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第五百六十五話『再来の嬰児』

 抗う猶予も逃げ場も与えられることはなく、噴水広場に集まった魔兵隊は一匹残らず氷の中に閉じ込められる。百を優に超える数の命を閉じ込めた氷の檻はさながら大輪の花のようで、俺は思わず見とれてしまった。


 流石にリリスもそれを楽々やってのけたわけではない様で、荒い息を吐く肩は僅かにだが上下している。並の魔術師じゃどれだけ努力してもたどり着けないような極致だし、それが『ちょっと疲れた』程度で収まるのも十分おかしな話なんだけどな。


「……これで、当分は大丈夫よね」


「こんだけ一気に討伐すればな。もしかしたら一匹や二匹ぐらいは残ってるかもしれねえけどそれぐらいならどうとでもなる話だ」


 いくら私兵たちの実力とはいっても、たくさんの数でかかれば一匹ぐらいは倒せるだろうしな。それぐらいじゃないと流石に困るし、俺たちとしても手を組んでいる価値がなくなってしまうだろう。


 帝国の戦力だけでクライヴに挑んでたらどうなってたかなんてこの状況を見ればはっきりしてるからな……。全盛期の帝国がどれだけ強かったのかは分からないにしても、アールが言っていたことはきっと事実なのだろう。


「名君が出てくるほど、国の戦力は弱くなる――か」


 そんな視点で考えたことがなかったものだからから、その考えはやけに新鮮な印象を伴って俺の中に残り続けている。こと帝国のシステムに限った話をするのならば、その考えはきっと間違っていないのだろう。名君の存在は帝国に息づく競争主義を根底から揺るがしかねないのだ。


 それ自体は納得できる話でも、完全に腑に落ちてるかって言われたらそうでもないのが難しいところなんだけどな。当代の皇帝――カイルとか言ったか――がとてつもない名君だったんだとして、アールが言っていたことに気づかないなんてことがあるのだろうか。戦力の低下をみすみす許容するような君主が『名君』だなんて呼ばれるとは、この国においては到底考えられないのだが――


「――マルク?」


 その疑問に対する答えが出ることはなく、聞こえてきた心配そうな声に俺の意識は現実へと引き戻される。透き通るような緑色の瞳が俺を覗き込み、僅かに首をかしげていた。


「どうしたのよ、そんないきなりボーッとして。何か気になる事でもあったの?」


「あいや、そういうわけじゃねえよ。あまりにド派手な魔術だったもんだから少し見とれてただけだ」


 直前まであった疑問を思考の隅へと押しやって、俺は笑顔とともにそう返す。味方の事を疑ってもしょうがないし、リリスたちが今戦えているのは皇帝の働きかけがあったからだ。リリスたちが共闘を選んだ以上、今その相手を疑うメリットは一つもないだろう。


 幸いにもリリスは納得してくれたようで、少しだけ照れたように頬を紅く染めている。川相らしく胸を張るリリスは、足で地面の方を指し示しながらさらに続けた。


「驚いてくれるのは嬉しいけど、まだ終わりじゃないわよ。氷の中に閉じ込めただけじゃまだ殺し切ったとは言えないもの。……得体の知れない相手とやり合うなら、もっと徹底的にやらないと」


 少しの可能性も残らないようにね――と。


 そう付け加えながらリリスは風を操り、上空にあった俺たちの身体はだんだんと地面に近づいていく。俺の記憶の中で最も長い空の旅は、少しのトラブルも起こすことなく平穏に終わりへと近づいていた。


 しかし、リリスの独壇場はまだ終わらない。そう証明されたのは、リリスの足先が氷の華に触れた時の事だった。


「……お疲れ様。もういいわよ」


 囁くように口にしたその瞬間、音もなく氷の華が細かな粒子の集りへと変化する。その静かな崩壊は内部に囚われた魔兵隊の身体にも及び、瞬く間に噴水広場は元の景色を取り戻していった。


 風に舞い散らされ、あるいは地面に沁み込んだ氷たちはこの先どうなるのだろうか。あまり詳しくは分からないが、二度とそれが命の形を取らないのは事実だ。『業の国』が作り上げた歪な命は、リリスの手によって自然へと還った。


「これで本当におしまいね。……本音を言うと、少しだけ疲れたわ」


 それを見届けると同時に俺たちは地面に辿り着き、周囲を覆ってくれていた風の球体も散り散りになる。最後に残していったそよ風が、俺たちの作戦に区切りをつけてくれているかのようだった。


「あれだけ長く魔術を使い続けたんだ、それも当然のことだよ。むしろ疲れてない、平気だって言われる方が心配になるね」


「全くの同感だな。リリスだからそれぐらいできてもおかしくないとは思うけど、お前ら以外の魔術師がそんなことをやろうとしたら俺は全力で止めてたからな」


 風を操って空を飛ぶところまででいっぱいいっぱい、そこから狙撃するなんてもってのほかだ。腕利きの魔術師が数人がかりで分業したとしてもリリス以上の成果が出ることはないし、何なら途中の狙撃で全てがご破算になるのが目に見えている。


「アールさんが長話をした理由、今ならよく分かりますよ。……強い人大好きなあの人が、皆さんのような方々を気に入らないはずがありませんもん」


「ははっ、確かにそりゃそうだ。二人は俺が知る限り最強の魔術師だしな」


 単純な力比べだったらノアなんかも負けてないだろうが、いかんせん平均的な出力が違いすぎるからな。積み重ねてきた経験の違いも相まって総合的な強さでは二人の方が数段上回ると言っても過言じゃないだろう。


 他の誰が何と言おうとも、俺の中でその認識が揺らぐことはない。だからこそ俺は命を預けられるし、二人の戦いを遠くから見守ることも出来るわけで。


「へえ、最強ねえ。そりゃ随分と大きく出てくれたもんだ」


 そう、例えばこんな意見が飛んできたって俺の考えは少しも変わらない――


「――は?」


 いや、おかしい。少なくともこの場にリリスたちの最強を疑う奴はいないし、そもそも俺とスピリオ以外の男はいない。そのどちらでもない低い声が聞こえることなんて、五人目が現れなければあり得ないことだ。


 声がした方向を慌てて向き直れば、他の三人は既に闖入者の姿を捉えている。男と女の二人組が、さも最初からそこにいたと言った様子で堂々と佇んでいた。


「あーしはあながち過大評価でもないと思うけどねえ。これだけ厄介な不確定要素も中々ないわよ?」


 朱色の髪をした小柄な女は肩を竦め、男の意見に対して冷静な見解を返す。誰かから借りてきたとしか思えないぐらいにオーバーサイズな白衣姿は、とても戦場に似つかわしいものではなかった。


「うるさいな、水を差さないでくれよ。こいつらよりもオレの方が強い、だから選ばれたんだろ?」


「どうかしらね。クライヴの考えてることはあ―しにも分からないわ」


 だが、その印象は続く言葉によって完全に否定される。突如現れた時点で大体予想は付いていたが、クライヴの関係者である以上こいつらは間違いなく敵だ。


「……久しぶりだな、そこの二人。見た感じ後ろの男がお前たちの頭って所か?」


 細身の男は枝のような腕を掲げ、気安い様子でリリスたちに声をかける。……それに二人が身を固くしたのが、後ろから見てもはっきりと分かった。


「……ネルード」


「そうそう、覚えててくれて助かるよ。オレのやり口を覚えてるなら最初から出し惜しみする必要もないからな」


 警戒心をむき出しにしたリリスに、ネルードと呼ばれた男は頬を吊り上げる。それはそれは嬉しそうに、そして愉しそうに。俺の中の警戒レベルが一気に引き上げられたのも束の間、ネルードはゆっくりと瞼を閉じて――


「――イディアルの嬰児、ネルードが告げる」


 唄うように紡がれた言葉を引き金に、噴水広場の雰囲気がガラリと一変する。ネルードが何をしたのかは分からないが、それが重大な意味を持つことだけは明らかだ。


 理屈ではなく本能が危険を察知し、俺の身体がとっさに後ろへと傾く。それに逆らわず後退し始めた俺の目は、リリスたちが躊躇なく臨戦態勢に入る様をはっきりと映し出していた。

 魔兵隊を退けたのも束の間、今度はネルードとの再戦です! 嘗ては流れた戦いに今度こそ決着がつくのか、そしてセイカを引き連れて現れた理由とは何なのか! 此処から第六章はクライマックスへと向かっていきます、ぜひお楽しみに!

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