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第四百九十九話『窓のない馬車』

――リリスたちは知る由もないが、帝都『マーガレイ』は世界でも随一の多文化都市である。


 皇帝が血脈ではなく実力のみによって決定される都合上、皇帝が代替わりするたびに帝国の思想はマイナーチェンジを繰り返してきた。その根底にある闘争の原理に変化はなくとも、どのような闘争を好むか、戦士にどのような在り方を求めるかは皇帝により異なったのである。


 そのような皇帝の趣味嗜好の変遷を最も濃く反映しているのが、帝国唯一の『城』の下に位置する帝都であろう。様々な時代の様々な建築様式が無造作に入り乱れ、先代と先々代の皇帝が好んだ店が当たり前のように隣り合う。帝都が広大であることに起因してか、今まで帝都を完全に自らの理想通りに染め上げることのできた皇帝はたった二人しかいないというのは帝国においては誰もが知っている話だ。


 しかし、皮肉なことにこの事実こそがマーガレイが持つ価値を引き上げていると言ってもいいだろう。過去と今が交錯するこの都市の在り方は、帝国と言う危険地帯であることを承知した上で他国の研究者が訪れるほどに価値のあるものなのだが――


「そこの貴方、今からこの指示書を持って警備隊の詰め所に先回りしてください。『ケラー・ヴェルケンから』と言えば多少の説得力はあるはずです」


「オイラの名前も出してくれていいぜ、仮にも皇帝に直接仕える兵の名前が出てガン無視できるほどアイツらの肝は太くねえ」


 帝都の大門の傍に作られたスペースに馬車が停まるなり、出迎えに来た人々に向かってケラーとカルロはせわしなく指示を飛ばす。この二日目も何度か賊の襲撃を切り抜けた上でここに辿り着いているのだが、そんな達成感など微塵も感じさせないほどに二人は切迫した雰囲気を纏っていた。


 その雰囲気に中てられるようにして、半ば強制的に指示書を押し付けられた人物は慌ただしい様子で城の方角へ駆けていく。途中で魔術を使ったのか、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。


「よし、とりあえずこれで城に最低限の対策は打てるはず……後は私たちが出来るだけ速足で城に向かうだけですね。……そこの貴方、お客人たちに宿の手配を。予約はこちらで取ってありますから、いくつかのグループに分けて案内してくれればそれで十分です」


 首をせわしなく左右に振りながら、その目に留まった一人の人物にケラーは三枚ほどの書類を一斉に押し付ける。いきなりの事にその男は目を白黒させていたが、ケラーの鋭い視線に射抜かれたのをきっかけに慌てて書類へと目を通し始めた。


「後は騎士団のトップを拾い上げるだけ……参加者は国境での会合と同じで構いませんよね」


「ええ、それで大丈夫よ」


 あんまり人数が増えすぎても小回りが利かないし、かと言って今この場にいるメンツだけで行こうものなら騎士団を置いてけぼりにすることになる。あれこれと考えを巡らせる暇がないのも相まって、会議への参加メンバーを変更する理由は見当たらなかった。


「分かりました。申し訳ありませんが、お三方をここに連れてきていただけますか? 私も大体の指示は終わりましたが、まだ細かく擦り合わせないといけないところもありますので」


「それぐらいならお安い御用だね。それじゃあボクはロアルグを連れて来るよ」


「では妾は偽装魔術の小僧を連れて来よう。光魔術の小娘は任せたぞ」


 ケラーの頼みを受け、ツバキとフェイは一足早く降車する騎士たちの中へと紛れていく。その後ろ姿に少し遅れて、リリスも地面を蹴って人並みに飛び込んだ。


 さすが帝都だけあって駐車スペースも随分と広大だが、それでも数百人の騎士が同時に降りれば混雑は避けられない。するすると人の波を潜り抜けていく中で特徴的な銀髪が視界に映ったのは、探し始めてから二十秒ほどが経った後の事だった。


「……リリスさん、どうしたんですの⁉」


 必死な様子で近づいてくるリリスに驚いたらしく、アネットは少し声を裏返しながら問いかけてくる。それに応えるより早くその細い腕を取ると、リリスは鋭く踵を返した。


「ごめんなさい、事情は後で詳しく説明するわ。……ただ、少しでも早く城に辿り着く必要が出ちゃったの」


「なるほど、それであんなお顔を……。分かりましたわ、リリスさんについていきますわよ」


 明らかに言葉足らずの説明だったが、それにアネットは力強い信頼を返してくれる。その在り方を眩しく思いながら、今度は二人で騎士たちの間を縫うように進んでいった。


 二人ともなると少しはぶつかったり足止めされたりするかと思っていたのだが、意外にもそんなことはなくスムーズにリリスたちはケラーの元へと戻ってくる。そこにアネットの成長の跡がまた見えたような気がして、リリスはなぜだか誇らしかった。


「……アネットも、か。と言う事は、あの会合の時のメンツと一緒だね」


「ああ、どうやら緊急かつ重要な事態であるのは間違いなさそうだな」


 それでも六人の中では最後に集まったリリスとアネットの姿を見据えて、落ち着いた様子で騎士団のトップたちは言葉を交わす。馬車が違った三人にはまだ何の話も出来ていないのだが、そうとは思えないぐらいに皆この召集を受け容れてくれているようだった。


「……はい、これで皆さんお揃いですね。帝都についてまもなくで恐縮ですが、今から城へとご案内させていただきたく思います」


 額に浮かんだ汗を乱暴に拭った後、ケラーは丁寧に頭を下げる。それから数拍遅れてカルロも頭を下げる中、顔を上げたケラーは腕を伸ばして一台の馬車を指し示した。


 今までリリスたちが乗ってきた帝国式の馬車ともまた違う、どこか観光用のような印象を受ける馬車だ。黒がベースの塗装であることには変わらないが、その表面には色とりどりの装飾が施されていた。


 それもあってかどこかカジュアルな印象を抱いていたのだが、しばらく観察しているとその車体が持つ違和感が目に付くようになって来る。……端的に言うならば、この馬車には窓がないのだ。


 帝国式の馬車が窓を意識的に小さく、そして少なくしていることは分かっていたが、少ないのと一枚もないのとでは話が大きく変わってくる。装飾された木の箱と車輪を無造作にくっつけたようなその造形は、いつかみんなで乗り込んだ『アポストレイ』を思い出させた。


「本来ならば事情を説明してから動き出すべきなのでしょうが、今回は少しばかり事情が違います。……仮に今私たちが危惧していることが杞憂で終わることになろうとも、その可能性だけは一刻も早く皇帝にお伝えする必要がある」


「そのための移動手段がアレってことだよね。オーケー、それだけ分かれば十分だ」


「ああ、むしろこちらとしてはありがたい話だな。何せ私たちは、皇帝と真っ向から向き合う権利を得るためにここまで来ているのだから」


 最小限にとどめられた説明に不満を抱くことなく、寧ろ満足そうにロアルグたちはケラーの申し出を了承する。それに無言で深々と頭を下げると、ケラーは足早に馬車へと向かい、扉を開けた。


 ギイイと軽く軋むような音を立てながらタラップが設置され、リリスたちを密閉された空間の中へと誘う。中にはしっかりと照明が配置されていたが、それで閉塞感が誤魔化せるかと言えば非常に怪しいところだ。


 だがしかし、これとて無目的にそうしているわけではないことはわかり切っていることだ。ケラーたちと手を組むと決めた以上、信じて乗り込む以外に道はない。毒を食らわば皿まで、信じると決めたなら多少疑問はあろうとも突き進んでやろう。


 硬い意志を胸に、リリスは一番乗りで馬車の中へと乗り込む。それに続いて一同が乗り込み終えた後、バタンと音を立てて扉が締め切られた。


 申し訳程度の空気取りはあるようだが、それでも密閉された空間の息苦しさが拭えるわけでは決してない。少しだけ意識的に深呼吸を繰り返していたその最中、大きな揺れとともに馬車が動き出した・


「皆様、説明もなしに乗車いただきありがとうございます。既にお気づきかと思いますが、この馬車には窓がありません。――外には覗かれたくないものがあると、そうご理解いただければ」


 時折傾く身体だけが馬車の進行方向を辛うじて伝えてくれる中で、ケラーが淡々とした口調で馬車の設計意図を語る。窓を作らないことで遮りたかったのは、どうやら中から外への視線らしい。


 つまり、今からこの馬車は見られたくないところを通過するという事なのだろう。そのような経路を用意しているあたり、流石は戦いと隣り合わせの国と言うべきか――


「……う、わ⁉」


 そんなことを思った瞬間、突如としてリリスを浮遊感が襲う。一瞬だけ全ての重力から解放されたような、身体の中身が浮き上がったような、そんな感覚。突然の事に目を白黒させたのも束の間、今度はリリスの身体が思い切り前へと傾いた。


 いや、リリスだけではない。どうにか視線をやってみれば、この馬車に乗り込んでいる全員がいつの間にか前のめりになっている。その変化と連動するようにして、車輪が地面を叩く音はどんどんとそのペースを早めていて。


「……これ、かなり急な坂を下ってるよな⁉」


「ご明察です、ガリウス様。……帝都の随所と城内を結ぶ地下道の入り口こそ、私たちが決して内側から覗き見ることを許されていないものでして」


 半ば叫ぶように発された推論に、ケラーが淡々と首を縦に振って肯定の意を示す。それをさらに裏付けるかのように、車輪の音と振動はさらに激しさを増し始めていた。

 第五百話を目前として、物語は一気に進んでいきます! 入念な準備から一転し、一路皇帝との対面に動く彼らを一体何が待ち受けるのか! 随分と長い前置きになってしまったかもしれませんが、第六章はここからが本番です!

――では、また次回お会いしましょう!

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