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第五百五十二話『答えの続き』

 波が引いていくかのように影が離れ、リリスの身体がゆっくりと頽れていく。それを目にした瞬間、俺はスピリオを置いて弾かれたように走り出していた。


 いくら魔術の引き出しが増えたとは言え、魔術神経の強度は中々鍛えられるものでもない。影と氷と風を同時に操るなんてしようものなら負担が増えるのは当然、寧ろ決着まで保ったことがとんでもないぐらいだ。


 声をかけるより早くリリスの手を取り、魔術神経の様子を確認する。想像していたよりは軽度な症状には留まっているが、それでも酷使していた両腕は既にボロボロだ。これを放置することは、いつ爆ぜるかも分からない爆弾を抱えさせておくのと同義だった。


「ねえマルク、終わったわよ。……ようやく、クラウスとの因縁が終わったわ」


 目を瞑り意識をさらに修復へと集中させる俺の耳に、リリスの気の抜けたような声が届く。少し舌足らず気味な響きはさっきまで堂々とクラウスを煽っていたのと同一人物だとは思えない程柔らかく、寝起きの時のリリスをどこか思い起こさせた。


「ああ、ここまで長かったな。――俺としては、あの平原で終わったものだと思ってたけど」


 むしろ終わったという実感が強いのはベルメウでもやり合っていたリリスたち二人の方ではないだろうか。ノーリスクでの戦いなんて一度もなかったし、クラウスと遭遇するたびに二人は死力を尽くして戦ってきた。それに今度こそ終止符が打たれたともなれば達成感もひとしおというものだろう。


「私だってそう思ってたわ。何もかもクライヴが元凶なのよ」


「ああ、それは間違いねえや」


 半ば愚痴のような指摘に、俺はただ苦笑を返すことしかできない。アイツの思惑通りに動かされていたという所だけを見れば、クラウスもまた被害者であることは確かだった。


 もしも俺たちが邪魔をしなかったんだとして、クラウスはどんな末路を迎えていたのだろう。わざわざ行き倒れてるところに手を差し伸べただけあって、そこには何かの利用価値があったはずだ。里で過ごしてた時ならいざ知らず、今のクライヴが義理や人情の類で動くとは到底思えないし。


 疑問は頭の片隅に引っかかり続けているが、それを解消するだけの推理が出てくるわけでもない。決着が付いたらそれにまつわる疑問やらは薄れていく物だと思っていたのだが、どうやらもうしばらくクラウスの事は気に留めておかなければならないようだ。


「というか、考えてみると俺と古い付き合いの奴らばっかり俺たちに牙を剥いてやがるな。……ごめん、俺の個人的な因縁にばかり付き合わせちまって」


 行き先のない疑問を隅に追いやり、新たな気付きの方へと思考をシフトする。記憶を取り戻したことは想像以上に修復術の腕前を向上させているらしく、これだけ脱線しても修復の準備はつつがなく進んでいた。


「気にしないでいいのよ、少なくとも私は貴方の事情に巻き込まれに行ってる側だから。ベルメウであの男と会った時、『自分の方がマルクを知ってる』みたいな顔されて腹が立ったのよね」


「それに関してはボクも同意見かな。君のせいで面倒事に巻き込まれてるなんて思ったことはないし、これからもついていくのは変わらないよ。縁がややこしい事態を招くってのにはボクも覚えがあるし」


 そういう意味ではトントンみたいなものだよ――と。


 苦笑交じりに付け加えられた言葉とともにポンと肩が叩かれて、目を瞑っている俺にもツバキがすぐそこにいるのだと分かる。結構な量の影をリリスに送り込んでいたが、それでも一人で立って歩けるぐらいの状態ではあるようだ。


 ツバキもツバキで修復は必要だし、歩けるってだけじゃまだ安心はできないんだけどな。ツバキは文字通り影の立役者、たとえ表に立つことがなくても相当魔術神経は酷使してるわけだし。


 二人の魔術神経が強靭でよかったと、大きな戦いを超える度につくづく俺はそう思う。並大抵の強度で同じことをやろうとしたら最後、毎秒のように致命的な損傷が起きるのが目に見えていた。


 しかし、準備さえ整えばそれほどの負担すらもなかったことにできてしまうのが修復術だ。酷使した両腕を中心に行き渡った俺の魔力は、それぞれの場所で仕上げの合図を今か今かと待っている。


 もう一度魔力を巡らせて確認して、深呼吸を二度繰り返す。心臓が規則正しく脈打つ音を聞きながら、修復された魔術神経の様子を脳裏に強く想い浮かべ――


「――繋がれ‼」


 出来るだけ抑えめの声量で魔力たちに命じると、繋いだ手越しにリリスの震えが伝わってくる。この規模の修復をリリスは数度経験しているが、それで修復の反動が小さくなるなんて都合のいいことはなかった。


 こっち側が工夫して少しでも楽にできればそれが一番なのだが、取り戻した記憶を漁っても修復の反動を減らすための知識は出てこない。あの時の俺がもう少し深く修復術に触れてたら、このあたりをカバーするための勉強とかもできたのかもな……。


 そんなことを考えている間に、修復は何事もなく完了したようだ。伝わってくる震えと呻き声がある程度収まったのをを確認してから目を開ければ、リリスは体調を確かめるように空いた方の腕をぐるぐると回していた。


「とりあえずは大丈夫……だよな?」


「ええ、寧ろ戦う前より絶好調よ。肩とか腰もなんとなくほぐれてるような気がするぐらいだもの」


「体の機能にも魔術神経の状態は関わってるわけだし、それもあながち勘違いじゃなかったりしてね。というわけでマルク、ボクの分も修復頼めるかい?」


「任せろ。お前たちが思いっきりやれるようにサポートするのが俺の仕事だからな」


 笑みとともに差し出された手を取って、再び修復術の準備に入る。リリスと比べて目立った損傷個所は見当たらないが、その代わりに全身の魔術神経に満遍なく負荷がかかっている。リリスのペースに合わせて影を送ってるわけだし、そうならない方がむしろおかしい話だった。


 あちこちに空いた細かい穴を埋めるように、魔術神経にできた傷に一つ一つ魔力を流していく。最後の確認を終えて号令を下せば、修復の反動がツバキの全身を駆け抜けた。


「中々、慣れられるものでもないね……‼」


 時折吐息をこぼしながら、ツバキもリリスと同様に身じろぎする。しかしそれも十秒ほどすれば収まり、繋いでいた手がパッと離された。


「……なるほど、確かに体が軽いような気がするね。こりゃ新発見だ」

 

 軽く伸びをしたり跳ねてみたりしながら、ツバキは目を丸くして想定外の副産物を歓迎する。魔術神経がらみの事には詳しいという自負があったが、日ごろから積み重なる負担の有無がここまで分かりやすく影響を与えているとは知らなかった。


 リリスとツバキの魔力量はけた外れだし、それが何かしら影響してるのかもな。あまりはっきりとしたことは言えないが、俺が考えている以上にこまめな修復は大切そうだ。


 未だ底の見えない魔術神経に軽く首を捻っていると、いつの間にやら正面に立っていたリリスがくいくいと服の裾を引っ張ってくる。その頬はかすかに赤らんでいて、もっと言うと何かを期待しているかのようだった。


「さて、これであらかた片付いたわね。クラウスは死んで、修復も無事に終わった。……なら、そろそろ答えの続きを聞いてもいいと思うのだけど」


「……ああ、そういうことな」


 リリスの考えを察した瞬間、自然に笑みがこぼれる。再会してからと言うもの、リリスが可愛らしく見えてしょうがない。いじらしくこちらを見上げるその眼は、俺がさっき伝えるはずだった言葉をけなげに待ち続けていて。


「言ってあげなよ、マルク。そのためにリリスもここまで頑張ったんだからさ」


 ツバキが楽しそうに笑いながら口にした瞬間、リリスの顔がさらに真っ赤になる。どうやらその指摘は図星も図星のようで、一瞬相棒へと向けられた視線には抗議の意志が存分に込められていた。そんなところも可愛いと思えてしまうから本当に困る。


「分かってるよ。あの時ほどの雰囲気にできるかは分からねえけど、俺なりに頑張るから」


 頷きながら宣言して、俺は一度言葉を切る。言いたいことはもう決まっていたけれど、やっぱり何回想うのと口にするのは大違いだ。そうしている自分を想像するだけで顔が燃えるように熱くなるし、その姿はどうも俺らしくないように思えて仕方がない。


 それでも、リリスは勇気を振り絞って問いかけてくれたのだ。ならばこっちも全身全霊、あらん限りの真心を込めて誠実な答えを返すのが筋って奴だろう。


 そう言い聞かせて恥ずかしがる自分を封殺し、俺は一歩リリスと距離を縮める。そして、考えていた答えを一言一句違わないように言葉へと変えて――


「……ありがとう、マルク。私の想像なんて追いつかないぐらい、最高の答えだったわ」


 俺の答えを聞き終えてから数秒後、柔らかい声と笑顔が俺に向けられる。その直後に飛び込んできた感触は驚く程に軽いもので、俺にとってはそれが何よりも愛おしかった。

 ついに両思いになった二人、隙あらばイチャコラしそうで僕からしても恐ろしい存在ですね。どうか末永く爆発してほしいですがここは戦場、リアルの爆発に巻き込まれる可能性はまだまだ尽きておりません。帝都を巻き込んだクライヴへのリベンジマッチはここからどう動いていくのか、ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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