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第五百七十一話『人を象るモノ』

 異様な光景だった。


 石畳が剣や槍に形を変えてリリスに襲い掛かる傍らで、地面に転がった小さな石の欠片が人の形を象り始める。足が生え手が生え、頭が出来たそれは立ち上がり、まるで命あるものであるかのように首を動かして周囲を見回す。……カラカラと、石の擦れ合う音が聞こえた。


 この戦場で何が起きているのか、その半分もきっと俺は理解できていない。リリスに刺された白衣の少女が何かを仕掛けて、ネルードと呼ばれた少年がそれを引き継いでリリスと相対している。――そんな半端な理解しかできていない身でも、リリスの警告が真に迫ったものであることは理解できているわけで。


「……動けるよな?」


 首を動かし、後ろに控えるスピリオに確認を一つ。ぎこちないながらも頷きが返ってきたのを確認して、俺は意識を目の前で起こっている現象だけに集中させる。その間にも石人形は続々と数を増やし、歪な歩幅で歩き始めていた。


 素材が素材だけに氷の流れ弾が飛んでくるだけであっけなく破損する程度の耐久力しかないが、この人形が異質なのはそこからだ。……端的に言えば、粉々に砕け散ろうが奴らは簡単に再生する。


 踏むプロセスは違えど、それはいつか見た不老不死の狼を思い出すような光景だ。何度砕け散り人の形を失ったとしても、それを思い出すかのように石でできた四肢は再生する。――その状態こそが正常なのだと、その在り方で証明するかのように。


 ネルードが『不老不死の証明』と吠えていた意味を、俺はワンテンポ遅れて理解するに至った。それと同時に、この状況の面倒さも理解できてしまった。


「出来る限り逃げるぞ、スピリオ。あれとまともにやり合ってもこっちが損するだけだ」


 修復術を使えば一体や二体を機能停止に追い込めるかもしれないが、一体一体丁寧にやろうとすれば間違いなく邪魔が入る。それに加えて人形の素材はその辺に転がっている物でいいとなれば、一体処理する間に五体――いや十体は新しい人形が生まれたっておかしくない。……いろいろな意味で、この状況は『魔喰の回廊』と比較しきれないものだ。


「……分かりました。リリスさんの攻撃で破壊されないなら、自分の剣が通用するとも思えませんし」


 俺の背中に指先を当てつつ、スピリオもその方針に賛同する。情けないにも程があるが、この手合いに対して今の俺たちはあまりに無力だ。混沌とした状況の中で勝機を追いかけられる資格があるとすれば、それはリリスとツバキの黄金コンビ以外にあり得ない。


「――ツバキ、影を貸して!」


「ああ、思い切り暴れてくれ‼」


 そんな俺の思考と重なるように、リリスとツバキが言葉を交わす。それと同時に太い影がリリスに向かって伸ばされ、最強の魔術師を守る影の衣が一瞬にして完成した。


 その状態の中でもツバキは足を止めることなく、何なら影魔術で人形たちを幻惑して見せている。直接攻撃が何の意味も持たない今、影魔術による妨害は最善と言ってもよかった。


 だが、それもあくまで時間稼ぎだ。人形は今も数を増やし、石畳以外を素材とした個体も増え始めている。店先に並んだ服や棚を巻き込むことによって、その外見はより歪に醜悪になっていた。


 これを不老不死とのたまえる神経が分からないし理解してやるつもりもないが、ネルードがそれに対して全力を賭していることは間違いない。影を纏ったリリスを相手にしても瞬殺されない時点で、ポテンシャルの証左としてはあまりにも十分すぎる。


 影の刃が振るわれる度に人形もろとも展開した武装は薙ぎ払われるが、次の一撃までに再生することで強引に防御を間に合わせている。持って生まれた才能と弛まぬ研鑽に物を云わせた猛攻に対する回答としてはこれ以上ないほどに強引で、それでいながら最適解だった。

 

 半端な小細工も逃げも、その全てを呑み込むだけの力をリリスは持っている。それに抗おうと思うなら正面から立ち向かうしかないが、リリスと並ぶほどの実力者など世界中を見渡してもそういるわけではない。故にこそリリスは負けず、『最強』の称号を背負うに相応しいと断言できる。……意識外からの奇襲だったクライヴを除外するならば、ネルードは初めての例外だ。


 才能と研鑽の暴力に、ネルードも又真っ向勝負にて応じる。クラウスにすらついぞ成し得なかった偉業を、歪な角を伸ばした少年は堂々と演じてみせている。――それが、どれだけ異様な光景であることか。


 理解を置き去りにするような魔術の応酬が続いているというのに、お互いの身体に傷がつくことはない。放った剣戟は威力を殺され、意識の隙間を狙った弾丸は空中に生成された盾が受け流す。影と氷と石が入り乱れ、砕け散っては再生してまた次の一合を生み出す。片や俺たちに意識の何割かを割きつつ、片や人を模した何かを作り上げながら。……当人たちにこの状況がどう見えているのか、想像することすら俺には不可能だ。


 俺たちにできるのはその舞台に無粋な水を差さないことぐらい、人形に群がられないように絶えず位置取りを変え続けることぐらいだ。幸い人形たちの歩みは遅く、距離を取り続ければ時間稼ぎは十分可能だ。……人形の増殖速度を思えば、限界は思ったよりも早く訪れてしまいそうだが。


 しかし、そんな可能性など考えるだけ時間の無駄だ。どれだけネガティブになったところで俺たちの出来ることが増えるわけでもなし、どちらにせよ足掻き続けなければいけないことに変わりはない。ネガティブな考えなど思考を鈍らせるノイズになるだけ、なんなら『無駄だ』と言い聞かせるこの時間すら余計なわけで。


 逃げ続けろ、足を動かせ。それと同時に頭を動かせ。この状況が何なのか、どこかに切り抜けるヒントはないか。外から、後ろから見ている身から分かることはないか。完成された不老不死など存在しないことは、今も変わらず存在し続けている大前提のはずなのだから。


 不格好でも足を動かし、人形との間合いを一定に保ちながら広場の中心に視線を向ける。相も変わらず二人の拮抗は続き、素人目にはいつ決着がつくかなど皆目見当もつかない。劇的な戦いの幕切れが必ずしも劇的な物であるとは限らないことを、俺は身を以て知っていた。


(……考えろ、考えろ)


 目を動かし、耳を澄まし、まだほのかに香る血の匂いを嗅ぎ、取り込まれる情報を脳内で精査する。何か拾い上げられるものはないか、何か投げかけてあげられるものはないか。……決め手のないこの状況、リリスにとっても穏やかではいられないはずだ。


「……こ、の……ッ‼」


 天高く振り上げた腕に応えるかのように影と氷は形を変え、無数の弾丸が空中に装填される。リリスの代名詞と言ってもいいほどに強烈な弾幕がネルードを呑み込まんと放たれるが、しかし何重にも展開された盾がそれらを受け止め、あるいは受け流して処理していく。その流れ弾で何体もの人形が破損するがそんなものは全くお構いなしだ。


 高々一体欠けても大した被害ではないという油断なのか、それとも『この程度破壊されたうちにも入らない』と壮語する傲慢故なのか。その真意は見えず、今リリスと打ち合っているこの状態が『底』なのかも判然としない。――とことん異質で、故にこそ恐ろしかった。


 焦りが生まれる、早く何とかしなければいけないという焦りが。人形の数が増えてきただけにとどまらない不思議な焦燥感だ。何か致命的で取り返しのつかないものが迫っているような、歩む先が知らず知らずのうちに谷底に設定されているような。『このままじゃいけない』と言う漠然とした危機感、だがそれが何を指し示すかは分からなくて。


(クソ、俺は一体何を見落として……‼)


 言語化できない危機感だけが募り、それに連鎖するように苛立ちがくすぶり始める。何かしなければいけないという意識だけが募って、しかしどの角度から思考しても程なくすれば行き止まりに辿り着く。――そんな思考錯誤を繰り返していくうちに、視野が狭まってしまったせいだろうか。



――人形の大群の後ろでゆらりと立ち上がったシルエットに、気付くのが遅れた。



 無数に生み出される人形たちよりも一回り大きなそれは、明らかにオーバーサイズとしか思えないダボダボの白衣を無造作に羽織っている。その白衣の胸元には赤黒いシミと大きな穴が作られており、その奥からは青白い氷が覗いていた。――まるでそれが心臓の代わりだと、そう嘯くかのように。


「……な」


 それを見た俺に、一つの疑問が浮かぶ。石や服や棚、無機物を素材にしてここまで生命を象ることが出来るのならば。人間からは遠くかけ離れた存在でさえ、あの魔術が人の形へと押し上げられるのならば。


――もともと人間だった死体(モノ)を素材にしたら、どうなる?


「……んなっ……」


 刹那的に生じた疑問に背筋が凍り、息が詰まる。外れていてくれと願いながら、俺は心のどこかでその疑念が違和感の原因であったことを確信してしまっている。漠然とした危機感は輪郭を得て、明確な脅威として俺たちの前に立ちはだかった。――人を象る、人であったモノが。


「……ふうン、なるホどネ。これでなカナか、刺激的な感覚じゃなイの」


 ぎこちなく開いた口は歪なイントネーションを紡ぎ出し、見えない糸に吊り上げられたかのように伸ばされた右腕が俺の方に向けられる。……だらりと垂れた袖の奥に隠された手が魔道具を握り締めているのに気づけたのは、もはや奇跡と言ってもよかった。

 お待たせいたしました、ネルード戦はここから大きく動いていきます! 広場全体を巻き込んだ戦いがどのような着地を迎えるのか、ネルードの掲げる不老不死は一体どこに行きつくのか! クライマックスに向けて進む第六章、ぜひお楽しみください!

――では、また次回お会いしましょう!

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