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第五百六十四話『殲滅宣言』

 氷の矢が放たれる度に魔兵隊の頭数が一つ減り、その死におびき寄せられるようにして集団はどんどん大きくなっていく。決して届かない標的を負う事を諦めない姿は確かに『兵隊』の名を冠するに相応しかったが、それ故に死地へと近づきつつあった。


「……そろそろ、かしら?」


 移動と狙撃を繰り返すこと七度、すっかり拡大した魔兵隊の群れを見下ろしてリリスは呟く。大通りですら余裕で埋め尽くせるほどのそれと正面衝突するようなことがあれば、どんな手練れでも無傷で潜り抜けることは至難の業だろう。


 実際共同戦線の仲間を何回か巻き込んでいるし、俺たちのせいで生まれた犠牲もゼロではない。どうやって通達したのかは知らないが、クライヴの軍勢がいつの間にか姿を消しているのが憎らしかった。


 いくら使い捨てとは言え浪費するのは惜しいのか、それとも何か別の狙いがあるのか。それに関しては分からないままだが、魔兵隊を攻略して戦場に引きずり出してしまえば同じことだろう。


 今のクライヴは奥の手を二個か三個用意しててもおかしくないような奴だからな。目的が違いすぎるとはいえあっちも全力で勝ちに来ているわけだし、その決め手が協力者の技術と言うのも何か釈然としない。


 作戦の一番大事なところはクライヴが確実に詰めてくると、俺は不思議なほどに強い確信を抱いている。山場を誰かに任せられるほど『落日の天』はまとまった組織じゃないし、クライヴが部下に全幅の信頼を置いてるとは思えないからな。


「これだけ集まれば十分だろ。少なく見積もったって百はいるぜ?」


「逆に言えば、あちらは百を超える強力な戦力を隠しながら戦ってたってことですよね……。それに加えて幹部クラスの人間もまだ出てきてないってどれだけ人材豊富なんですか」


「私も同じ感想よ、スピリオ。クライヴの何があんな沢山の人を引き付けてるのか想像もできないわ」


 肩を竦め、若干不安そうなスピリオの言葉にリリスも同調する。クライヴはもともとガキ大将気質だったから俺からするとあまり疑問にも思わなかったのだが、よくよく考えれば不思議なことだよな。


 仮に一枚岩でなかったんだとしても、クライヴの掲げた旗に多くの賛同者が集ったことは事実だ。じゃあどんな旗を掲げたらアグニやベガと言った個性派を引き付けることができたのかと考えてみても、それっぽい答えは中々出てこなかった。


(クソ、こうなるならベガにもっといろいろ聞いとくべきだったか……?)


 やるべきことがあると速足に去ってしまったベガの事が今更惜しく感じられて、俺は内心歯噛みする。不用意に口にすれば致命的な混乱を生みかねないから事情を伝えることは出来ないが、少なくともこの戦場でベガは俺の絶対的な味方で居てくれた。そのことへの感謝はどこかで伝えたいし、直接言葉にするべきものだと思う。


「でもねスピリオ、どれだけの人が居ようと最終的には関係ないの。クライヴを倒せば組織が瓦解するのは目に見えてるし」


「ボクたちの目標は最初からそこだからね。結果的にたどり着く場所が同じなら道のりがどうなろうとあまり違いはないさ」


「……そういうもの、なんですかね……?」


 何か言いたげにもごもごと口を動かしつつも、スピリオは最終的に二人の理論に頷きを返す。『双頭の獅子』の崩壊劇を見れば分かりやすい話だが、それを知ってるのは俺たちだけだからな。特に帝国なんかシステム的にしょっちゅう頂点が変わることを想定されてそうだし。


 そんなリリスの意志を示すかのように、今までふらふらと西に流れていた風の球体が微妙に進行方向を変える。少し離れたところに位置する噴水広場が俺たちの新たな目的地だ。


 アールとスピリオと相談して決めたその場所は帝都の中でも相当スペースが確保されている場所らしく、休日には出店が出たりなんかもする場所だそうだ。そんな場所を作戦の舞台にするのは少しばかり気が引けるものの、一匹でも多くの魔兵隊を屠ることの方が優先だった。


 噴水広場に魔兵隊が集まった時、俺たちの準備はすべて完了する。無事に作戦を遂行するための道のりを、俺たちは相変わらず宙に浮きながら進んでいた。


 敢えて速度を落とすことによって魔兵隊は俺たちの事を見失えず、狭い路地までもを埋め尽くすほどの集団を作りながら追いかけて来る。統率が取れていないのか魔兵隊同士で衝突する瞬間もいくつかあったが、それが引き金となって殺し合うようなことはやはりない。いくら理性がないように見えてもそこは兵隊、と言う事なのだろうか。


 群れを観察してそんなことを考える余裕すらあるほど、空の旅は安全なものだった。安易に手出しする危険性を理解したのか狙撃もあの一発きりだったし、他の方法で介入してくる様子もない。今のところはアールが立てた予想通り、理想的な展開だと言ってもいいだろう。


 特に妨害されることもなく、俺たちは噴水広場の上空へたどり着く。それから五秒ほどの間をおいて魔兵隊の群れも広場へたどり着き、一分も立たずして俺たちの真下に巨大な魔兵隊の塊が生まれた。


 中には噴水で体が濡れることすら厭わず、少しでも俺たちに近づこうとしている個体もいるようだ。その根性は見上げたものだが、その努力を他の形で出力することは出来なかったのかと問わずにはいられない。


 魔兵隊ほどの身体能力があればカタパルトとかの要領で一人を天高く投げ上げることぐらい不可能ではないような気がするのだが、そういう想定はされていないのだろうか。『傑作』とか呼ばれるにはあまりに愚直すぎるし、怪物としてならまだしも兵隊としての質はお世辞にも高いとは言えないと思うのだが――


「スピリオ、何か感じ取ったらすぐに伝えて。いくら私でもアレを一掃するには準備が居るから」


「任せてください、そのために自分が居ますから」


 際限なく流れていきそうになる俺の思考に割って入るような形でやり取りが交わされ、リリスが目を瞑る。その瞬間に起きた変化を、俺は本能的な部分で感じ取っていた。


 一瞬にして周囲の空気が少しだけ冷え込んだように思えたのは決して気のせいじゃなく、リリスが何かとんでもないことをしようとしているからなのだろう。魔力の気配なんて一度も感じ取ったことがなくとも、今ここで大きな変化が起きていることははっきりと分かった。


「染め上げる。あの空間全体を、私の魔力で」


 自分に言い聞かせるかのような呟きが漏れ聞こえるとともに、背筋を伝う冷たさは鋭さを伴っていく。思わずツバキの方に視線を向ければ、重々しい頷きが一つ返ってきた。


 魔兵隊にこの変化が伝わっているのかは分からないが、そんな疑問は些細なことだ。どちらにしたって魔兵隊はこの場から動くことは出来ないし、リリスの魔術を阻止することもできない。兵隊としての責務が本能を上回る以上、魔兵隊は壊滅する以外ないのだ。


「――行くわよ」


「ああ、思いっきりやっちまえ」


 それこそ氷のように鋭い殲滅宣言に対し、俺は迷いなく背中を押す。それを聞いたリリスは目を開き、眼下にできた怪物の群れを一瞥して。


「一切合切、凍り付きなさい」


――次にリリスが口を開いたその瞬間、噴水広場全体が一瞬にして凍り付いた。

 凍り付いた噴水広場、その後に残る物とは一体! 少しずつ、しかし確かに決着へ向けて進んでいく帝都の戦況をぜひ引き続きお楽しみください!

――では、また次回お会いしましょう!

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