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第四百八十一話『帝国の流儀』

「……そんなわけで、帝国において血筋と言うのは何の価値も持ちません。重要なのは今を生きる人物がどれだけの実力を持つかであり、その親がどれだけ威光に塗れた人物で在ろうと関係ない。むしろ血筋のせいで目の敵にされる可能性が高まることだってあり得ますから、『名門の跡継ぎ』として生まれる方はむしろ不幸だと言ってもいいのかもしれませんね」


 カラカラと車輪が転がる音に混じって、ケラーが微かに笑みを交えながらそんなことを口にする。誰が聞いても皮肉であると分かるその表情を見るに、ケラーもなんだかんだでこの旅を楽しんでいるのかもしれなかった。


 もう馬車が動き出して三十分は優に過ぎただろうが、その間もなんだかんだ途切れることなく話は続いている。それだけ帝国を取り巻く事情が複雑なのだとしても、気まずい沈黙の中で過ごすよりはよほどマシだった。


「なるほどね、どれだけ高貴な血筋でもそれに見合う実力がなくちゃ意味がないのか。……それなら、帝国にはいわゆる『上流貴族』的な立ち位置の家はないってことかい?」


「そもそもこの国で『貴族』を名乗る家が稀ですからね、皇帝を差し置いて家の威光を振りかざすような命知らずはそうそう現れる物ではありません。……ですが、長く血筋が続いている家ならば片手に収まらないぐらいにはありますよ。先祖が積み重ねた威光は引き継がれないとしても、先代が残した『成果』は後継ぎの元へと転がり込んでくるわけですから」


 ツバキの問いに肯定と否定をそれぞれ返しながら、ケラーはフェイの方へと視線をやる。『貴女の方がそのあたりはよく知っているだろう』と、そう言いたげな目をしているように見えた。


 それに応え、フェイが説明を引き継ぐように頷く。そのまま胸元で輝くペンダントに手を触れると、少し懐かしむように口を開いた。


「ああ、帝国は領土や財産の警鐘に関しては昔から厳格じゃからな。血族内で継承戦争が発生しない限り当主が残した財産は全て後継に引き継がれ、保有している戦力の指揮権もそのまま移譲される。……まあ、少なくとも四百年前には継承戦争の無い引継ぎなど数えるほどしかなかったが――」


「いわゆる『血塗れ相続の時代』と言う奴ですね、帝国で上を目指すものなら誰もが知っている話です。今の有力者たちが子供を必要以上に作ろうとしないのは、この時代の物騒な相続形態を繰り返さないためだって言われてますよ」


「ほう、そのような形で伝わっておるのか。当時を知る妾からすれば、英雄や力を持つ物にはそれ相応の色好みがあっても許されると思うのじゃが――」


「その子供たちに命がけで積み上げた戦果をぐちゃぐちゃにされるのは英雄たちも望むところではないでしょう。『血塗れ相続の時代』は内乱が続出した時代であると同時に、それらで疲弊した由緒ある勢力を食い荒らす形で台頭した無名の人間が続出した時代なのも事実なんですから」


 今の時代で色好みをするとすれば皇帝ぐらいの物ですよ――と。


 少しばかり残念そうな表情を浮かべるフェイに、ケラーはため息を吐きながら首を横に振る。形や経緯は違えど帝国を良く知る二人の会話は、およそリリスとツバキに踏み込む余地を残していなかった。


 王国も『英雄』を欲していた時期があるように、帝国も紆余曲折を経て今の形に至っているという事なのだろう。一口に力が全ての世界だとまとめたのだとしても、時代ごとには様々な流れがあったという事らしい。


 ぼんやりとそんなことを考えながら二人のやり取りを見つめていると、唐突にその視線がリリスとツバキに戻される。そして指を一本まっすぐ伸ばすと、ケラーは何事もなかったように二人への説明を再開した。


「あくまで例外中の例外と言う形ですが、今話したことに当てはまらない相続もこの国には存在します。この国の頂点――すなわち皇帝の座だけは、たとえ皇帝がどれだけの子を成していようと血筋に基づいた継承が行われることはあり得ません。皇帝の座が空位になったが最後、始まるのは帝国全体を巻き込んだ後継戦争です」


「身分も血筋も、何なら出自も関係ない。その後継戦争を制したものだけが、次の肯定を名乗ることを許される――そういう認識で、いいのよね?」


 ケラーから聞いて思い浮かべたイメージを出力して、リリスは確認の問いかけとして投げかける。想像しただけで凄絶なバトルロイヤルの光景は、ケラーが首を縦に振ったことによって想像上の物から現実にあり得る物へと変化した。


「ええ、話の呑み込みが早くて助かります。皇帝の座を目指す以上、たとえ同じ国に身を寄せる者であろうと鎬を削り合う他に選択肢はありません。それが男であろうと女であろうと子供であろうと老人であろうと、何ならよそ者であったとしても。敵である全てを蹴落として最後まで勝ち残った勢力の長のみが、皇帝として玉座に腰掛けることを許されるのです」


 リリスの想像をさらに補完するような形で、ケラーは淡々と、しかし真剣身を増したような声で帝国の仕組みを説明していく。……しかし、言い終わったところでその視線は意味深な形でフェイの方へと向けられた。


「……まあ、中には『専守防衛』と言う形をとることで後継戦争の間も安寧を保つ勢力もあるにはあるのですが。そうでしょう、フェイ様?」


「ああそうじゃな、妾たちは森を主な領土として安穏に過ごすことを選んだ。さしたる領民や兵力があったわけでもないが、侵入者を排除するという目的に限ってなら妾の魔術が干渉できたからの」


 いろいろな感情がないまぜになったケラーの問いかけに、フェイはけろっとした様子で言葉を返す。ケラーは僅かに瞼をぴくつかせた後、やがて大きなため息を吐いた。


「……とまあ、こんな感じでなんにでも例外はあり得るという事です。『欲さば奪え』の帝国で四百年専守防衛を貫くのがどれほどの戦力を必要とするのかは、まあ皆様にも分かってもらえると思いますが」


「あまり誇張する必要もなかろう、閉じこもれていたのも過去の話じゃ。……あの襲撃の後、大方諸侯はあの土地を巡って争ったのじゃろう?」


 悔しそうな表情を浮かべつつ、フェイは少し身を乗り出しながらグリンノート家のその後を問いかける。隊長とは言え国境警備隊の人間がそこまで知っているのかとリリスは一瞬訝しんだが、その考えはケラーが頷いたことですぐに払拭された。


「ええ、それはもう数多の有力者が肥沃な土地を手に入れんと身を乗り出しましたとも。……まあ、その決着はかなりあっけないものであったという所まで私の耳には入っていますが」


「そうか、すでに決着しておったか。……ならば、取り戻すのは少し難しいと見た方がいいじゃろうな」


 抑揚のない答えを耳にして、フェイは軽く唇を噛む。その姿には、普段フェイが滅多に見せない後悔の情がこもっているように見えた。


 フェイからすれば四百年余りの時を過ごした土地を失ったのだ、そう考えるのも当然ではあるのだろう。今までの思い出のほとんどが、その場所に紐づけられているのだから――


「――いいえ、決して難しいことじゃないでしょう。思い出してください、ここは帝国なんですよ?」


 そんなフェイの想いは、一番考えてもいなかった方向から打ち消される。今まで淡々と事実を並べ立ててきたのと同じように言葉を紡ぎながら、ケラーは首をゆっくりと横に振っていた。


「仮に武力で支配権を手にしたとしても、その旨を記載した書類が帝国に認証されない限りは正式に権利が委譲されるわけではありません。……いや、別に移譲が完了してても関係ないかもしれないですね。『欲さば奪え』のこの国において、取り戻せない物なんて命以外そうあったものではありませんよ」


 フェイに語りかける言葉に、熱がこもっていたわけではない。ただケラーにはフェイの言葉が帝国の在り方と合わないものに見えて、間違った認識を正しただけなのだろう。……だが、それを受け取ったフェイの目にはいつになく強い輝きが宿っていた。


「……ああ、そうであったな。欲するものがあるのならばそれに相応しい輝きを見せるのみじゃ。感謝するぞケラー、妾としたことが失念してしまっておった」


「私は当たり前のことを言っただけです、感謝されるいわれはありません。ほら、まだ説明しなくてはいけないことが残っているでしょう?」


 フェイからの感謝に少し戸惑った様子を見せながら、ケラーは話題を別の方向へ移そうと熱視線から目を逸らしてリリスたちに向き直る.……重苦しく進むと思われていた馬車の旅は、思った以上に朗らかな形で進んでいきそうだった。

 フェイにとっての目標が一つ増えた形ですが、果たしてそれを達成することは出来るのか! 国境へ向けて進んでいく物語、ぜひ楽しんでいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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