。男が嫌悪感を示したことで、ひとまずそれに頭を悩ませることはなさそうだけどな。


「……君たちが掲げる理想は、叶えば確かに多くの人が今より幸せになれるようなものだ。……そういうのを、世間ではおとぎ話って呼ぶんだろうけどね」


「ええ、今のところはね。……それが現実に起こったら、最高に愉快だと思わない?」


 男から放たれた問いかけに、リリスは身を乗り出すようにして答える。まっすぐに男に向けられた視線の先には、俺たちが勝利した後の未来がすでに映し出されているような気がした。


 しかし、それとは対照的に男の視線は怪訝なものだ。少し伏し目がちながらもこちらを見つめるその眼には、ただ俺たちの姿だけが映し出されている。


「思わないね。……その変化の中で、僕達は必ずなにがしかの損害を受けることになるからさ。……僕は、現状に満足してるんだよ。たとえ最高でなくとも、この立場は僕にとって次善の結果なんだ」


――これ以上を望むことは、できないね。


 ボソリとそう呟いて、男は俺たちから視線を外す。その結論は何があっても変わらないのだと、そう言外に告げているかのようだった。


「さあ、早く行きなよ。……どれだけ説得されたとしても、僕は君たちの敵だ。いつかまた主から指令が下れば、その時は全力で君たちを殺しに行く」


 しっしっと腕を動かしながら、男は俺たちへの敵対を再度宣言する。……それに対して、リリスは強気な表情を浮かべてみせた。


「もしそうなったなら、何度でもその狙いを阻むまでよ。……私たちの道を邪魔する人たちに遠慮するほど、私は優しくなれないから」


「そうだね、ボクも手加減は得意じゃないんだ。……だからさ、次に会う時はただの冒険者同士の関係である事を祈っているよ。もしすべてが上手く行ったら、その時は当時を懐かしみながら食事でもしようじゃないか」


 朗らかに笑ってそんなことを言いながら、ツバキは向こうに見えるもう一つの通路に向かって歩き出す。その背中を追いかけて大部屋を抜けるまで、あの男の視線が俺たちの後姿に向けられていた……ような、気がした。

結構マイペースなリリスとツバキですが、あれでもマルクの影響をかなーり受けまくったりしてます。いつか護衛時代の二人の話なんかも書きたいですね……。ダンジョン脱出はまだ続きますので、楽しみにしていただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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