第五百十五話『実行のタイミング』
「……ここの話、他の誰にも聞かれてないんだよな?」
「当たり前じゃろう、そうでなくて鍵を力づくで壊すような阿呆が居るか。今ここは儂の結界で覆われておる故、突破することはおろか凡人では違和感に気づくことすら困難よ」
余りにも強引な来訪から、十数分が経過した後のこと。計画性を持ってここに来ていることを主張するかのように、干し肉の欠片を口に運びながらベガは俺の問いを肯定する。かつて真剣に敵対した相手と共に食卓を囲む妙な構図が、この牢獄の中で作り上げられていた。
『腹が減っては考える物も考えつかぬじゃろう』と、そう言って飯の準備を始めたのは他でもないベガの方だ。強引に侵入した先で飯を食うとは何とも不遜な話だが、それはそれとして俺も腹が減っていたのはまた事実。そんなわけもあって、俺たちの作戦会議は干し肉と共に開幕したというわけだ。
「じゃが、決行前に勘付かれると流石の儂でも面倒なことになる。……一応あらゆる痕跡は抹消してから去るつもりではおるが、お主も気取られるように細心の注意を払うようにするのじゃぞ」
「分かってるよ、俺も俺でできる限りのことはやるさ。こんなチャンスを俺のせいで逃すとか、どれだけ悔やんでも悔やみきれねえし」
想像以上に塩気が強かったのか顔をしかめるベガを見つつ、俺も干し肉にかぶりつく。ベガが来たことを悟られないように普段より少なめな量ではあるが、そもそもの味が濃いおかげで満足感は据え置きと言ったところだ。慣れてくれば保存食の味もそう悪いものではないと、そう思い始めている自分がいる。
「そうじゃ、お主にチャンスをやれるのは儂しかおらぬ。……恩返しは、今までに経験したことのないほどにしびれる最高の戦いで頼むぞ」
軽く頷いて同意を示しながら、ベガはいかにも戦闘狂らしい要求を改めてこちらへと投げかけてくる。今は俺の脱出に協力してくれる心強い味方だが、その背景にはただ利害の一致があるだけだ。またいずれこの恐ろしいエルフと敵として正面から相対しなければいけない事実だけは、ちゃんと忘れずにいなくてはならなかった。
この組織が一枚岩じゃないとはアグニも言ってたが、まさかこんなところでその実例を見ることになるとはな……。もともとが利害の一致で構築されてた関係だし、崩れる時は意外とあっという間と言う事なのだろうか。
ならばきっと、俺とアグニがまた敵対するときもそれはもうあっさりとした決別になるのだろう。……それをどこか寂しいと思ってしまうのは、俺が感傷的すぎるからなのかもしれない。
「出来る限り意に沿えるよう努力はするよ。……とりあえず、計画の擦り合わせと行こうぜ」
ふと浮かんだそんな考えを片隅へと追いやり、わき道にそれつつあった話を本筋へと戻す。いくら先の事を考えてみたところで、無事にリリスたちと合流できなければ笑い話もいいところだ。ベガがこちらについてくれたとはいえ、クライヴ達の脅威が薄れたわけでは全くないからな。
むしろ交渉の余地があっただけ、ベガはベルメウで出会った敵の中でもまだ有情な方だったかもしれない。姿を現すことすらなく住民を支配して見せた謎の術師も、訳の分からない理想を唱えて一般人をバラバラにしたウーシェライトも、とても話が通じる相手ではなかった。
その核心をさらに深めるかの如く、ベガは俺の提案を素直に受け入れる。そして残った干し肉を一気に口の中へと放り込み、改めて俺の方を向き直った。
「先も大まかには説明したが、計画の決行日は二日後じゃ。小僧らは『落日の天』を名乗り、帝国へ直接『帝位簒奪戦』を申し込んだ。これによりお互いは決戦の日時となるまで手出しも出来ず、ただ対策を練り合う事しかできなくなる。……先制攻撃を防ぐためとはいえ、姑息な策を考えた物よ」
「帝国のシステムを逆に利用した、ってことだよな。……なんというか、ベルメウの時とよく似たやり方だ」
そこにある物を使って戦うという分野において、クライヴの右に出る物はそうそう居ないだろう。あまり褒められた使い方ではないが、アイツの修復術もやっていることは同じようなことだからな。
それが適切でクライヴにしか打てない一手だからこそ、それは初見殺しとして凄まじい威力を発揮する。……それは今回も、ちゃんと効力を発揮しているようだ。
「つまり、双方ともに二日後までは大きく動けぬ。小僧もあと二日は来る戦いの為、慎重に準備を進めることじゃろう。……その中でお主が無事に脱出するのは、いささか困難であると言わざるを得ない」
「だろうな。クライヴからしても、この戦いだけは絶対に負けられないだろうし」
ベガが持ってきた情報によって、俺がここに囚われている理由は何となく察しがついた。クライヴの目的は帝位の簒奪であると同時に、俺の心を折る事でもあるのだろう。……リリスやツバキたちもろとも帝国を手中に収め、俺から抵抗の芽を摘み取る。それさえ済んでしまえば、俺の事もいくらか御しやすくなるというのがクライヴの考えなはずだ。
「ああ、奴もおそらく戦力を投入し、盤面を裏で動かすいつものやり方に必死になるじゃろうな。……お主にチャンスがあるとすれば、その最中じゃ」
そこで一度言葉を切り、ベガは一度皿の上に置いたフォークを今一度掴み直す。それを綺麗になった皿の上に突き刺すと、獰猛な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「儂の出撃は早めになると、幸い小僧から既に指示を受けていてな。出撃の命令が下された瞬間、儂はお主を助けに向かおう。……そこから先は、お主の足掻き方次第じゃ」
今回少し短めでごめんなさい! 来るべき戦いの事をマルクも知り、そして計画も着々と共有され始め、観客でしかなかったマルクが少しずつ戦いの中心に近づきつつあります。果たしてそれが何を呼ぶのか、ぜひご期待いただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




