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第五百五十八話『醜悪な傑作』

 見た目は全く同じ、私兵だとは思えないぐらいに小柄なスピリオのままだ。だが、目を合わせるだけでそこにいるのは別人だと分かる。自分の強さを信じて疑わない不遜な何者かが、俺たちの前に立っている。


「ピー君も体削って頑張ってるんだ、それに見合った成果は出してもらわないと割に合わない。……キミたちがそれに値しないと見たらすぐに帰るからね」


 肩を竦め、俺たちを睥睨してその何者かは告げる。スピリオの事を『ピー君』と呼ぶその軽さが、不遜な態度と相まって余計に不気味さを醸し出していた。


「帰るも何もあなたがどこから現れたかが分からない限り話せることはないわよ。……あなた、一体何者なわけ?」


「そうだね。スピリオと何かしら関係はあるみたいだけど、まさかそれだけの説明で本題に入るつもりじゃないだろう?」


 剣呑な二人の声が響く共に、部屋の中の空気が一瞬にして張り詰めたものに変わる。あと一つきっかけがあるだけで爆発してしまいそうな、危うい雰囲気だった。


「なるほどね、見た目が同じってだけじゃ信頼は勝ち取れないか。とりあえず有象無象のザコたちよりは話ができるみたいだ」


 しかし、スピリオの顔に浮かんだ笑みによってその空気感は唐突に終わりを告げる。コイツの判断基準は未だに謎だが、とりあえずリリスたちは最初の関門を突破したという事らしい。


「この世界にはたくさんの魔術師が居るし、魔術師の数だけ魔術は存在する。人の見た目を模倣する魔術なんて邪道の中じゃ王道のようなものだしね。他者を無条件に信じられるのは美徳だけど、こと戦場においては早死にする奴の特徴でしかない」


「同感ね。あなたがスピリオの関係者じゃなかったら今頃串刺しにしてるわ」


「いいねえ、そうでなくっちゃ。帝国の奴らが腑抜けてきたと思ったら、なかなかどうして外国にも筋が良い奴がいるじゃないか」


 リリスからの殺意を浴びている間も、表情は笑顔を保ったままだ。スピリオの顔を借りて、何者かは子供の様に喜びを爆発させていた。


「うん、君たちになら協力する価値がある。個人的に今の皇帝は好きじゃないけど、ピー君はじめ優秀な人を見定める目は歴史的にも上位に食い込んでくるだろうね」


「へえ、随分と上から評価するんだね。君にとって皇帝は畏れ敬う対象ではないのかい?」


「当然だよ、ピー君はともかくなんでぼくが敬わないといけないのさ。というかね、この国において皇帝は敬われない方がずっといい」


 ツバキの問いにくつくつと笑いながら、何者かは手をひらひらと振る。声色は軽いものだったが、その主張は一切澱むことなくさらに付け加えられた。


「皇帝が敬われると帝国が安定し、大きな戦いが起こらなくなる。すると平和が訪れて、兵たちの練度が全体的に下がっていく。とどのつまりね、皇帝が優秀だと部下が平和ボケする羽目になるのさ」


 そう言って、何者かは窓の外に視線を向ける。怪物たちの群れ、そしてそれに貪られた兵たちが作り上げた赤黒いシミを順々に指さしながら、何者かは芝居掛かった様子で肩を竦めた。


「ピー君を通して見てたけどさ、それはもう酷い有様だったね。単純な強さもなければ不測の事態への対応力もない、挙句の果てには君たちの圧力に屈して撤退を選ぶ始末だ。この際だから断言させてもらうけど、皇帝が優秀でなければあの怪物程度どうにでもなるものだよ」


 俺たちへと視線を戻し、獰猛に頬を吊り上げながら何者かは堂々と断言する。……隣に立つリリスが息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。


 リリスと同じ理由かはともかくとして、俺もこいつに気圧されているのは同じことだ。話し方と所作だけでこんなにも人は変わる物なのかと、内心そう思わずにはいられない。額に浮かんでいた汗もいつの間にか引っ込んでおり、その立ち姿には強者の風格が伴なっていた。


「さて、そろそろ種明かしの時間と行こうか。君たちとは一度腰を据えて放してみたいところだけど、それをするにはピー君の身体がちょっと脆すぎる。ずいぶん無茶苦茶な魔術だし、それを責めるつもりはないんだけどさ」


「ええ、私たちも深く突っ込むつもりはないわ。……そろそろ、前置きも十分じゃないかしら?」


「ああごめん、話が回りくどくなるのはぼくの悪い癖でさ。今度こそちゃんと本題に入るよ」


 軽く頭を掻きながら、何者かは軽く咳払いを一つ。そして俺たちの顔を順繰りに見渡し、右手を胸に置いて軽く一礼した。


「ぼくはアール、家名は別に憶えなくていい。昔は帝国でそれはもう暴れまわったものだけど、なんやかんやあって今はピー君と運命を共にしてる身だ」


 どうぞよろしく――と。


 顔を上げ、アールは俺たちに微笑みかける。薄々察しがついていたとはいえ、全く別の人格が一つの肉体に共存しているのは不思議なものだった。


「運命を共に、ね。……それがスピリオの魔術ってわけ?」


「概ね当たり。ピー君の魔術は簡単に言えば『同調』、いくつかの条件を満たした他者の精神を自分の内側に受け入れることができるんだ。その恩恵を受けて、いくつかの人格がピー君の中で同調しながら共存してるってわけさ」


 リリスの推測に頷き、アールはあっさりと魔術の詳細を開示する。……もっとも、簡略化された説明でさえ一瞬理解に苦しむようなものではあったが。


「でもさ、スピリオは自分の魔術を感覚の延長だって説明してたよな。その『同調』とやらでどうやってスピリオは感覚を鋭くしてたんだ?」


「ああ、単純な足し算だよ。ピー君が受け入れてる精神たちを『同調』して、本来のピー君の聴力に加算してるんだ。仮に五人の精神と同調したらピー君の分と合わせて六人分の聴力で周りの情報を拾えるってわけだね」


「……なる、ほど?」


 そう聞くと何となく理解できるような気はするが、精神を同調させることと感覚が鋭くなることがどうしても一本の線で結びつかない。知識が増えるとかは理解できるにしても、聴力に関しては精神の問題を逸脱しているような気が――


「ああ、あまり気にしすぎない方がいいよ。魔術が魔術師の数だけ違ってくるみたいに、それを支える理屈も魔術師ごとに違うんだ。ピー君の場合は『そういうもの』なんだって理解して飲み下す方が色々と楽でおすすめだね」


「うん、ボクもそれには賛成かな。裏側にある理屈がどうであれ、スピリオの感覚は鋭くなってるしアールの人格は表に現れてる。……なら、それは魔術として最低限筋の通ったものだってことさ」


 アールに肩を叩かれた直後、ツバキも諭すようにそう助言してくれる。かなり割り切った考え方ではあったが、考えてみればこの場では二人の考え方が正解だった。


 敵の使う魔術ならともなく、アールは俺たちの側に着いてくれてるわけだしな。理屈なんかより優先して聞くべきことがある以上、その疑問に意識を割いている暇はないだろう。


「悪い、話の腰を折っちまったな。あの怪物をどうにかする手立てを探すのが最優先だ」


 そういう場面で呼び出された以上、きっとアールは情報を握っているのだろう。その期待を込めて視線を向けると、それに応えるような頷きが返ってきた。


「いいね、切り替えの早いリーダーは好印象だ。ピー君の身体も心配だし、そろそろしゃしゃり出てきた意味を果たすとしようかな」


 そう言って俺たちから視線を外すと、アールは窓の外へと視線を移す。今も獲物を探して帝都を徘徊するそれを見る目は、今までにない嫌悪の感情に満ちていて。


「あれは『魔兵隊』、途方もない馬鹿たちの実験に巻き込まれた可哀想な奴隷たちだ。『業の国』じゃ傑作とかなんとか言われてるみたいだけど、ぼくからすればこれ以上に醜悪な作品も中々ないね」


 俺たちに説明するアールの表情に影が差しているように見えるのは、きっと目の錯覚ではなかった。

 怪物改め『魔兵隊』、そして『業の国』。それらが戦場にもたらすのは混乱か、それとも全く別の物か。激戦続く第六章はさらに加速していきますので、ぜひご期待していただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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