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第四百九十五話『いつか掴む未来のために』

「さて、全台無事に到着したようですね。想定より賊が多いのは面倒でしたが、どれも歯ごたえのない類のものだったことだけが救いでしょうか」


「そうだな。こんだけの馬車が並んで走ってるってなりゃ目立たないわけもねえし、それで三回って考えたらむしろラッキーな方かもしれねえや」


 広大なスペースにびっしりと停められた馬車たちを見回して、カルロとケラーは安堵したような表情を浮かべる。空には大きな月が浮かび、一定間隔で設置された照明が下車してくる騎士たちの姿を淡い光で照らしだしていた。


 二人曰くここは普段商人なども利用する駐車スペースらしいが、今日だけは『本日貸し切り』の看板が立てられることで共同戦線専用の空間へと変貌しているらしい。王都一の街道に面する宿場町と言う事もあって、馬車を置いておくための仕組みはかなり綿密に作られているようだ。


 少し遠くに視線を飛ばしてみれば、夜も深まっているというのに活気のある大通りの景色がちらりと視界に入る。そのほとんどが飲食店や酒場のようで、かすかにではあるがここにも食欲をそそられるような香りが流れ込んできていた。


 それを知覚した瞬間、リリスの腹が空腹を訴えるようにクルクルと鳴く。これは帝国に向かうまでの中継地点と理解していても、やはり空腹は避けられるものではないらしい。


「……一応、ここに着いたら明日の朝まで自由時間ってことでいいのよね?」


「はい、滞在していただく宿や明日の集合時間については事前にお伝えした通りですから。ただ馬車に乗るだけでも疲労は蓄積していく物ですので、どうか短い時間でも羽を伸ばしてリラックスしていただければ」


「そうだぜ、帝都に着くまでずっと気を張ってちゃ皇帝サマに会うときにはもうヘトヘトになっちまってるだろうし。万全の状態のお前さんたちを見てもらうためにも、ここでうまいもん食ってゆっくり休んでもらうのが一番いいってこった」


 食欲に駆られるままに発した問いに、ケラーとカルロはそれぞれ頷く。一時生まれた重苦しい空気は今やどこにもなく、二人の態度はむしろいつもより明るいものであるように思えた。


「……うん、確かに二人の言う通りだね。そうと決まれば、宿に着くまで早速観光するとしようか」


「ええ、それがよいかと。ここ『ガルガリ』は帝国でも随一の美食街、皇帝が宿場町としての発展に今もなお注力している場所です。……今までは帝国の悪い面をたくさんお話しすることになってしまいましたが、どうか良い面にも目を向けていただければ」


 ツバキの決断を後押ししながら、ケラーは深く頭を下げる。帝国に仕える人間としての想いが、その態度の中には確かに見えたような気がした。


――逃げたいと思ったことはなかったのか、と。その姿を見てとっさに口にしかけた疑問を、リリスはすんでのところで噛み殺す。少なくとも、その好奇心は今表に出すべきではないものだ。


 王国と帝国の境目に立つケラーは、今までたくさんの物を見てきただろう。帝国の人間から見る王国は、一体どんな形に映るのか。逃げようと思えばいつでも王国に渡れてしまう環境の中で、どんな思いを抱いてケラーは警備隊長として立ち続けているのか。もう少しだけケラーに踏み込めたらその時聞いてみようと、リリスは浮かび上がる疑問を心の奥へと押し込んだ。


「フェイ、君はどうする? 特に予定がないならボクたちと一緒に観光でもって思うんだけど」


「そう気遣わなくともよい、妾は妾でやらねばならぬこともあるからな。……それに、貴様ら二人の空間に妾が割って入っては心からの休息にはならぬだろう?」


 ツバキの誘いにゆるゆると首を横に振って、フェイは一足早くガルガリの大通りへと繰り出していく。小柄な後ろ姿は騎士たちや街ゆく人々の中にすぐさま埋もれてしまい、十秒と経たずして完全に見えなくなってしまった。


 魔力の気配を辿れば追えないこともないのだろうが、そこまでして合流することをフェイはきっと望まないだろう。……それに、本気で逃げようと思えば魔力の気配を完全に押し殺してしまえることをリリスは知っている。一度見つけ出してみせたところで、フェイはきっとまた姿をくらましてしまう事だろう。


「これもまた気遣い……ってところかしらね」


「そう受け取っておこうか。自分のためだって言いながら他の人たちのために動くのがフェイだから」


 ツバキと顔を見合わせ、苦笑しながら解釈を交換する。その間にも騎士たちはどんどん大通りへと向かっていて、停車場に残るのはリリスたちを除くとあと数人ほどだった。


 軽やかな物からいかにも疲れたと言いたげな重苦しい足取りまで、自由時間に臨む騎士たちの足取りは様々だ。下手な混乱を招かないために騎士服は着ていないはずなのだが、それでもロアルグの事だけは歩き方ではっきりと判別できてしまうのが少し面白い。


 共同戦線として立つ騎士たちにも、それぞれ想いや考えがあるのだろう。馬車に乗り慣れている者もいればいない者もきっと居て、それでも同じ目的を目指して帝国へと乗り込んでいる。……ロアルグやガリウスの奮闘もあって迅速に設立された共同戦線がいかに特異な物なのかと言う事を、リリスは今更ながら改めて実感させられて。


「……本当は、マルクも一緒にただの観光目的で来られたらよかったんだけどね」


 リリスたちが当番制で作る料理を、マルクはいつも美味しそうに頬張ってくれた。護衛時代は苦手だった料理も少しずつ取り組もうと思えたのは、きっとマルクがどんな感想を伝えてくれるかが楽しみになっていたからだ。……この街の美食を口にしたとき、マルクはどんな表情を見せてくれるのだろう。


 その答えが見られる未来を掴み取りたいと、心からそう思う。リリスが知りたいことはきっと、大切な物を全て余さず拾いきった先でしか知ることができないものだ。リリスも含めた『夜明けの灯』全員で生きて帰らなければ、決して見られない光景だ。……また一つ、死ねない理由が増えた。


「そうだね、ボクたち二人だけで堪能するってのはなんか申し訳ないし。――この帝国でやるべきことが全部終わったら、またここに戻って目一杯観光するかい?」


 小さな呟きにすぐ反応したツバキの問いかけに、リリスは目一杯大きく首を縦に振ることで応える。それにどこか嬉しそうな笑みを浮かべると、ツバキはリリスの背中に手を回しながら歩き出した。


「よし、それじゃあ今日はこの街の下見ってことだ。全部が終わったらどこにマルクを連れて行きたいか、考えながら回るとしようか」


「いいわねそれ、王都だと案内されてばかりだし。この一晩でどこまで詳しくなれるかは分からないけど、せめてこの大通りだけでも二人でガイドできれば上出来だわ」


 その手に促されるままに歩き出し、ツバキとリリスは揃って夜の大通りへと歩き出していく。意識しての事かそれとも無意識的な物か、そう遠くない未来を夢想する二人の足取りはどこか弾んでいるようにも思えて。


「……何か不思議だよな、あの二人。やってることはオイラたちと同じ、『よりよい明日を掴み取ろう』って気合を入れてるだけなのによ。――なんつーか、凄く純粋だ」


「珍しくあなたと意見が合いましたね、クロウリー。……もしかしたら私にもあんな時期があったのかもしれないと、柄にもないことを考えていたところです」


 その後ろ姿が見えなくなった頃、最後まで馬車の傍に残った二人が珍しく穏やかに言葉を交わす。それぞれの想いを胸に抱きながら更けていく共同戦線たちの夜を、月の光が優しく照らし出していた。

 死なせたくない理由も死ねない理由もたくさん抱えながら、帝都への道のりは進んでいきます。それすなわち決戦の時も近づくという事ですので、まだまだ動く第六章にぜひご期待いただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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