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第五百六十六話『最短を征け』

 正直なところ、良い印象はない。


 前に衝突した時は何とも言えない終わり方をしたし、その時ネルードを回収した女が傍に控えているのも気にかかる。今のところ女が戦闘に参加してくる様子はないが、あの時感じた計り知れない出力をもし仮に制御する術を持っていたとしたら――


(簡単には、行きそうにないわね)


 面倒なことになるだろう、間違いなく。今の力を以てしても楽勝なんてことはないしなんなら追いつめられたっておかしくはない。あの時リリスが上回れたのはネルードの経験不足に付け込めたからで、単純な力比べで勝った気は全くしていないのだから。


 加えてマルクとスピリオは初見だ、不意を突かれればそれだけで大ケガを負いかねない。何が何でもマルクを守らなければならないこの状況において、ネルードの魔術は下手すれば魔兵隊よりも厄介だ。


「イディアルの嬰児、ネルードが告げる」


 その予感を裏付けるように、ネルードが『式句』にも似た言葉を紡ぐ。前とは違い端から全力、全てを尽くして敵はリリスたちを殺しにかかってくる。それに屈してやるつもりはさらさらないが、それでも撤退の選択肢は常に頭の片隅に置いておかなくてはならないだろう。


 そう思って死線を背後に送れば、何かを察したらしきマルクは既に一定の距離を取っている。それを追いかけるようにしてスピリオも後退し始めており、ひとまず激戦に巻き込まれることはなさそうだった。


「……ふふっ」


 喉まで出かかっていた『安全なところまで下がって』の言葉が引っ込み、代わりに小さな笑い声が漏れる。ただ自分たちに寄りかかるのではなく、自分の判断でマルクは逃げた。『夜明けの灯』が万全の力を発揮するための戦術として逃げることを選んだ。形は違うかもしれないけれど、マルクは確かにリリスたちと共に戦おうとしてくれている。


 そういう所に惹かれたのだろうと、今となってはそう思う。お世辞にも才能はないかもしれないが、それでも自分の出来ることを諦めない。……その姿を見ていると、心の中に火が入るように思えるのだ。


「これは証明だ。くだらない理論もエゴも全部ブチ壊して、お前らの間違いを正してやる」


 ネルードが言葉を紡ぐ度、纏う気配は徐々に大きなものへと変わる。だが、それを観察するリリスの心はひどく落ち着いていた。緊張もなく不安もなく、ただ冷静に目の前の敵をリリスの感覚は捉えている。


「私たちも飛ばしていくわよ、ツバキ」


「ああ、どうも余裕はなさそうだからね。後ろはボクに任せてくれ」


 並び立つ相棒に声を掛ければ、快い返事とともに影がするりとリリスを包み込む。仕上げに氷の剣を作り上げればもうそれだけで近接戦闘の準備は完了だ。


 それとタイミングをほぼ同じくして、ネルードの臨戦態勢が整えられる。細身の身体からほとばしる魔力が周囲の石畳や建造物に浸透し始め、いつでも想いのままに操る準備は万端と言ったところか。


「……命無き物に、祝福があらんことを‼」


 戦いの幕開けを告げたのは、広場中に響き渡らんばかりの咆哮だった。それに従うようにして地面が振動し、今まで平坦だった石畳が急速に隆起し始める。あらゆる物体を操る体勢に突入した今、リリスたちに安全地帯はなかった。


 それを確認した上で、リリスはあえて前進を選択する。遠距離攻撃はどうやっても防がれるだけ、打てば打つほどこちらが損をするだけだ。この後に例の自称『不老不死』の魔術も控えていることを思えば、あまりその素材となる破片を作らないのは定石とも言えるわけで。


「せ……えええあッ‼」


 リリスの行く手を阻まんと隆起する石畳を悉く躱し、トップスピードのままネルードの懐へと潜り込む。小細工を封じるだけの策が思いつかない今、愚直な力押しがリリスにとっての最適解だ。


 そう信じて放った一撃は、しかしネルードの本体にまで届くことはない。足元から突き出した石畳がギリギリのところで主を守り、その代償として細かな破片へと形を変えていた。


「相変わらず物騒なやり方だな。もう少し様子見しようとか思わないのか?」


「様子見して後悔した経験があんのよ。あなたこそ少し悠長すぎるんじゃないの?」


 呆れた様子の問いに問いを重ね、リリスは迷うことなく二発目の斬撃へと踏み込んでいく。割り込む隙間も与えないようにもっと鋭く距離を詰め、もっとコンパクトな一撃を。そうしてたどり着いた先で聞こえてきたのは、いかにも面倒そうなため息だった。


「……ああ、結局こうなるんだな」


 声が聞こえ、ひときわ大きな振動がリリスの足元を揺らす。リリスほどの腕となれば立て直すのに一秒とかかることはないが、その一秒がネルードの求めていた物だった。


 破砕音を伴いながら石畳が膨れ上がり、それはやがて人の形を取り始める。ベルメウでも対面した石造りの巨人を二体従えて、ネルードはさらにため息を吐いた。


「前は時間稼ぎで十分だったけど、今回は一人でも多く殺してくるように言われてるんだ。さっさと潰れて消えてくれよ」


「お断りさせてもらうわ。悪趣味な人形の素材にされるのが目に見えてるのよ」


 何でもかんでも無秩序に組み合わせて生み出されるネルードの人形は、醜悪としか言いようがない人間以下の何かだった。こんなところで死ぬのは当然嫌だが、死後に不老不死の証明の一部として弄ばれるのなんて論外だ。


「……ッはは、よく分かってるじゃねえか‼」


 堂々とした拒絶の返礼は、哄笑とともに下される突撃命令だ。高々と掲げられた右手が思い切り振り下ろされた瞬間、二体の巨人はリリス目がけて拳を構えた。


 数が増えたからと言って大きさが変わったかと言えばそうではなく、どちらも五メートルはあろうかと言う巨躯だ。まともに打ち合えないのはもちろんの事、一体だけにかまけて背後を取られるのもご法度。どうにかして二体を視界に収めつつ戦いを進めていく必要がある。


 そうは言ったものの、もとより巨人たちの戯れに長々と付き合ってやるつもりはない。どんな人形が現れようと、リリスの狙いは最初からたった一つだけだ。


(人形が厄介なら、それを操っている本体を叩いてしまえばいい)


 ネルードがどう思っているかは知らないが、巨人は実際に生きているわけではない。術者が死ねば魔術は途切れ、その瞬間人形たちは趣味の悪いただのオブジェへと変わる。どれだけ状況を複雑にされたところでこちらの勝利条件はネルードを殺すことだけ、それさえできれば後は何とでもなるのだから。


「風よ」


 小さく呟き、風の渦を足元に呼び起こす。今となっては当たり前になってしまったが、同時に二つの属性を操ろうなんて考え始めたのもマルクと出会ってからだったか。思えばこの半年で随分リリスの魔術は変わったし、その傍らには常にマルクの存在があったように思う。


 マルクがリリスたちに与えた影響を彼はどれだけ自覚しているのだろうか。どれだけ語っても語り足りないぐらいの物を貰っているのだが、当人は過小評価しているに違いない。人徳の重要さを掲げておきながら、マルクのそれが与えた影響の大きさを一番自覚できていないのはマルク自身だろうし。


 だからまだまだ伝えないといけないし、戦いの中でもその成果を見せて行かなければならない。そうしない限りずっとマルクは自分を正しく評価しないし、それを見てやきもきしてしまうのが目に見えているから。


 だから、こんなところで躓いているわけにはいかないのだ。


「吹き荒れなさい‼」


 巨人の拳が迫りくるのを観察し、ギリギリのタイミングでリリスは風を炸裂させる。一瞬にして加速した体は容易に巨人の攻撃を潜り抜け、一瞬にしてネルードの背後を奪った。


「んな……っ‼」


 慌てた様子で反転しているが、その時点でもう手遅れだ。体を翻らせた弾みで指導した攻撃は既にネルードへ肉迫しており、今更何を操ったところで剣と体の間に割り込むことは出来ない。流れるような剣の軌道を見つめながら、リリスはその直撃を確信して。


「なーんて、な」


 キィンと、甲高い音が響いた。およそ人の肉を切り裂いたとは思えない音だ。手に伝わる感覚もびりびりと痺れるようなもので、到底直撃した時の物ではない。


 視線を上げれば、ネルードがこちらを嘲笑っている。『狙い通りだ』と告げるようなその表情に、リリスは自らの失策を確信した。


「いやー、たまには人に頼ってみるもんだねえ。魔道具がこんなに便利だとか知らなかったぜ」


 地味にいい仕事してくれんだよ、あのオッサン。


 半透明の盾で渾身の一撃を受け止め、ネルードは嫌味ったらしくそう付け加える。それがアグニの事を指していると気づくまで、そう時間はかからなかった。 

 リリスの実力も相当な物ですが、やはり一筋縄ではいかない部分もあるわけで。白熱する戦いはこの先どんな展開を迎えるのか、ネルードが魔道具を携えるその真意とは! この先もお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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