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第六十話『後ろ姿』

 休息なんて考えていない、ただ短時間身を隠すためだけに作られたその領域から、ツバキは大部屋の様子をのぞき込み続けている。……その視線の先にあるのは、少し前に俺たちが激戦を繰り広げたあの大部屋だった。


「……向こう側の通路の封鎖は解けてるわね……クラウスっぽい人影も見えないし、一時撤退したのかしら」


「ああ、そう見るのがいいだろうね。そのまま人気が薄くなってくれれば、それ以上言うことはなかったんだけど」


 ツバキの姿勢に倣って部屋をのぞき込みながら、リリスとツバキは言葉を交わしている。俺もできるなら同じ景色を見て話し合ってみたいところなのだが、無理な姿勢をまねて転倒でもしたら大事になりかねないのでやめておいた。普通に歩いてても時々ふら付くくらいだし、あれだけの傷を負ったことによってそこそこの量の血を失ってしまったのは間違いなく痛手だった。


「問題は、アレが戦闘音を聞いてきただけの野次馬なのか、『双頭の獅子』の誰かの指示を受けて配備されたボクたちの敵なのか、ってことなんだよね……。完全に指揮系統がマヒしてるわけではないだろうし、どちらの可能性も否定できないのがめんどくさいところだ」


「そう言えば、あのレイピア使いはケガしてないものね……無理してでも一発くらい叩きこんでおくべきだったかしら」


「流石にあの状況でそれをやったらクラウスにやられていただろうさ。あの時のリリスは、出来る限りの最善を尽くしたと思うよ」


 少し悔しそうな声を上げるリリスの頭に、ツバキの小さな手がポンと置かれる。俺たち三人が運命を共にしていることは間違いないが、それでもアレはツバキにしかできないコミュニケーションのやり方のように思えた。


 あれ以上に息の合ったコンビを、俺は生きてきた中で見たことがないからな。今まで過ごしてきた長い時間があったとしても、それだけでは説明できないベストマッチ感が二人にはあるのだ。力のリリスと技のツバキ、まるで二人で最強になるために出会ったかのような噛みあい方だし。


「……そういえばさ、あの部屋って避けて通れないのか? 迂回路があれば部屋にいるっていう奴らとの遭遇も回避できるし、悪くない手だと思うんだけどさ」


 そんな二人のやり取りを噛みしめつつ、俺は後ろから問いを投げかける。それに反応してくるりと振り返った二人は、揃って首を横に振った。


「そんな便利なものがあればとっくに思い出してるわよ。この大部屋を抜けない限り、私たちは一生出口にはたどり着けないわ」


「仮にボクたちが気づいてない迂回路があったとしても、そこにクラウスの勢力が置かれていないとは限らないからね。あまり時間もかけたくないし、ここを通るのが今のボクたちにできる最善だと思うよ」


「なるほどな……。そんなうまい話はないってことか」


 結局のところ、戦いを避けて通ろうなんて考え方自体があまりいいものではないのかもしれないな。そりゃむやみやたらと戦うのは悪手でしかないが、ここから一度も敵に見つからずに脱出できるなんてのがそもそも希望的観測過ぎる。というか、ダンジョンにおける本来の敵は他パーティじゃないし。


「魔物と遭遇することを考えると、このまま潜伏してパーティが全部引き上げるのを待つなんてのも悪手だしな。それでダンジョンがまた封鎖されちゃあ大惨事だ」


 最悪の場合、またダンジョンが開かれるまでこの場所で生活する羽目になる。もし仮に生還出来たらとんでもないニュースになるんだろうが、その評判のためだけに博打を打つ気はなかった。そんなことをしてちゃ『双頭の獅子』を超えられるのも相当後の話になっちまうしな。


「ああ、その可能性もあるわね。……なんにせよ、私たちに前進以外の選択肢はないってことが分かってくれれば十分だわ」


「マルクにとっては厳しい道のりになるだろうけど、戦闘面はボク達で受け持つから安心してくれ。……君はもう、十分すぎるくらいにここで役割を果たしたんだからね。見てることしかできなかったボクにも、少しは見せ場を譲っておくれよ?」


 苦笑を交えつつ、ツバキはそう俺に念を押す。最後に付け加えられた軽口が俺の無茶を戒めるものなのは、確認するまでもなくはっきりとわかる事だった。


 ツバキが見てるだけだっただなんて、絶対そんなことはないんだけどな。ツバキはいつでも俺たちを支えてくれるし、何なら俺よりカッコいい時の方がほとんどだ。二人そろって俺より男らしいんじゃないかなんて思ったことも一度や二度じゃないしな。


「……ああ、そうだな。お前のカッコいいとこ、期待してるぜ?」


 だが、俺はそんな感想をあえて押し殺して笑みを浮かべる。今ツバキが求めてるのは否定じゃなくて、背中を押してもらうことだろうしな。ツバキは誰が見たってかっこいい影の魔術師なんだから、いつも通りに魅せつけてくれればいいのだ。


 そんなことを考えながらツバキに向けて片目を瞑っていると、斜め前から少し冷たい視線が飛んでくる。……見れば、リリスが何か言いたげな眼でこちらを見つめていた。


「勿論、リリスにも期待してるからな? ……負担かけすぎてないかって、不安にはなるけどさ」


 少し慌ててリリスにもそう声をかけてやると、その目付きが満足げなものへと変わる。しかし、その変化も一瞬のものだ。すぐにいつも通りの表情に戻ると、リリスは澄ました様子で鼻を鳴らした。


「心配いらないわよ。限界を超えた報酬は、確かにあったからね」


「ふふ、気合十分だね。後は素直に声援を喜べるようになれば完璧かな?」


「……さあ、何の話かしらね」


 どこまでも素直ではないリリスの様子にツバキが茶々を入れると、少し頬を赤く染めながらリリスがそっぽを向く。そんな姿を見て、俺は思わずツバキと視線を合わせて苦笑してしまった。


「……方針も決まったことだし、早いとこ動き出しましょう。時間をかければかけるほど、出口付近の包囲網が厳しくなってしまうかもしれないわ」


 その雰囲気をどうにか打ち消さんとばかりに、リリスが作戦の決行を提案してくる。比率的にはその意図が八割くらいなのだろうが、後半の仮説も無視はできないものなのは間違いなかった。


「うん、そうだね。……それじゃあ、仕掛けるとしようか。本音を言えば、あの人たちが皆ボクたちに対して中立だといいんだけどさ」


「だな。戦闘にはいるその時まで、お祈りしながら突っ込むとしようぜ」


 ツバキの願望に乗っかりつつ、俺は内心で敵がいないことを祈る。――俺たちの存在を隠していた影の領域が解除されたのを合図として、大部屋への突入作戦が始まった。

次回、本格的に新しい段階へと三人は突入していきます!果たして無事に彼らは地上へとたどり着けるのか、そのための第一歩をぜひ見守っていただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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