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第四百九十話『灯は未だ消えず』

「――何で貴方まで同じ車両に乗り込んでくるんです、ここまで来るのに使った馬車があるでしょう?」


「いいじゃねえか、なんだかんだでお前と顔合わせるのも久しぶりなんだしよ。それにあれだ、リリスとツバキの事も気になるからな」


 明らかに煙たがっている様子のケラーと、それに構わずどっかりと椅子にもたれかかるカルロ。察しが悪いのか察した上で気にしていないだけなのか、いくらじっとりとした視線を向けられてもその豪快な笑みが消えることはなかった。


 傍から見ればまるでハーレムのような男女比だが、見た目の印象に反して車内に漂う空気は張り詰めたものだ。帝都を目的地に定めた馬車は既に出発の準備を整えており、初対面から一日という異例の速さで共同戦線は成立に向かおうとしていた。


 リリスたちにとって共同戦線はクライヴの謀略を打ち砕くための大前提、まず乗り越えなければならない第一の壁だ。クライヴ達を撃破するのに全力を尽くさなければならない中で、帝国の表情を伺う暇があるとは到底思えない。


 故に是が非でも共同戦線を成立させる必要があるのだが、帝国がその重要性をどこまで理解しているかは未知数だ。――少なくとも、カルロがそれを理解してくれているようには見えないわけだし。


「妾は別に構わぬぞ、貴重な皇帝の傍仕えじゃからな。現皇帝が食わせ者であることは出会う前から分かり切っておる、出来るだけ話を聞いておいて対策を立てるのがいいじゃろうて」


 そんなわけでカルロはリリスからも怪訝そうな視線を向けられていたが、最後の同乗者であるフェイの反応は意外にも好意的だ。年の功によるものなのかは分からないが、長い時を生きた精霊の振る舞いは至っていつも通りだった。


「おお、話が分かるな精霊様。俺のイメージじゃもっと気難しい感じだったんだが、意外とオイラたちにも興味があるもんなのか?」


「戯けたことを言うでない、価値のない人間に歩み寄るほど妾も腑抜けておらぬ。妾が人間に歩み寄る時があるならば、それは全て他ならぬ妾自身の為じゃ」


 それ以外の理由などあり得ぬ――と。


 意外な方向から出された助け舟に目を輝かせたカルロの問いを、フェイは一瞬にして冷たく切り捨てる。その言葉はいかにも正論じみた雰囲気を纏って放たれていたが、それを見つめるリリスの口元は知らず知らずのうちに緩んでいた。


「……どうしたエルフの小娘、妾の言葉に何か異論でもあるか?」


「ないわよ、貴女には貴女なりの考えがある事は理解してる。……ただ、本当にそれが全部なのかって思っただけ」


「そうだね、打算で動いてるって言うには君はいろんなところに介入しすぎてるよ。まあ、それも全部自分の為だって言われたらボクたちは何も反論できないけどさ」


 少し面白がるように答えたリリスに続き、ツバキもくすりと笑いながら指摘する。フェイが示した冷たい答えを全面的に肯定するには、ベルメウで見たフェイの姿勢はいささか献身的すぎた。


 当然、そこにフェイの欲がある事は事実だろう。レイチェルの関係者を優先的に治療していた時もあるし、それを抜きにしても復興のための戦力になるような人物から治療していたことは否めない。


 ただ、それはフェイでなくともするべき取捨選択だ。仮に自分のためだと主張されたのだとしても、あの判断は確かにベルメウの為だった。……きっと、そのことにはフェイ自身も気づいているはずで。


「……ずいぶん観察されているのですね、フェイ様」


「ふん、どうとでも言うがいい。妾の行動が全て妾の為でしかないことを、貴様らもじきに思い知ることになるじゃろうからな」


 カルロの肩を持ったことへの意趣返しと言わんばかりに笑むケラーに対し、フェイはすんと鼻を鳴らして応じる。それが強がりなのかそれとも紛れもない真実なのかは、まだ誰も知りえないことだった。


「まあ、この遠征がフェイにとっても利益になる物なのは事実だしね。……ボクたちもそうだけど、レイチェルにとってもマルクの存在は必要不可欠だろうから」


「ああそうじゃ、あの小僧は何も貴様らだけに望まれているわけではない。そんなことにすら気づけぬと言うのに、背負わなくてもよい責任ばかりには目ざとく気づいてしまうのがあやつの面倒なところじゃ」


 ツバキからのフォローを受けとり、フェイは軽くため息を吐きながら呟く。愚痴のようなニュアンスを孕むそれは、なかなかどうしてマルク・クライベットと言う人間の核心を突いているように思えた。


「貴様らも小僧と組んで長いのじゃろう、あの自己肯定感の低さをどうにかしようとは思わなかったのか? どれだけあやつがこの先力を付けることになろうと、それが付いてこないことにはいつまで経っても小僧は腑抜けたままじゃぞ」


「……そうね、いつになるのかしら。『私たちのリーダーに相応しいのは貴方しかいない』って、事あるごとに伝えてるつもりはあるんだけど」


「もともとの自己評価が恐ろしく低いからね、マルクは。謙虚は美徳だってよく言われるけど、マルクのレベルまで行くと流石に少し行きすぎなんじゃないかなってよく思うよ」


 半ば呆れ気味の問いかけにリリスが肩を竦めれば、それに続くようにしてツバキも苦笑を浮かべる。『夜明けの灯』として様々な依頼やら問題解決やらに奔走した半年間はマルクの評価も少なからず向上させていたはずなのだが、マルクの自己評価はその間もほとんど変動することはなかった。


 他者から向けられるプラスの感情に鈍感なだけなのか、それとも受け取った上で評価が上がらないままなのか。真相をはっきりと断じることは出来ないが、少なくともマルクがマルクを過小評価していることだけは確かだ。


「……素直に気持ちを伝えれば、少しは自分を見直すきっかけになるかしらね?」


 どうすればもっと胸を張ってくれるのだろうと考えた結果、出てきたのは単純明快なアイデアだった。今までも感謝の気持ちは目一杯伝えてきたつもりだが、今抱える想いはそれにもっと特別な物を上乗せしたものだ。――それに気づくのにこんなに時間がかかってしまったあたり、リリスもあまり人のことは言えないのかもしれないが。


「うん、素直な君の言葉ならきっとマルクの心にも響くよ。……というか、それでもまだ自分に胸を張れないのならボクにも少し考えがあるし」


 しかし、そんなリリスの考えをツバキは力強く後押ししてくれる。その『考え』とやらが何なのかは皆目見当もつかないが、まあそれが現実になることはないだろう。……ないと信じている。何だかツバキが只ならぬ雰囲気を纏っているようにも見えるし。


「そのマルク様がどのような方かは分かりませんが、カルロと足して二で割って差し上げたいような人物であることには間違いなさそうですね。……重ね重ね思うのですが、貴方の底なしの自信はいったいどこから湧いてくるのですか」


 ツバキの態度に安心感を抱いていると、そのやり取りを見ていたケラーが丁寧な口調で加わってくる。その中で唐突に水を向けられたことに驚いたのか、カルロは軽くのけぞりながら応じた。


「自信が湧いてくるって感覚、実はよく分かってないんだよな……。なんつーか、オイラが何かするまでもなくもとからそこにあるもんなんだよ」


「……はぁ、なるほど……?」


 頬を指で掻きながら答えたカルロに、ケラーが困惑とも驚きとも取れないような視線を向ける。ケラーがカルロにだけ特別辛辣なのはもう慣れたものだが、今のケラーの反応はそれだけにとどまらないように思えてならない。その態度を形作るきっかけになった根底にある複雑な感情を、今リリスは少しだけ垣間見たような気がしていた。


「……自己肯定感が豊かなことは長所ですが、そこまで根拠も実感も何もないとなるともはや恐ろしいぐらですね。少し前にリリス様に惨敗したのをもう忘れたので?」


 しかし、ほのかに見えた感情は呆れ交じりの冷笑とともにまた見えないところへと戻っていく。カルロもカルロで辛辣な態度を気に掛けることもなく、豪快に笑みを浮かべながら自分の胸を叩いた。


「忘れちゃねえさ、ありゃとんでもない衝撃だった。でもな、模擬戦だったからオイラは生きてる。誰が教えてくれたかは忘れちまったけど、『この国じゃ生きてる限り負けにはならん』って言葉がオイラは好きなんだよ」


 握られた拳は心臓の上に重なり、不敵な笑みがリリスの視線を引き付ける。……昨日敗北を喫したばかりだとは思えないほどに、カルロの表情は獰猛で挑戦的だった。


「……成程、なかなかの暴論じゃな。じゃが、そう言った考えは妾も嫌いではない。挑み続けて運命を切り開いた人間の事を、妾は知っている故な」


「そうね。……生きてさえいれば、いずれ道が開けることだってあるわ」


 しばらく言葉の意味を咀嚼するように瞑目していたフェイが、目を開けると同時に微かな頷きをカルロに贈る。リリスもまた、フェイの出した結論をすんなりと受け入れていた。


 それはきっと、リリスも似たような経験をしてきているからだろう。周りに同族が誰もいなくとも、育ての親を失い護衛として使い潰されようとも、その果てに魔術師としての死を一度迎えようとも。――それでも生きていたから、リリスは今こうして戦うための舞台に上がれている。


 それはきっととてつもなく幸運な例なのだろうけど、理外の幸運ですら力があれば強引に引き寄せることが出来てしまうのがこの帝国だ。そのことを忘れないための言葉としてこれ以上簡潔な物も中々ないし、だからこそその誰かもカルロに言葉を贈ったのだろう。


「そのマルクって奴も、捕まりはしたけどまだ生きてるんだろ? なら大丈夫だ、そいつはまだ負けてねえ。……負けてねえってことは、ここからまだやり返す機会が無限にあるってことだからな」


 あっけらかんとした明るい口調で、カルロはマルクについて言及する。カルロは修復術の事を知らないし、マルクがリリスたちにとってどれほど大きな存在かも分かっていない。きっと自分の理論を補強するための引き合いとして、リリスたちに身近なマルクの存在を持ち出しただけだ。


 だが、そこに不思議と不快感は感じない。それどころか、その言葉の通りだったらいいとさえ思っている。たとえクライヴの手に落ちていようとも、マルクはきっとまだ生きている。『夜明けの灯』はまだ一つも消えずにこの世界に灯っている。……それがはっきりしていれば、どんな状況からだってやり返すチャンスはあるように思えた。


「ええ、たしかにあなたの言う通りね。……派手にやり返すためにも、存分に力を貸してもらうわよ」


「勿論だ、そのためにわざわざ帝都からこっちに来たんだからな。……その代わり、助け出せたらオイラとも引き合わせてくれよ?」


 どんな奴なのか気になって仕方がねえんだ、と笑い、カルロは拳を突き出してリリスの言葉に応える。それに感謝を述べようとしたところで、外から聞こえてきた高らかな嘶きが準備の完了を告げた。


「……ああ、そろそろ出発するようですね。一日ではたどり着けないほどに長い道のりですが、気負いすぎずに向かうとしましょう」


 ケラーが軽く手を打ち、それに呼応するようにして馬車がひときわ大きく揺れる。それは馬車が動き出したことの合図であり、マルク奪還に向けた狼煙だ。


「ええ、そうね。せっかく挑戦状を叩きつけられてるんだもの、万全の準備をして叩き潰さなきゃ」


 ベルメウでクライヴから突き付けられた言葉を思い出しながら、リリスは拳を強く握りしめる。……今度こそリリスたちはクライヴと『勝負』をして、大切な存在を取り戻すのだ。――ベルメウでの戦いは只の敗北ではなかったのだと、そう証明するために。

 さて、次回から帝国に向けたリリスたちの道のりが描かれます! 決して長すぎる者ではないと思いますが、かと言って波乱無しで居られるわけもなく。帝国に向かうリリスたちを待ち受けるのはいったい何なのか、ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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