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第四百九十三話『帝国の抱える病』

――次にリリスたちがケラーの実力を目にすることになったのは、一度目の停車から二時間ほどが経過した時の事だった。


 またしても現れた賊――今度は黒ではなく白のローブを羽織っていたが――の数は二十を超えていたが、それもケラーたちの前からすれば大した問題ではなかった。何人が同時に襲い掛かろうとカルロの放つ泥波は変わらず敵を呑み込み続け、それから逃れようと距離を取った者はケラーの短刀に首を切られる。二人を同時に相手取ったが最後、戦場に安全地帯などありはしなかった。


 三度目の停車はそれから一時間もしない頃の事で、今度は十五人ほどの賊がケラーたちに挑みかかった。際立った印象と言えばローブを被らず自らの顔を晒していたことぐらいで、ケラーたちに瞬殺されたという意味では一度目や二度目の賊と何も変わりはない。ほんの少しだけ潔いように思えた、ただそれだけの話だ。


 賊の見た目ばかりがリリスの印象に残るのは、それ以上の爪痕を残すまでもなく戦いが終わるからだ。泥の波に正面から抗えた者はおらず、ケラーの短刀は受け止められるどころか反応出来た者すら一人としていなかった。二人を前にした賊は、皆等しく『弱者』でしかない。帝国に付きまとう日常の一つとして、賊たちは淡々と刈り取られるばかりだった。


 だが、いくら日常茶飯事と言えど短時間で繰り返せば多少なりとも疲れはたまる物だ。いついかなる時でも賊の襲来に気を張っていなければいけない二人の姿は、護衛時代のリリスたちの境遇と重なる物があって――


「……次の賊が来たら、私たちが代わりに相手しましょうか?」


 三度目の制圧を終えて椅子にもたれかかるカルロたちに、リリスは思わずそう声をかける。その提案にガバリと身を乗り出しかけたカルロを片腕で器用に制しながら、ケラーがぶんぶんと首を左右に振った。


「こちらの事はどうかお気になさらず、賊の制圧は私たちに与えられた責務ですから。貴方たちは皇帝のお客人です、その身に何かあられてはこちらも責任の取りようがありません」


「覚悟も実力もねえ奴らがリリスたちに何かできるとは到底思えねえけどな。……ったく、『全てを投げ打つ覚悟』を語った口で情けねえ悲鳴なんか上げるなっての」


 淡々と処理していく中にも不満は募っていたようで、丁重に断ろうとするケラーにカルロは反論の声を上げる。その瞳の中には、静かながらもはっきりとした怒りの感情が宿っているように見えた。


「それぐらいは私も理解しています。ですが、私たちはいわば客人の付き添いです。――丁重に迎えるべき客人の手をわざわざ煩わせるのは避けるべきことだと、皇帝の傍で学んだはずでしょう?」


 蓄積した不満を隠そうともしないカルロに対して、ケラーも普段より感情を露わにしながら言葉を返す。それにカルロはしばらく瞑目していたが、やがて降参だと言わんばかりに肩を竦めた。


「……そうだな、それに関しちゃお前が正論だ。あの横暴な皇帝サマも、ちゃんとしなくちゃいけねえ場ではしっかり()()()振る舞いをしてるみたいだしな」


 頭の後ろで腕を組みながら、カルロは思いきり背もたれへと体重を預ける。三度の戦いを経て汗一つかいていないその顔つきには、しかし確かな疲労の色が浮かんでいた。


 魔力的な問題と言うわけでもなく、精神的な摩耗と見る方が正確だろう。カルロの態度から見え隠れするのは、どこか失望にも似た賊への感情だ。


「オイラも今は帝国の大使だ、取るべき振る舞いはちゃんと取る。それでいいんだろ?」


「ええ、最低限の事を忘れずにいてくれるならそれで文句はありません。――いつもそれぐらい素直でいてくれるなら、私もあまり口うるさくせずに済むのですが」


「悪いな、そればかりは話の中身次第だ。……正直なところ、お前さんたちみたいなの相手じゃなきゃ大使なんて役割二度と引き受けたいとは思わねえよ。堅苦しくてオイラには合わねえったらないぜ」


 そう言ってさらに背もたれに体重を預けるカルロの目は半分閉じかかっており、この話をここで打ち切ろうとする意志が見て取れる。ケラーも同じものを察した様で、小さく嘆息してからリリスたちの方を向き直った。


「……すみません、本来このようなやり取りをお客人(皆様)の前でするべきではないと分かっているのですが」


「仕方ないわよ、流石にこんだけの規模で襲撃に来られちゃ私も疲れるし。……なんだか、私たちが商会の護衛として働いてた時のことを思い出したわ」


 乗り心地の悪い小さな椅子だけがリリスたちに与えられた居場所で、悪路がもたらす振動に耐えながら目的地に着くまで耐え忍ぶ。当然それだけではなく、魔物や賊が出ればそれを討伐するのは全てリリスたち護衛の仕事だった。商売敵を出し抜くためなら夜間の移動も惜しまないような雇い主なこともあって、一日中おちおち寝られなかったものだ。


 ケラーたちが抱えている物と同質の辛さかと言えば少しズレている気もするが、いついかなる時でも気を抜くことが許されない環境が想像以上に体力を摩耗させていくことをリリスたちは知っている。今隣でこくこくと頷いてくれているツバキの存在がなければ、リリスとてその摩耗に耐えることは出来なかっただろう。


「魔物とか相手なら『逃げる』って選択も取れるかもしれないけど、今の君たちは皇帝の誇りも背負ってるんだもんね。どんなに格下だろうと逃げられないし、全部の挑戦に真っ向から受けて立つしかない。……うん、難しい立ち位置だと思うよ」


 リリスの後に続き、ツバキも少し顔を曇らせながらケラーたちにねぎらいの言葉をかける。ツバキが言及したその点こそが、ケラーたち二人の負担をさらに引き上げている何よりの元凶だった。


 王国での戦いは基本的に『逃げるが勝ち』だ。逃げられる環境なら逃げた方がいいし、戦わずに命を拾えるならそれが最善。命があればいくらでも次の機会を伺えるのに対し、死んでしまえば全てがおじゃんだ。そうなるぐらいだったらボロボロになってでも生きた方がいいし、死が見えているような戦いになんて挑むべきじゃない。だからリリスたちだって何度も逃げたし、その結果馬車が半壊することだってあった。……ただ、それでも死んでいないならその逃走はきっと正しい判断なのだ。


 その点で言うならば、カルロの考え方は王国のそれにも通ずるものがあるのかもしれない。命が拾えている限り敗北ではなく、戦いを仕切り直す権利は平等に与えられる。……故にこそ、戦いなんて避けられるなら避けるのが最善策なのだ。


 だが、今この場でケラーたちが逃げればそれは『不戦敗』と言う形で刻まれることになる。賊に出会わないルートを模索することが『賊の圧に屈した』ことになるのならば、実際に賊を目の前にして逃げることにいい印象が持たれていないことは自明の理だ。絶対的強者である『皇帝』の名のもとに役目を果たす以上、ケラーたちに逃げることは許されないのだろう。


「仕方あるまい、こればかりは帝国が慢性的に病んでいるとしか言いようがないからの。仮にその歪みに気づいた者がいたとしても、そのような聡い者たちは帝国を抜けるか戦いを徹底的に拒否して生きることを選ぶ。ちょうどグリンノート家がそうであったようにな」


 今まで静観を貫いてきたフェイも、ツバキの言葉を引き継ぐ形で口を開く。ここではないどこかを見つめる瞳が何を見据えているか、少なくともリリスにははっきり分かった。


「下剋上が十分にあり得る実力至上主義の世界と言えば多少は聞こえも良くなろう。じゃが、その本質は四六時中戦いから逃れることが出来ぬ修羅の世界じゃ。……その中で頂点に立つという事はつまり、その世界の在り方に最も順応した人間という事でもあるのじゃが」


 皇帝の在り方が変わらぬ限り、どれほどの時が経とうとこの国の在り方が変わることなどあり得ぬ話よな――と。


 どこか吐き捨てるように結論を出して、フェイはそれっきり口を閉ざしてしまう。それにどんな言葉を返せば誠意のある返答になるのか、この馬車の中にいる誰もその答えを持っていなかった。


 思い返してみれば、リリスたちが聞いてきたのはフェイの生きてきた中でも比較的良い時代のエピソードだけだ。フェイがフェイという名前を得て受肉する前にも、その後にだって物語はきっとあったはずで、それはきっといいことばかりではなかったはずだ。……いかにグリンノート家が帝国の争いから独立したところにいた家なのだとしても、外との交流を完全に断つことなどできないのだから。


 四百年前、ともすればもっと前の時代から精霊として帝国を見守ってきたフェイは、今もなお変わらない在り方に何を思うのだろうか。――エルフとして長い寿命を持つリリスも、いつかフェイのような視座で何かを見る日が来るのだろうか。……マルクたちを看取ってもなお生きている自分など、今は想像したくもないが。


 沈黙が馬車の中に落ち、車輪がカラカラと地面を転がる音だけがやけに大きく響く。話題が一段落したと全員が直感しているが、しかしこの次に出すべき話題も見当たらない。そんな手詰まりの状況の中、一人の男が意を決したように口を開いて――


「良ければ……さ、オイラの身の上話を聞いてくれねえか? お前さんたちはオイラとは違う環境で生きてきて、違うものを見て過ごしてきてる。……そんなお前さんたちがこの話を聞いて何を思うのか、それを聞かせてほしくってよ」


 だらしなくもたれかかっていた姿勢をピンと正し、据わった瞳でカルロはリリスたちを真っ向から見据える。車内に漂う雰囲気がまた違った形で張り詰めたことを、この場の誰もが感じ取っていた。

 各々帝国に対して抱える思いは、一体どんな形で交差することになるのか。帝国と王国と言う二つの国を跨ぐからこそ生まれる問題にそれぞれどう向き合っていくのか、次回もお楽しみにしていただければ幸いです!

 あとこれは告知なのですが、近々『番外編』の更新を開始する予定です。と言うのも最近『夜明けの灯』が三人集合した時の供給が足りず、この先ももうしばらくできないだろうなという予感がしたからにほかなりません。

 毎日の五時投稿はそのままに、『番外編①』、『番外編②』とナンバリングしながら納得いく物が書け次第不定期に更新していこうと現状は考えています。一日一本投稿の日と二本投稿の日がその日の出来次第で変わる、って感じですね。

 今まで名前だけ出てきて詳しく語られることのなかった四章と五勝の間、『大魔征伐』のエピソードがまずは語られる予定ですので、そちらもどうかご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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