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第五百五十六話『その瞳が捉えたもの』

「……これくらいあれば大丈夫かしらね」


「そうだね、少なくとも迎撃戦には十分だ」


 顔を見合わせて頷き合い、それと同時に張り詰めた空気がほんの少しだけ弛緩する。手近な壁にもたれかかかるようにして腰掛けたリリスとツバキの表情もいくらか穏やかなものになっていた。


 俺たちが籠城先に選んだのはホテルの一室、ベッド二つと机が備え付けられた賓客用と思しき空間だ。高層階に位置していることもあって、一方的に怪物たちを偵察するには最適の立地だろう。


 人間離れした腕力があるにしても、空を飛べるわけじゃなさそうだからな。いかにあの怪物が常識外れだとしても、突然鳥のような翼が生やすなんてことは流石にないらしい。

 

 宿の中を通って侵入されるのばかりはどうしようもないが、それもツバキとリリスが仕込んだ罠によって対策済みだ。影の領域をあえて張ってないのも罠にかかる間抜けをおびき出すためみたいなものだからな。


 アレがどれだけの知性を持った存在なのさえ、俺たちはまだ分からないままだ。分からないことが戦場において脅威になることを、俺たちは身を以て知っている。


「……それじゃ、見せてもらおうかしら。あなたたちがいったい何者で、どんなことができるのか」


 束の間の休憩を終えたリリスが窓際に歩み寄り、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべる。帝都でも大きめの通りに面した窓の外では、解き放たれた怪物たちが敵を探して闊歩していた。


 群れているというよりは、同じ場所で各々が好き勝手にやっているような感じだ。お互いに敵対しあうことはないが、かと言って協力しているわけでもない。同じ場所をかわるがわる別の個体が確認したりもしていて、情報共有をしている様子もないことが何となく察せられる。


 しかし、獲物を見つけたとなれば話は別だ。一匹が見つけたのに反応して周囲の怪物が動き出し、動き出した怪物たちの周囲にいた怪物たちもまた遅れて反応して獲物の方を向く。一瞬のうちに起きた連鎖の果てに、この場にいる怪物たちの視線は獲物へと集中した。


 共同戦線の一員と思わしき五人の兵士たちもとっさに迎撃の構えを取るが、二十を超える怪物たちが一斉に襲い掛かってきては対処しきれるはずもない。後衛に陣取っていた魔術師が巻き起こした風も二匹、三匹の怪物を押しのけるのがせいぜい、波濤の如く押し寄せてくる怪物の勢いを止めることは出来なかった。


 まず前衛三人の姿が見えなくなり、それからしばらくして後衛の魔術師たちも呑み込まれる。怪物たちに背を向けて全力態勢を取った者も、単純な速度勝負に負けてあっさりと身動きを封じられた。


 そこから先は言わずもがな、怪物たちのランチタイムだ。悲鳴はすぐに聞こえなくなり、食事を楽しむ怪物たちの立てる音だけが通りに残る。しばらく経って怪物が離れた後、石畳には取り除かれた装備と五人分の赤黒いシミだけが残っていた。


 さらに厄介なことに、怪物たちの群れの中に負傷しているような様子の個体はいない。突風で結構派手に吹き飛ばされたはずなのだが、そんな傷はもうとっくに癒えているという事なのだろうか。


「中々殺し切るのも難しそうだね。片腕を切り落としても平気な顔してもう片方の手で襲ってきそうな感じだ」


「その光景、嫌になるぐらいはっきり想像できますね……。少なくとも自分が太刀打ちできる相手ではないことは確かそうです」


 また一つ積み重ねられた悲劇を前にして、ツバキとスピリオは渋い顔をする。何か弱点の一つでも見つかってくれれば話も変わってくるのだろうが、今の所相当な怪物だってことしか分かってないからな。何となく分かっていたことの確度が上がるのは悪くないにせよ、それを生かせないんじゃ偵察の時間自体に意味がなくなってしまう。


 何か突破口になり得るものがなかったかと、俺は今しがた見た光景を脳内で再生する。それでも気になるところは個々で動くところと風で吹き飛ばされたダメージがほぼなさそうなぐらいで、弱点と言えそうな気付きは一向にない。スピリオと同じく俺の力でも太刀打ちできる相手じゃないことが分かったのはいいが、薄々察していたことが確信に変わったぐらいで前進とは言えないだろう。


 もっとリリスたちにも有益な気づきがないかと俺が首を捻っていると、同じように苦戦している様子のリリスとふと目が合う。その口は真一文字に結ばれ、時折低いうなり声が漏れるばかりだった。


「……リリス、何か気になる事でもあったのか?」


 その様子がどこかいつもと違うように思えて、俺は咄嗟にそう声をかける。リリスは最初戸惑ったように視線をあちこちに投げていたが、やがて観念したかのようにゆっくりと頷いた。


「ええ、あるわよ。どんな理屈を付ければいいのか分からない、特大の奴がね」


「特大、ですか……。ならどうしてそれを言おうとしなかったんです?」


 リリスの言葉にスピリオが首を傾げ、同調するようにツバキが頷く。情報を少しでもかき集めたい身としては、俺もそっちの意見に賛成だった。


 そんな俺たちを視界に入れながら、リリスは何度も目を瞬かせる。――それでも目を逸らさない俺たちに根負けしたのか、一つ息を吐いてリリスはまた口を開いた。


「簡単よ、私にも理屈が付けられないから。分からないことだらけの時に分からないことを投げ込んでも状況がさらに混乱するだけでしょう? ……でも、ここまで言ったからにはもう全部伝えちゃった方がよさそうね」


「ここで止められる方がボクとしては複雑だからね。大丈夫、どんな情報が来ても受け止める準備は出来てるさ」


「お前の言う通り、分からないことだらけなのは変わらないからな。一つぐらい分からないことが増えたところで状況がさらに悪くなるなんてことは多分ねえよ」


 その決断を後押しするべく、俺とツバキはすぐさま声をかける。それに柔らかい笑みを返して、リリスは一つ咳払いをした。


「それじゃあ、簡単な説明だけ先にするわね。――あの怪物たちの魔力の気配に関する事よ」


 そう前置いて、リリスは窓の外へと視線を投げる。緑色をした瞳の中に、人の形をした怪物たちの姿が映し出された。


「最初は私も勘違いだと思ってたのよ。でも、ここまで周りに人が居なかったら流石に確信できる。――あの怪物から、人と魔物が混ざったみたいな気配がしてるってね」

 今回少し短くてごめんなさい! リリスが捉えた違和感、その先にはいったい何があるのか! 勝ち筋を見出すための偵察タイム、ぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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