第四百八十三話『大使と戦線、応接室にて』
「改めて、オイラはカルロ・クロウリーってんだ。皇帝に変わって歓迎するぜ、お客人方」
――到着直後にもたらされた唐突な遭遇から、約一時間が経過した後のこと。テーブルを挟んで向かい側に座るリリスたちに向けて身を乗り出しながら、ケラーの表情を硬直させた茶髪赤目の少年――カルロは頭を下げる。その言葉遣いや仕草は儀礼に則ったものに思えるが、リリスの目には何故だか好奇心旺盛な子供のようにしか映らなかった。
ケラーよりも小柄な体躯である事もまた、その印象を加速させる要因の一つだと見ていいだろう。カルロの名乗りをぎょっとしたような眼で見つめるその様子は、腕白な弟に振り回される姉のようにも思えるもので。
「いい加減貴方も正しい礼法を学んでください、クロウリー。敬意を持って迎えるべき客人に対して『オイラ』なんて名乗りを上げるのは貴方ぐらいですよ?」
「そうは言っても、『貴様は貴様らしくあり続けることだ』って皇帝サマに言われちまってるからな。別に客人も気にしてる様子はねえし、お前が頭堅すぎるだけなんじゃねえの?」
カルロと並んでソファーに腰掛けるケラーが誰よりも早くその態度に突っ込みを入れるものの、カルロは肩を竦めながら逆に疑問を返すばかりだ。皇帝の名前が出てきたことでケラーがたじろいだその一瞬を見逃さず、カルロはさらに言葉を続けた。
「それによ、皇帝はまだ仲良く一緒にやってくことを決めたわけじゃねえ。……それを判断するための役回りとしてオイラが連れてこられたこと、忘れちゃいけないと思うぜ」
「……会うたびに口ばかりが達者になっていきますね、貴方は。皇帝様から悪い影響ばかりを受けていることが手に取るようにわかります」
しばらくの沈黙の後、まるで負け惜しみのようにそう口にしてケラーは視線を正面へと戻す。そして表情をいつもの淡々としたものに戻すと、向かい側に座るリリスたち――共同戦線を構成する中心人物たちに向けて頭を下げた。
ケラーとともに馬車に乗り込んでいた面々にガリウスとロアルグ、そしてアネットまでもを加えた王国側の人選は、間違いなく共同戦線の最高戦力だと断言できる集団だ。向かいのソファーにケラーとカルロしか腰掛けていないことも相まって、六人が並んで腰掛けるソファーはその大きさ以上に窮屈に感じられた
「早々のご無礼をお許しください、皆様方。このように礼儀はなっていませんが、これでもれっきとした帝国側の大使で間違いはありませんので」
「別に気にしてないよ、そんなに堅苦しい雰囲気にしようとも思ってないし。ここはどちらかと言えば顔合わせの場なわけだし、明確に素だってわかるぐらいの感じで臨んでくれた方が僕としてもありがたいからね」
「そうですわね、お互いに腹を割って対策を話し合うべき仲間ですもの。普段の外交ならともかく、共通の敵がはっきりとしているこの場面で私たちが距離感を計り合うようではいけませんわ」
こちらから声をかけなければいつまでも頭を下げていそうなケラーをまずガリウスが制し、其後に続いてアネットも言葉を続ける。二人の言葉を受けてようやく頭を挙げたケラーは、その後もう一度深々と頭を下げた。
「……寛大な判断、感謝いたします」
「ほらな、オイラのやり方で正解だろ? それもはっきりしたところだし、お前ももう少し普段の腹黒さを出したって損はないと思うぜ」
粛々とした様子で言葉を紡ぐケラーとは対照的に、カルロはふんぞり返るような姿勢をなりながら慣れ親しんだような様子でケラーの背中を軽く叩く。その様子はまさしく両極端という表現がぴったりで、ケラーがあれほど感情を露わにする理由も何となく納得できた。
「思い上がらないでください、貴方はただ寛大に見逃していただいただけです。この場での成功をはき違えて他の場でもこんな振る舞いをしようものなら、最悪交渉そのものがご破算になったっておかしくは――」
「でもよ、お前が言うその『他の場』って奴にオイラは連れてかれないぜ。『あのようなつまらぬ場に貴様が染まる必要はない』なんて言って、皇帝サマはいつもオイラを置いて行くからな。……けど、この王国の奴らとの会談に限ってオイラは大使に選ばれた。皇帝サマが何を考えてるかなんて分かんねえけど、この集まりが普段の物とは違うってことだけは間違いないんじゃねえのか?」
不快感、あるいは不満をあらわにしてカルロを叱責しようとするケラーに怯むことなく、カルロは自らの考えを訥々と口にする。……それに身を固くしたのはケラーだけでなく、共同戦線の面々も同じことだった。
「なるほど。……それは、ちょっと考えざるを得ない案件だな」
「ああ、この場にカルロ殿が現れたことには皇帝なりの意図がある。それが私たちにとってプラスの物であると、そう願わずにはいられないが」
『会談』という場自体に最も慣れているであろうガリウスとロアルグが、カルロからもたらされた情報を受けてそれぞれ呟きをこぼす。今まではっきりとして来なかった雰囲気が少しだけ硬いものになるのを、リリスは肌でひしひしと感じ取っていた。
「まあ、皇帝様がこの場を『つまらぬ場』だと思ってないことは朗報だけどね。少なくとも、皇帝は僕たちの申し出に対して少なからず興味を示してくれてる――そう解釈していいのかい、カルロさん?」
「カルロでいいぜ、呼び捨て以外で呼ばれるのには慣れてねえ。んで質問の答えだけどよ、多分そう思っていいと思う。皇帝サマは興味の沸いたことには力を入れられるけど、興味のないことにはとことん適当な振る舞いしかできねえからな」
「そこは私からも保証いたします、ガリウス様。どのような理由や目論見があるかは分かりませんが、皇帝はクロウリーの事を非常に高く買っていらっしゃる。少なくとも、王国の方々に興味がないわけではないかと」
気さくに答えるカルロに続いて、ケラーが補足するように丁寧な説明を付け加える。前もってケラーからカルロの事情を聴いているリリスたちからすれば別段新鮮な情報でもなかったが、それを知らない騎士団の三人はさらに唸り声を深めていった。
「なるほど、こちらの申し出にとりあえず真摯に向き合ってはくれているという事か。王国からすればそれだけで儲けものではあるな」
「うん、普段だったら相手にされてなくてもおかしくないからね。……やっぱり、フェイさんの復活が一つ要因としては大きいのかな?」
ロアルグとガリウスは顔を見合わせ、あれやこれやと推測を交換する。その隣でアネットは未だにうんうんと唸っていて、この問題が簡単に解決できるものではないことを示しているようだった。
「うーん、あの皇帝サマの考えることはオイラにも分からないからな……。だからよ、結局のところオイラは皇帝サマからの頼みを忠実にこなすことしかできねえんだ」
だんだんと騎士たちの会議が難航していくのに中てられたのか、カルロもなぜか首をひねりながら口を挟んでくる。それに真っ先に反応したのは、ここまで無言で聞き役に徹していたツバキだった。
「……そう言えばさっき、カルロには役回りがあるって言ってたね。ボクたちに会ったらするべきことみたいなこと、皇帝様から具体的に聞かされてたりするのかい?」
「ああ、そうだな。……うん、そろそろ言い出してもいいぐらいには色々と喋っただろ」
ツバキの問いかけに何となく曖昧な答えを返して、カルロは一度目を瞑る。その様子にケラーでさえも怪訝な視線を向ける中、目を開けたカルロはリリスたちを見回しながら満面の笑みを浮かべた。
「まずな、お前たちはいい奴だ。ここまで喋ってみて分かった。お前たちからは嫌な感じがしねえし、嘘を吐こうとしてるような感じもねえ。少なくともオイラは、お前たちに背中を預けることに何の不安もねえよ」
「おお、これはまたいきなりの高評価じゃの。それ自体は嬉しいが、それがどうかしたのかの?」
六人に向けて突然送られた称賛に戸惑いながらも、フェイが真っ先に続きを促す。カルロが奔放な雰囲気を纏っていることを抜きにしても、その言葉に何らかの意図がこもっていることは間違いなかった。
「ああ、大アリも大アリだ。実はオイラな、皇帝サマから二つだけ命令されてたんだ。まず一個目は『オイラの目で王国からの客人を見定めること』。ちょっとでも嫌な感じがしたら交渉はそこでおしまい、それ以上話す必要はないってのがあっちからのオーダーだ」
カルロが軽い口調で告げた命令の一つ目に、場の雰囲気が一気に変わったのが分かる。今までのやり取りの中でこれからの計画が全ておじゃんになることなど、想像こそすれ実現する可能性はほぼ考えていなかったことだ。
その衝撃を受けて、ようやくリリスの中に実感がわいてくる。ここは既に帝国の地で、王国とは違う常識が根付く場所なのだと。……そして既に、皇帝の目はこちらに届いているのだと。
今更ながらの緊張感がリリスの身体を走り抜ける中で、カルロは朗らかな様子のまま言葉を続ける。……皇帝が与えた二つ目の指示が何なのか、それを想像するとリリスの喉はゴクリと鳴って――
「んで、こっからが二つ目の命令だ。つっても、これは皇帝サマに言われなくても頼むつもりだったけどな。最初からこうするのが簡単だし、そろそろオイラも我慢の限界だからよ」
カルロの視線が共同戦線の六人を横断して、そして正面に戻ってくる。誰もが口を挟まずにその続きを待つなか、カルロは目を輝かせながら息を吸いこんで――
「お前たちの誰でもいい、今からオイラと戦ってくれねえか。――魔術師同士が互いに歩み寄ろうと思うなら、言葉より魔術を交わし合う方が手っ取り早いだろ?」
――いかにも子供のような無邪気さで、共同戦線に挑戦状を叩きつけて見せた。
次回、初めての対談はさらに急展開を迎えます! カルロの挑戦状は受理されるのか、受けて立たれるのは果たして誰なのか! ぜひご期待いただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




