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第四百九十一話『ヌーラル街道』

「うおっ……と」


 ひときわ強い振動がリリスたちの身体を縦に揺らして、車輪の立てる音がカラカラとはっきりしたものに変わる。小さな窓を覗くまでもなく感じられるはっきりとした変化に、とりとめのない話に興じていたケラーとカルロの表情が一瞬だけ険しいものに変わった。


「……街道に入りましたね」


「ああ、こっからが本番だな。お前のとこにも話は入ってると思うが、オイラが行くときは『二回』だったってことを一応報告しとくぞ」


「ええ、こちらでもすでに把握済みです。大人しめと言えば大人しめな状況ですが、努々警戒は怠らないように」


「わーってるよ。客人の手を煩わせるわけにもいかねえしな」


 椅子にもたれかかっていた背筋を軽く伸ばしつつ、ケラーの言葉にカルロは頷きを返す。普段の剣呑な雰囲気とはまた違った緊張感を纏う二人の様子は、帝都への旅が次の段階へと進んだことを悟るには十分なものだった。


 何かにつけて意見が割れることが多い二人だが、だからと言って別に仲が悪いわけではないというのがリリスの見解だ。同じ皇帝に仕える物としてお互いに矜持があり、何があってもそれを譲れないからこそ衝突せざるを得ないのだろう。同レベルの頑固者、と表現してもいいのかもしれない。


 こんなことを口にすればケラーの眉間に大きなしわが寄ることは目に見えているが、少なくとも根本的に相性が悪いわけではないことは明らかだ。珍しく同じ方向を向いて話し合う二人の姿だけ見れば、お似合いのコンビだとすら言えそうなほどに絵になっているのだから。


「それにまあ、実績を積むのにアイツらは丁度いいからな。そうあちこちに移動できる御身分でもねえし、稼げるうちに色々稼いでおかねえと」


「……行きの馬車でならともかく、お客人たちを連れている今ではあまりに不適切な発言ですね。アレらが木っ端に等しい手合いなことには同意しますが、それでも私たちの前に現れないのに越したことはありません」


 そんなことを思っている間にも、ケラーはまたカルロに辛辣な言葉を放っている。一度は同じ方向を向けたはずなのだが、それが長続きするかどうかはまた別問題のようだった。


「それはオイラも同意見だよ。旅の邪魔なんていないに越したことはねえし、アイツらとやり合わなくていいならそれが楽で一番いい。……でもよ、どうせアイツらは空気を読まずにやって来るだろ? だったらぶっ倒してオイラの実績にしてやる、オイラが言いたいのはそういう話だ」


「……分かりました、とりあえずはそういう事にしておいてあげましょう。かつては貴方もその『実績』とやらの一部だったはずなのですが、それに関しては追及しないでおくことにします」


 話がこじれて面倒ですからね――と。


 最後にそう付け加え、ケラーはカルロの主張を受け入れる格好を取る。それでもかなり痛いところを突かれたのか、カルロの表情は多少なり硬くなっているように思えた。


 実際の所皇帝の馬車を襲撃したカルロを鎮圧したのはケラーなわけで、そこには浅からぬ因縁がある。そのことから言うとカルロ側ももう少しケラーにライバル意識のようなものがあってもおかしくはないはずなのだが、少なくともリリスにはそのような気配を感じることは出来なかった。


 なんというか、見れば見るほど奇妙な二人だ。相棒と言うにはあまりに距離感が離れているし、かと言ってただの仕事仲間にしてはあまりにお互いの事情が込み入りすぎている。友人、恋人などと呼ぶのももちろん適切ではないし、戦友と呼ぶのもどうもしっくりこない。考えれば考えるほど、この二人の関係を何と呼ぶべきなのかリリスには見当がつかなくなっていって――


「……ねえ、さっきから何の話をしてるんだい? 穏やかじゃない話なことぐらいしか分からなかったからさ、良ければボクたちにも情報共有をしておくれよ」


 ぐるぐると深みにはまっていく思考を引き留めたのは、沈黙に滑り込むようにして発されたツバキの問いかけだった。確かに二人の会話は抽象的で、結局のところ何を警戒しているかは分からずじまいだ。


 これ幸いと言わんばかりにそちらに意識を映し、答えの出ない問いかけをひとまず脳の片隅に押し込める。ケラーはしばらく視線を宙にさまよわせていたが、やがて意を決したように首を縦に振った。


「……すみません、その点に関しては説明不足でしたね。今私たちは国境に繋がる林道を抜け、帝都まで繋がるヌーラル街道に合流しました。帝国の主要都市を繋ぐ環状街道な事もあって整備はこの上なく行き届いているのですが、それ故の問題と言うのもありまして。……早い話が、馬車を狙う賊が最も多く出没するのがこの街道なのですよ」


「オイラが皇帝サマに喧嘩を売ったのもこの場所だったからなあ。賊が居るって分かっててもここを使う奴らは多いし、一発逆転を狙う奴らからしたら恰好の待ち伏せ場所ってわけだ」


「……なるほどね。流石当事者が言うと重みが違うわ」


 堂々と胸を張りながら説明されて、リリスは思わず肩を竦めながらため息を吐く。その直後にはケラーがお説教の体制に入っていたが、当のカルロはどこ吹く風と言った様子でやり過ごしていた。


「……ふむ、馬車にとって快適な環境は賊にとってもまた身を潜めやすいという事か。この手の鼠は帝国側で根絶するのも難しそうじゃな」


「ええ、根絶どころか具体策の一つも打てていないのが現実ですので。……さらに言うなら、現皇帝はこの手の賊を取り締まることに対して消極的な姿勢を見せておりまして」


 フェイの見解に同意するケラーの視線は、物言いたげにカルロの方へと向けられている。今でこそ立派に皇帝の傍付をやっているカルロだが、その存在と賊の取り締まりが無関係だとは確かに考えにくい。その経緯を思えば、ケラーの表情が渋くなるのもまあ納得できた。


 皇帝を襲撃しようとした人間を逆に抱え込むなど、王国で言えばアグニを要人として雇おうとしているようなものだ。やろうとしていることの規模や背景にある集団の大きさには違いがあったのだとしても、国に対して攻撃しようとしたという事実は何ら同じことだろう。


 そんな暴挙が許されてしまうのもまた、全てを力で語り得る帝国ならではと言う事なのだろうか。カルロという成功例が実在する以上、この先も一発逆転狙いの賊が現れ続けることは容易に想像できた。


「実際の所、帝国の有力者の間では『迂回路を用いることは賊の圧に屈したも同然』という風潮が根強く存在していまして。都市の運営に関わる権力の争奪戦には本来正式な手続きが必要なのですが、そんなことを無視した賊の襲撃は後を絶たないんですよ。……ちなみに付け加えるなら、貴方が帝国に召し抱えられたという噂が広まってから賊の数は増えたとも言われています」


 無言の圧では届かないと判断したか、ケラーはカルロをじいっと見つめながら低い声で付け加える。しかしカルロはむしろ誇らしげにその指摘を受け止め、ふんぞり返るという表現が似合う一歩手前ぐらいまでに胸を張りながら答えた。


「ああ、それは皇帝サマからも言われてるから知ってるぜ。けどよ、そういう奴らが皇帝サマどころかどっかの強いところに引き入れられたって話も聞かねえし、襲撃が成功したって話も上がってきてねえ。もうしばらくその期間が続けば、『ただ単にオイラが特別なだけだった』ってことに賊の奴らも気づくことだろうよ」


「……本当に、その底なしの自信だけは帝都の中でも随一ですね。――ちなみに付け加えるなら、襲撃に失敗したにも関わらず皇帝に気に入られた貴方という存在が賊にとっての希望となり、話をとてもややこしくしているのですが」


「そりゃ知らねえよ、理由ならオイラを拾った皇帝サマに聞いてくれ。……ま、これまで一度だって本気で答えてくれたことはねえんだけどな」


 そう言って笑ったきりカルロは外に視線を向け、話題に対して我関せずの姿勢を取る。その態度にひときわ大きなため息を吐きながら、ケラーはカルロから視線を外した。


「……まあ、そんなわけでここからは快適な街道でありながら危険地帯であるという矛盾に満ちた場所を私たちは走行していくわけです。共同戦線の皆様方を一斉に案内できるのはここだけですし、説明したところで代案を出せないのが申し訳ないのですが――」


 カルロの分も引き受けるようにしてケラーが連ねた謝罪の言葉は、突然馬車を襲った強い振動によって強引に中断させられる。幼い頃から馬車に乗り慣れてきたリリスの経験が、これは急停車によるものだと即座に結論を出していた。


「……噂をすれば、と言うやつかい?」


「ええ、認めたくありませんが。ですがまあ、対面してしまったからには摘み取るしかありません。誰に喧嘩を売ったのか、その身を以て思い知ってもらいます」


 あまりにもタイムリー過ぎる出現に気だるげなため息を吐きつつ、ケラーはカルロの肩を軽く叩く。待ってましたと言わんばかりに立ち上がったカルロの目には、既に十分すぎる戦意が宿っていた。


「あまり愉快な物でもありませんが、よければそちらの窓からご覧になっていてください。アレらはこの帝国の影、実力至上主義が生み出した歪みそのものです。……それを見れば、貴方たちの国がいかに平和か分かっていただけるかと」


「ああ、この国はいつだって穏やかじゃねえからな。オイラたちの仕事、ちゃんと見といてくれ」


 一言ずつ言い残し、ケラーとカルロは足早に馬車の外へと降りていく。並んで歩くその後ろ姿だけ見れば、やっぱり二人は似合いのコンビのように思えてならなくて。


「……やっぱり、不思議ね」


 そう呟くリリスの視線は、自然と窓の方へと向けられていた。

 リリスとの模擬戦ではその強さを見せられなかったカルロですが、賊を相手にその才を見せることができるのか! 様々な意味を孕みながら進んでいく帝都への道のり、ぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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