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第五百四十八話『一度死んだ因縁』

 魔術師としてのクラウスは、バラックの平原で確かに一度死んでいる。限界を超えた魔術の行使は魔術神経に致命的な損傷をもたらし、普通に生活することすらままならない程の容態だったはずだ。


 修復術以外に治せる手立てはなく、俺が手を差し伸べなかったからクラウスはあそこで詰んでいた。少なくとも当時の俺はそう考えていたし、そうすればもう縁が重なることもないと思っていた。むしろその体で生きていく方がクラウスには堪えるだろうとか、そんなことすら考えていたのだ。


――記憶を封じられていた当時の俺には、クラウスに手を差し伸べうる人間が居ることなんて考えもしなかったから。


「……こりゃ驚いた。全身プライド人間のお前がまさか誰かの下に付くなんてな」


 こちらへの殺意を取り繕う事すらしないクラウスの姿に、俺は距離を取りながら肩を竦める。とても信じられないような結論ではあったが、そうでないなら今こうやってピンピンしていることに説明が付かない。クラウスの背後には、間違いなく修復術師が居る。


 いや、そもそも突然俺たちの目の前に現れた時点で疑う余地はなかったのだろう。――修復術と違って、無制限の転移魔術は『落日の天』だけが持つ特権なのだから。


「ああ、自分でも驚いてるよ。『最強』の座を取り戻すためだったら、俺は意外に何でも我慢できちまう性分らしい」


 人間やって見なきゃ分からないものだな、とクラウスは乾いた笑みを顔面に張り付ける。あっちもあっちでこの半年間色々な経験をしていたようだが、それでも根っこの部分が変わることはなかったらしい。あくまで『最強』を目指すクラウスの本質は、今でも『双頭の獅子』のリーダーであった時のままだ。


「それにな、お前たちを殺せばクライヴが次の標的になるだけだ。いつまでも都合のいい子飼いになってやるつもりはねえし、アイツの理想とやらに賛同してるわけでもねえ。お前もクライヴも、『最強』に辿り着くための踏み台って意味じゃ何も変わらねえよ」


 そんな推論を裏付けるかのように、クラウスは拳を握って凶暴な笑みを浮かべる。クライヴを戦いへと突き動かす原動力自体は純粋な物であることを、俺は改めて思い知らされていた。


 本来なら何の意味も持たなかったはずのその思いは、クライヴが手を差し伸べたことによって今再び俺たちに牙を剥こうとしている。いいことなのか悪いことなのか、俺が考えていた以上にクライヴ達は一枚岩じゃないようだ。


「あら、随分と大胆なことを言うのね。ベルメウで会った時は随分と従順になってた気がするけど」


「何を言ってんだか分からねえな。あの場所にいた俺は偽物、ガワだけ利用されてできた人形みたいなもんだ。『最強』に辿り着く人間が犬みたく尻尾振って誰かに忠誠を誓うなんてバカな話があってたまるかよ」


 頭に付けた奇妙な仮面に触れながら、クラウスはただ凶暴に笑い続ける。しかし、ベルメウでもクラウスと顔を合わせていたかのようなリリスの言葉の方が俺にとっては気になるところだった。


 あそこでも随分と別行動になってしまっていたし、その間に色々と経験しているのは容易に想像できる。ただ、その中にクラウスとの再会があるなんてのは予想外もいいところだ。――記憶を失ったままで対面して居たらより混乱していただろうし、そういう意味では幸いだったのかもしれねえけど。


「んな終わった話の事はどうでもいいんだよ、今俺がここにいることだけが全てだ。俺にまとわりつくめんどくせえモン全部燃やし尽くして、最後に俺が『最強』だったらそれでいい」


 剣に真紅の炎を宿し、クラウスは俺たちへ切っ先を向ける。もはや交渉も無意味、戦う以外の選択肢は残されていない。リリスが言っていた『どうしようもない場面』が、早くも俺たちの前に立ちふさがっている。


「……マルク、出来る限り私たちから離れて。今の私たちにできる最大火力で決着を付けるわ」


「ああ、長々と時間をかけちゃ他に負担がかかるからね。お望み通り、今のボクたちの全力でお相手しよう」


 少しの思案の後俺たちに指示を出して、氷の剣を生み出しながらリリスは前に進み出る。後押しするように伸ばされた影がリリスの全身に絡みつき、一瞬にして相棒を守る無数の武装へと変じた。初めて会った時からずっと変わらない、掛け値なしの最大出力だ。


 変わっているところがあるとすれば、影を託す側のツバキが自分の足でしっかりと立っているところだろうか。援護に徹すると身動きが取れなくなってしまう所は前からの不安要素だったわけだが、フェイの手ほどきを受けてそれすらも克服するに至ったらしい。


「いいねえ、そう来なくっちゃつまらねえ。――こちとら半年も待ったんだ、拍子抜けだけはさせてくれんじゃねえぞ?」


「お断りするわ。貴方の道楽に付き合ってる暇はないの」


 影の中に冷気をも交えさせながら、昂ぶりを隠さないクラウスにリリスは冷え切った言葉を浴びせる。燃え盛る炎がどれほど光を放とうと薄れることのない影が、小さな体に纏う闘志をさらに膨れ上がらせていた。


「……あれが、リリスさんたちの本気」


「ああ、あんまり身体には良くないんだけどな。……でも、ああなったリリスは間違いなく最強だ」


 仮に二人がクライヴとの戦いを引きずっていたのだとしても、俺が抱く印象は何一つとして変わっていない。リリスとツバキは最高の相棒で、俺にとって世界最強のコンビだ。どんな悪意も謀略も、二人の勢いを完全に殺すことなんて絶対にできやしない。


「よく見てよく聞いとけよ、スピリオ。アイツらは絶対負けたりしねえから」


 少し不安そうなスピリオの分まで、俺は堂々と断言する。そう信じてここで見守ることが、今の俺たちにできる一番の手助けだった。


 これから起こるのは文字通り異次元の戦い、俺が一生かけて修行を積み重ねても割り込むことすら許されない領域での攻防だ。俺の出番はその全てが終わって、二人が無事に帰ってくるのを見届けた後にしかやってこないのだから。


「あ、でも一応警戒だけは解かないでおいてくれるか。ここまで身を隠して他所からやってきた奴にやられるとか、そんな下らない失敗はもうしたくねえ」


 ベルメウで犯した失敗は、今も色濃く俺の記憶に焼き付いている。二人が惜しみなく全力を尽くすためにも、見守ることしかできない俺が足を引っ張るようなことがあってはダメだ。……今度こそ、戦いを終えた二人を無事に迎え入れなくては。


 出来る限り気配を殺し、遂に幕を開けた因縁の戦いに意識を集中する。影と氷、そして炎が入り乱れては殺し合うその光景は、額縁の中に飾られていても不思議ではない程に神秘的だった。

 今回少し短めでごめんなさい! マルクに見守られながら幕を開けた戦いがどんな経緯をたどるのか、久々の最大出力をぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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