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第五百八十三話『同じ轍は踏まない』

 四方八方からの奇襲に怪物は対応しきれず、氷の棘は一瞬にしてその足を抉り取る。腕を伸ばせば容易く天井に届きそうなほどの巨体も、動けなくなってしまえばただの大きな的同然だ。


「そう、そこでじっとしてなさい。すぐに切り刻んであげるわ」


 うるさく音を立てながら身じろぎする怪物を一瞥し、リリスは左手にもう一本の剣を作り出しつつ地面を蹴り飛ばす。背後から伸びてきた影が刀身を覆った今、その切れ味はどんな業物にさえ引けを取らない。


 外見をどれだけ厳めしく作ろうとも、人形の肉体を構成しているのは何の変哲もない物質だ。石のつぶてに布に純度の低い金属、どれも生活の中で目にし得るものに過ぎない。その程度の強度でリリスの一太刀を受け流すなど、よほどの力量を持った戦士でもなければ難しいだろう。


「……は、あああああッ‼」


 接近を食い止めようと延びてきた十本の腕を一息に叩き切り、がら空きになった胴体へと照準を合わせる。たくさんの材料を使っただけあって質量だけは十分なようだが、その程度で止められるほどリリス・アーガストという剣士は甘くなかった。


 抵抗の術を失った怪物を前に大きく体をのけぞらせ、風魔術の支援を乗せることで今できる最大限の加速を実現する。そうして繰り出された二筋の剣戟は怪物の両肩を切り裂き、そのままバツ印を描くような軌道で斜め下へと振り下ろされ――両手に走った鈍い衝撃と共に、停止した。


「は……?」


 一瞬二本の剣がぶつかってしまったかとも思ったが、そうではない。剣はそれぞれ離れたところで食い止められ、怪物の胴体を切り裂くには至らなかった。瞬間、リリスの本能が警鐘を鳴らす。


 視界に飛び込んできたのは、人間で言えば鎖骨に相当する部分から飛び出した棒状のようなものだ。十本の腕が目立ちすぎるが故に見落としていたが、今ならばはっきりと分かる。手からすっぽ抜けることのないように加えられた加工、そして目立ちすぎない程度に加えられたささやかな装飾。それと同じではなくともよく似たやり方をする物を、リリスはよく知っている。


「……剣の、柄……?」


 剣を引き抜き、距離を取りながらリリスは呟く。そうだとすれば影の刃を受け止めたものの正体にも説明がつくが、その先に待っているのは新たな疑問だ。とりあえず近くにあった物をありったけ集めて寄せ集めたかのようなフォルムに反して、その部位だけあまりにも意図的が過ぎる。


 これまでリリスたちが目にしてきた人形たちは砕かれて再生するたびに自らを構成するパーツを変えていた。手の代わりとして使っていた物が再生時には足になっていたこともあるし、砕かれたせいで足りなくなったパーツを近くに転がっていた石ころで代用して再生することだってあった。


 それが出来るからこそ人形は半ば無限の再生を可能にするのであり、リリスの放った氷を逆に自らの構成部位とすることも出来るのだろう。ただ、それではあの剣に対しての説明がつかない。偶然の構築の結果体の両側に仲良く剣が突き刺さりましたなんて言い訳が通ってたまるものか。――確実に、この怪物には設計意図がある。


「分かってたことだけど、やっぱり一筋縄ではいかないみたいだね」


 切り落とされた腕が怪物に引き寄せられていく様を睨みつける中、ツバキの低い声が隣から聞こえてくる。その全身は立ち上った影に覆われ、リリスに預ける準備は万端と言った様子だ。


「ボクと君の刃が止められるなんてただ事じゃない。ネルードも随分丹精込めてこの人形を造ってきたらしいね」


「どうやらそうみたいね。ただ見た目が違うだけなら良かったけど、そんなこともなさそうだし」


 怪物が放つ魔力の気配は大きく、そして濃い。人形の性質上あれ自身が魔術を行使できるとは思えないが、一つ違和感が見つかった時点で今までの人形に対する前提は全て否定されたも同然だ。最悪の場合、その魔力のありったけを使って自爆してくる可能性すらあり得るわけで。


「『プナークの揺り籠』を思い出すわね。やたらと体が大きいところとか、何をしでかしてくるか全く想像が付かないところとか」


「逃がすようなことがあれば無数の被害が生まれるのが目に見えてるところも、だよね。コイツが現れた時点で、この戦いはボクたちの為だけの籠城戦じゃなくなった」


「そうね。こんな怪物が帝都を練り歩いてる光景なんか想像したくもないわ」


 帝国の人間が何人犠牲になろうと知ったことではないが、一度でも顔を合わせ言葉を交わした人間が死ぬのは気分のいいものではない。戦場のためにも精神衛生のためにも、この怪物はここで完全に葬り去るのがよさそうだ。


「……でも、こいつの存在自体が囮の可能性だってある。それが否定できない以上、ツバキから影を借りるわけにもいかないのよね」


 怪物に負けないのは防衛のための大前提とはいえ、そちらにかかりきりになったあまり人形の侵入を許せばそれこそ大惨事だ。そうならないためにもある程度のマージンは必要だし、そうなると負担の大きな影の貸し借りは出来る限り避けたいところだった。


「私が最初から警戒を怠っていなかったらマルクがあんな傷を負う必要もなかったんだもの。同じ間違いを繰り返す気はないわ」


「そうだね。……ボクも、君にあの時みたいな無茶はさせないよ」


 怪物を睨み決意を新たにするリリスの身体に、ツバキから伸ばされた影が優しく絡みつく。完全に影の所有権を預けるわけでもなく、しかしリリスの身体能力を全体的に底上げする最上級の支援。周囲の警戒のために必要な余力を考慮した上で編み上げられた、強固な影の鎧だった。


 体は羽のように軽く、漂う魔力を捉える神経も普段より研ぎ澄まされているように思える。未だ人形の再生を突破するための糸口は見えないが、それはそれとして負ける気もしない。この戦いに明確なタイムリミットがある以上千日手はむしろ望むところだ。


「何度だって切り刻んであげるわ。……たとえあなたが、その内側に何を隠し持っていたとしても」


 人形は既に再生を完了し、こちらを威嚇するかのように怪物は腕を掲げている。足を貫いていた氷の楔にも亀裂が入り始め、いつ動き出してもおかしくはないだろう。


 正面からの打ち合いで上回れたとしても、宿自体にダメージが入ってしまっては大問題だ。出来る限り行動を許さず、一方的なままで勝ちきる必要がある。


「氷よ」


 左手に握った剣を分解し、細かな氷の弾丸へと変じさせる。巨大な氷の弾幕を張る戦い方は個人的に気に入っていたが、効率と言う面だけで考えるならば未熟もいいところだ。フェイの教えを得た今ならこうする方がよっぽど都合がいい。


 数十発の弾丸を傍らに控えさせた上で地面を蹴り飛ばし、リリスは怪物に再接近する。反応した怪物の動きによって氷の楔が砕けるのを視界の端に捉えた瞬間、その左手が勢いよく振り抜かれた。


 仄かに青白い軌跡を描く弾丸は床すれすれを這うようにして怪物へ迫り、リリスに向けて踏み込もうとした足を的確に打ち抜く。一歩目を阻まれた怪物は前のめりに体勢を崩し、突進するリリスへ恭しく首を差し出すような形になった。


「いい子ね。……そのまま死んでくれると私はもっと嬉しいのだけれど」


 どうせそうはいかないんでしょうね――と、呆れたような笑みを浮かべながらリリスは剣を振り抜く。胴体の様に剣が埋め込まれているなんてこともないらしく、呆気なく切り飛ばされた怪物の頭が不規則に回転しながら宙を舞った。


 すかさずリリスは左手を構え、僅かに残しておいた弾丸を頭部目がけて打ち込む。それを見届けたリリスか軽やかに指を鳴らすと、怪物の頭と足で氷の華が咲き誇った。


 弾丸の突き刺さった場所を苗床として咲き誇るそれは怪物の下半身を残らず凍り付かせ、高く掲げられた腕の一本一本にさえ霜を下ろし始める。もしも相手が感情を持つ者であれば、自らを蝕んでいく氷への恐怖が今頃思考すらも凍り付かせていることだろう。


 ただ、怪物はそうならない。首を切り落とされても断末魔の一つすら立てない。当然だ、声を上げるための口も恐怖するための感情もないのだから。人間たちに代わる新しい生命の誕生を謳うにしては、あまりにも人形は欠陥が目立ちすぎている。


「さあ、まだまだ付き合ってもらうわよ。この籠城戦が終わるまでずっと、ね」


 音も立てず着地し、氷の剣を構え直してリリスは嘯く。再生を繰り返すのは厄介だが、こと『不老不死』を相手にした経験ならこの世界の誰と比較しても引けを取らないという自覚がある。寧ろ我慢比べをしているだけで勝利が近づいてくるのならば、あのダンジョンでの戦いよりもずっとずっと楽な話だった。

 現状余裕たっぷりなリリスですが、彼女の言葉通りリスクはまだまだ無数に存在します。それが新手の乱入なのか他の人形の仕掛ける搦め手なのかそれとも怪物の本領発揮なのかが判明するのは次回以降と言う事で、ぜひお楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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