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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第二章『揺り籠に集う者ども』

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第五十三話『借り物だらけの死闘』

 目標はクラウスの剣、障害は目の前に立つカレン。俺がその道を阻まれてもダメ、俺がたどり着く前にリリスかツバキのどちらかが限界を迎えてしまってもダメ。改めて確認すれば、挑戦するのがばかげているくらいに細い勝ち筋しか残されていないわけだ。


「……だけど、やるしかねえ」


 しかし、今勝ちを掴まなければ俺たちがここに来た意味はない。……一瞬だけ目を瞑り、遠い昔に教えてもらったラケルの戦闘をできる限り思い返す。それをできる限り高いクオリティで再現するのが、俺に与えられた至上命題だった。


「……気弱だったお前が、吠えるようになったじゃないか。いいだろう、その驕りごと刺し貫いてやる!」


 俺の眼前でカレンが気合のこもった声を上げ、王都最速と言っても過言ではない一撃をこちらに向かって構えてくる。思わず目を瞑りたくなるような威圧感にこらえて、俺は懐にしまい込んだ魔道具に手を触れると――


「目覚めよ‼」


 俺があらん限りの声量でそう叫んだ瞬間、俺の周囲につむじ風が巻き起こる。俺を中心にして発生したそれはカレンの剣を受け流し、俺と剣の間を塞ぐものは無くなった。


「その魔道具、ラケルの――‼」


「ご名答。……お前たちが、もういらねえって断じたものだ!」


 一度ならず二度までも攻撃をいなされたのがよほど予想外なのか、カレンの声は隠し切れないほどに震えている。……羽虫へのいら立ちは、今もなお天井知らずで上昇しているらしい。


「……その程度で、勝ち誇るんじゃない‼」


 咆哮とともに床とカレンの足がこすれ合う音が聞こえ、それだけで人を殺せてしまいそうな鋭い視線が俺の背中に突き刺さる。今の一手で完全に体勢を崩してくれればよかったのだが、やはりそこまで上手くはいかないらしい。


「……でも、それくらいでやっと想定内だ」


 懐に突っ込んだ魔道具にもう一度触れ、二つ目の魔道具を発動する。今度使ったのは防御術式ではなく、自分の動きを加速させるための術式だ。自前の脚力じゃカレンに敵わなくても、魔道具の恩恵を使えば一時的には突き放せる。そうすれば、あの剣にだって届くはず――


「……そんな小細工で、私の速度を越えられるとでも思ったか?」


「ッ……⁉」


 ――そんな俺のプランは、背後から迫る猛烈な殺意によって否定された。


 俺の足掻きをあざ笑うかのようなカレンの声が聞こえた瞬間、俺は本能的に同じ効果の魔道具をもう一つ発動していた。使い捨てのそれを惜しみなく使ったことで、俺の速度はもはや自分でも制御できないレベルまで加速する。そうでもしなければ死ぬと、理屈などすっ飛ばした生存本能が絶叫していた。


 カレンの追撃を振り切るためだけの加速を受けて、超高速で剣に向かって進んでいく俺の速度は相当なものだ。それに伴って目まぐるしく動く景色の中で、一瞬だけ目指す剣が俺の視界に映った。


 あれを掴めば、俺の役目は終わる。リリスの調子さえ戻ってくれたなら、『双頭の獅子』の全員を相手取ったってアイツなら勝ち切ってくれるはずだ。


「くそ、届け……‼」


 勝利のビジョンに向かって俺は懸命に手を伸ばすも、その指先がわずかに柄をかすめただけで剣はまた遠ざかっていく。一瞬だけ見えた勝機は、すぐにまた陰に隠れてしまった。


 剣の姿はまたはるか遠く、最初に目指した時と同じような距離に見えている。懸命に放った一手は、結果として俺を振り出しにまで導いてしまったというわけだ。


「無謀な挑戦だったな。……あの気迫、やはり虚勢でしかなかったか」


 どうにかこうにか体勢を立て直した俺を、カレンは笑みを浮かべて見つめている。その視線には、普段通りの怜悧さがもう取り戻されてしまっていた。


「一時は焦らされたが、やはり付け焼き刃でしかないな。……たゆまぬ鍛錬が、小手先だけの曲芸に劣るはずがないだろう」


「お前たちからしたらそう思いたいだろうな。……だけど、その誇りがもしかしたら命とりかもしれないぜ?」


 すでに勝ち誇ったようなカレンの言葉に俺は笑みを返すも、俺の渾身の一手が不発に終わったというのもまた事実。それがカレンにより強い確信を与えてしまったのか、さっきまで見えていた苛立ちはすっかり影を潜めていた。


 こうなってしまえば状況は一転、俺の分は圧倒的に悪い。戦いが長引けば長引くほど魔道具の残弾は減り、俺の手札もそれにつれて少なくなっていく。……『緊急時以外には使うな』なんて警告されて渡された魔道具もあったが、もうそれを考えている暇もなくなってしまうだろう。


「……いざとなれば、これで――」


 懐の一番深いところに仕込んでおいたそれに触れ、俺は軽く腰を落とす。……世界で一番遠く感じる二十メートルを、俺はなんとしてでも超えなくてはならない。……絶対に、やり切らなくてはならないのだ。


「いっっっ……けえ‼」


 その決意とともに、俺は最後の加速用魔道具を起動する。俺の足元で風が吹き荒れ、力強い追い風が俺の速度を一時的に大きく押し上げた。


「二度同じ手が通用すると、思わないでもらおう――‼」


だがしかし、カレンはすでにその速度に適応している。一切動じることなく細剣を構える姿は、その背格好よりもはるかに大きく、そして分厚い壁に思えた。


 カレンは強い。『双頭の獅子』にいた時から、ずっとずっと分かっていたことだ。その適応力も器用さも、全てが俺の上を行っている。そんな事、イヤというほど知っているのだ。


 今こうして向き合ったことで、その知識はより実践的な確信へと変わった。――だからこそ、俺は最高速度に達したスピードをあえて全力で殺して――


「安心しろカレン。……これは、一回目だ‼」


 カレンの手前で大きく飛び退り、踏み込んできたカレンに向かって一つの魔道具を投げつける。それが軽い音を立てて地面に転がった瞬間、その地点から炎が爆ぜた。


「づ、う……ッ⁉」


 突然の攻撃に驚いたような声を上げ、カレンは後方へと跳び退る。ここまで逃げ回るだけの俺が魅せた反転攻勢は、やはりカレンの想定を外れた一手だったのだろう。


「いつまでも逃げてばっかじゃ、俺の仲間たちに申し訳が立たねえからな!」


 間髪入れることなく、俺は今投げたのと同じ魔道具を二つ同時に投げつける。それと同時に体に鉛を付けられたような倦怠感が俺を襲ったが、そんなものは後で修復すればどうにでもなることだ。その事象が起こる原因を、俺は誰よりもよく知ってるんだからな。


 二つの魔道具が地面に付く直前、その軌道を追いかけるようにして俺はまっすぐ前に踏み込む。さながら爆風の中に突っ込んでいくようなその姿勢に、カレンの目が見開かれるのが分かった。


 当たり前の話だが、魔道具によって展開された魔術がその使用者を傷つけないなんて都合のいい話はない。一つでも十分な火力を誇るそれは、まともに食らえば俺もカレンも無事ではいられないだろう。


 だからこそ、ここで俺が突っ込んでくるというのはカレンにとって予想外の一手のはずだ。その推論が正しかったことを、俺はその表情から確認した。


「ついに気が狂ったか、マルク・クライベット――!」


「狂ってなんかねえよ。……最初から最後まで、勝利しか見据えてないに決まってんだろ‼」


 驚きを隠せないカレンに対して、俺は大声でそう怒鳴り返す。血迷いも狂いもするわけがない。……俺たちは、こんなところで終わってなんかいられないんだから。


 地面をわずかに転がった魔道具が爆炎を放つ瞬間、俺は懐の魔道具に手を触れる。それが胸元で淡い熱を放った瞬間、光の球体が俺を守るような形で出現した。


「ラケル、お前はやっぱりすげえよ……‼」


 ごうごうと炎が燃える音が鼓膜を叩くが、それに伴う熱も苦痛もすべて光によって遮断されている。ラケル曰く『持続時間が短いのが問題』らしいが、この炎の壁を乗り越えられるならそれだけで十分すぎた。


 炎の壁を突っ切って進んで来た俺の姿を、カレンはあんぐりと口を開けて見つめている。苛立ちではない、不可解な事象を見せつけられたことへの戸惑いだけがそこにはあった。


 防御の魔道具はあれっきり、他のめぼしい魔道具もほとんど使い切ってしまっている。だからこそ、ここが最後のチャンスだ。なんとしてでも、あの剣までたどり着く――‼


「う……おおおおおおッ‼」


 状況を飲み込めていないままのカレンを抜き去らんと、俺はあらん限りの力を振り絞って地面を蹴る。カレンさえ振り切れば、後は剣にその手を触れるだけだ。


 火事場の馬鹿力という奴だろうか、いつもより体が軽い。一歩踏み込むたびに、俺の速度が上がっているのが分かる。それをあと何度か積み重ねていけば、きっと――


「……お、ぅ?」


――最高速度を更新し続けていたはずの俺の体が、なぜか急に停止させられる。……おかしいな、あのまま行けば剣にだって届くはずだったのに。……腹の下が、熱い。


「……惜しかったな。お前が秘めた気概を、私は少々見誤っていたようだ」


 俺のすぐ近くで、勝ち誇ったようなカレンの声が聞こえる。それが耳に入って来ると同時に、俺が今置かれている状況を把握して――


「が……ああああああッ‼」


 俺の脇腹を、カレンの細剣が貫通している。それを認識した瞬間、熱はすべて痛みに変換された。あの時手首を切られたのなんかとは比べ物にならない痛みが、思考の全てを強制停止させてくる。


「炎の壁を盾にして私に迫ったのは見事だったよ。あの一瞬、お前は私を確かに超えていた。……フッ、私もまだまだ未熟だな」


 決着を悟ったカレンが何か言っているが、そんな事どうでもいい。痛みの前では、不遜な言葉に対する怒りなんて湧いてこない。体の機能の全部が、俺に痛みを伝えるために存在しているかのようだ。


「お前はあの時、私に向かって攻撃を加えればよかった。あの一瞬ならば、私も少なからずダメージを受けていただろうからな。私を巻き込むリスクを考えれば後衛班も魔術は打てず、お前はあの剣に触れることができていただろう」


 そう言いながら、より深くカレンは剣を俺に刺しこむ。――また、痛みが脳内で弾けた。


「が、ああッ……‼」


 もはや唸るのも苦痛だ。全ての行動が苦痛だ。このまま力尽きて、意識を手放せればどれだけ楽だろうか。ここで終わってしまえば、俺はすべての苦痛から解放されるのだろうか。


「だが、お前もこれで終わりだ。……その気概を『双頭の獅子』にいる頃から示せれば、お前の運命もいくらかは変わっていたろうに」


「……終わ、り……」


 終わり。その言葉が、イヤに脳内にリフレインする。その言葉の通り戦いは既に終わっているはずなのに、その言葉は俺の中で反響してやまない。その言葉を受け入れていいのかと、何かが俺に問いかけている。


「ここでお前たちは死に、『双頭の獅子』は頂点にあり続ける。……お前たちの健闘は、一部でしか語り継がれない都市伝説として名を残すことになるだろうさ」


 その言葉とともに、より深く細剣が突き刺さる。痛みが脳内で大量発生して、絶叫しろという命令がこれでもかと発信される。


 だが、不思議とその気は起きない。そんなことをしちゃいけないと、痛みに支配された脳内のどこかから送られているような気がする。……ぴくりと、右腕が動く。まだやれると、そう声高に叫ぶかのように。


「……終わりじゃ、ない。……まだ、俺『たち』は終わってない――」


 その右腕は懐に伸びて、奥にある一つの魔道具に触れる。それはラケルに注意された魔道具の一つ、保険だとしてもリスクの高すぎるものだ。


 ……だが、今のこの状況以上のリスクなんてあるものか。……出来ることがあるなら、何だってやってやるに決まってるだろう。


「……目覚め、よ……」


 魔道具を起動した瞬間、俺の右腕の中にある『何か』が切れたような音がする。体を貫かれた痛みとは違う、本能的な不快感だ。……そう長く、味わっていたいものではない。


「……なんだ。そうまで傷ついて、お前はいったい何をしようとしている‼」


 俺の懐から青い光があふれ出したことに、カレンが驚愕の声を上げる。それもそのはず、これはまだ試作段階の魔道具だ。……仮にカレンが魔道具に精通していたって、そんな物の存在を知るはずはない。これは、『修復術師』たる俺にだからこそ預けられたラケルの切り札だ。


「……俺を導いてくれ、ラケル――‼」


 痛みを噛み殺して、俺はそう叫ぶ。それに応えるようにして光が弾けたのち、俺の目の前にあったのはクラウスの愛剣だった。


 距離にすればわずか二メートル、金を払って買い込む魔道具としてはあまりに低出力が過ぎる短距離転移。たったそれだけのために魔術神経を傷つけるその魔道具は、試作品らしい粗削りな代物だった。


 だが、この一瞬だけはその二メートルが愛おしい。目の前にある無駄に豪奢な剣に向かって、俺は震える右手を必死に伸ばして――


「……これで、どうだああああああああッ‼」


 ひったくるようにその剣に手をかけて、全身の力を振り絞ってそれを地面から引き抜く。その瞬間体中から力が抜けて、手から剣がすっぽ抜けて、宙を舞って。


ーー俺の記憶は、そこで途切れている。

死力を尽くしたマルクの死闘、皆様にも手に汗握って見届けていただけていたら幸いです!次回からまだ展開はガラリと変わりますので、そちらもお楽しみにしていただければと思います!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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