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第四百七十九話『夕暮れに集う戦線』

 高く上った日が沈み、再興へと進むベルメウの都市が橙色に染まり始める。一日の終わりへと向かいゆく黄昏時の景色の中、リリスたちは予定通り集合場所へとたどり着いていた。


 視界の中だけでも十を超える数の大きな馬車が停められており、この共同戦線がいかに大規模な物であるかを改めて思い知らされる。目に映る騎士たちの顔も、心なしかその大半が強張っているような気がしてならなかった。


「よし、全員揃っているな。予定遵守の意識が強いのはありがたいことじゃ」


 その人の輪の中心に立って、フェイが満足げに首を縦に振る。まるで同意を促すように隣に立つ女性へと視線を向けると、彼女はコクリと軽く首を縦に振った。


 真っ白な髪と細く開かれた瞼、そして蒼い瞳の輝きも相まって、その姿はどこか人間離れしているように映る。彼女の周りだけ空気が凍り付いているのではないかと、そんなことさえ錯覚してしまう程だ。


「ええ、共同戦線を申し出た側としては当然の事ですが。……しかし、その最低限すら危ういような人間でも武勇を挙げれば上り詰められるのが帝国なので」


「帝国の在り方は年月が経とうと変わらぬな。力こそが、かき集めた戦力こそが全て。単純明快じゃが、それ故に難儀な物じゃよ」


 まるで旧知の中だとでもいうように、フェイは隣に立つ女性と朗らかに言葉を交わす。女性の方の表情は一ミリたりとも動いていなかったが、それを気にする様子は全くないようだ。


「……歓談の所失礼する。そのお方は帝国の人間と考えていいのだろうか」


 ここに集まった者たちのほとんどの疑問を代表して、一歩進み出たロアルグがそう問いかける。それに女性が何か反応するよりも先に、フェイが鷹揚に頷きながら女性の背中へ手を回した。


「ああ、こやつは国境警備隊の長じゃ。つまりは今の帝国のトップに仕える身、妾たちの共闘相手でもある。王都に戻る前に少し時間があったのでな、軽いつながりを作っておいた」


「ご紹介いただいた通り、私は現皇帝に仕える身、王都国境警備隊長を任じられた身です。……ですが、私たちとの接触をそのように軽々しいものとするのは少々いただけませんね」


 フェイの言葉に頷きながらも、其後に続いたのは冷たい否定の言葉だ。不自然に感じるほどに抑揚のない声が、それでも不満を抱いているように聞こえるのが不思議だった。


「私たちが守る国境にいきなり現れ、『妾は帝国の約定に伝わる精霊である』と名乗り、おまけに騎士団の印を付した書類まで携えてきて。半ば騙し討ちのような形で私達との関係を作って見せたことのどこが『軽いつながり』なのか、詳しくお聞かせ願いたいですね」


「騙し討ちとは人聞きの悪いことを言う、帝国とてグリンノート家が壊滅させられた事件についての調査は進めておったのじゃろう? その結末を知る者がわざわざ情報提供しに来たのじゃ、感謝こそすれ文句を言われる筋合いなどないと思うのじゃが」


 文句を言われることすら楽しんでいるかの様子で、フェイは女性の言葉にすぐさま返してみせる。そこに対して言葉を詰まらせる辺り、彼女もフェイの存在の大きさは自覚しているところらしい。


「……ええ、帝国としてはそうですね。上層部は貴女が復活なさった事、そしてグリンノート家で起きた事件の真相が判明したことにとても満足なさっています。それに続くようにして送られた王国騎士団からの申し出も、あの人たちは随分と喜んでおいででした。……ちなみに、それらを全て帝都へと伝達したのは私達国境警備隊なのですが」


「仕方ないじゃろう、妾が直々に申し出るわけにもいかぬのだからな。隣国との関係を仲立ちするのも国境警備隊に含まれた一業務、違いなかろう?」


 動かない表情の下に確かな不満を宿して女性は抗議するが、飄々とした様子で受け流すフェイの前についに閉口する。……周囲にいるリリスたちも言葉を挟むことができないまま沈黙が続くこと十秒間、女性が深々とついたため息によってその重苦しい雰囲気は打ち破られた。


「……ええその通りですね、フェイ様のおっしゃる通りでした。一連の業務が終わったら、帝国本部に一括での特別手当を請求することにします」


「そうすることじゃな、貴様らの生業はもとより評価されるべきものじゃ。売れる恩は出来るだけ売っておくに越したことはないからの」


 納得――と言うよりは観念したような様子の女性の背中を、フェイは楽しげな様子で軽く叩く。……第一印象で抱いた冷徹な雰囲気は変わらないが、近寄りがたさはいくらか軽減されているような気がした。


「ほれ、改めて自分の言葉で自己紹介をするがよかろう。今から背中を預けあう者たちじゃ、名前も知らないのでは不便も多かろうて」


「そうですね。背中を預けあうというあなたの表現にはいささか不穏なものを感じますが、それはそれとして名乗らないのは客人に対して失礼が過ぎるというものです」


 僅かに棘を刺しながらもフェイの言葉に同意を示して、フェイたちを囲むようにして立つ共同戦線の面々に女性は目を配る。……その無駄のない所作に、リリスは一瞬目を奪われた。


 無駄を削ぎ落すことも突き詰めれば一種の美しさに至るのかと、そんなことを思う。王国の騎士たちがするようなどこか儀礼めいた所作ではなく、ただ最速で敬意を示すための仕草。胸に手を当て足を軽く引いて頭を下げるという三つの動作を機敏に行うその姿は、王国のそれと比べればあまりに異質で、だが美しかった。


「――改めまして、ケラー・ヴェルケンと申します。帝国国境警備隊の長を務めておりますが、さほど大した立場の人間ではありません。どうかフェイ様のように、気楽な態度で接していただければ。その方が私も気が楽です」


 敬語で来られるとどうしても職場を思い出してしまいますから――と。


 微かに――ほんの微かにだが眉間にしわを寄せてそう付け加えた後、ケラーは改めて共同戦線へと向けて一礼する。それに応える様な拍手がどこからともなく聞こえてきて、三秒も経たずしてそれはこの場全体へと伝播していった。


「ケラーには国境までの誘導と、警備隊に対する橋渡しを担ってもらう。帝国についての知識も備えている故、気になることがあるのなら国境に着いてからでも質問するがよかろう」


 拍手がだんだんと落ち着いてきた頃を見計らって、フェイがそんな風に付け加える。一瞬驚いたような様子でケラーがフェイの方を見やったが、すぐにあきらめたようにため息を吐いた。


「……リリス、あの人の事をどう思う?」


 ケラーの紹介も終わって少し落ち着いてきた空気の中で、隣に立っていたツバキがちょんちょんと肩をつつきながらそんなことを聞いてくる。それが何についての印象を問うている者なのか、指定されずともリリスにははっきりと理解できていた。


「……多分、正面からやり合えばかなり強いわよ。動きにも無駄がないし、魔力の気配もそれなりにあるわ。フェイの隣に立っても埋もれないぐらいにはね」


 目を閉じて魔力の気配に意識を集中させれば、ケラーの放つ魔力の気配をはっきりと掴み取ることができる。フェイのどこまでも自由なそれとは違う、冷たくも芯に熱を宿しているような気配。フェイの手ほどきを受けたことでさらに研ぎ澄まされたリリスの感覚が、ケラーが只者でないことを教えてくれている。


「帝国は実力が全ての世界だし、地位を得るにはそれなりの力が要るんでしょうね。共に戦ってくれるならそれ以上にありがたい話はないわ」


「やっぱりそうだよね、明らかに動きが只者じゃないし。……その上で『大した身分じゃない』って本気で言ってるんなら、帝都にいる人たちはいったいどれだけ強いんだろうとか思っちゃってさ」


 期待と不安をないまぜにしたような口調で、ツバキはリリスの答えにそんな言葉を返す。その感情を共有したリリスの背中にも冷たい物が走ったその刹那、フェイが場を引き締めるかのように両手を打ち鳴らした。


「自己紹介も済んだ以上、出来る限り迅速に移動を始めよう。ここも妾たちだけのスペースではない故な、いつまでも独占するわけにはいかぬ」


「私たちのスペースに無遠慮に侵入をかましてきた方がよく言いますね……。まあ、今はそれが正論だと思いますが」


 フェイとケラーの言葉が伝わったことで、騎士たちは馬車へと向かって各々で歩いていく。どれに乗るべきかは聞かされていないが、これだけ馬車があれば空席もどこかに出るだろう。こちとら護衛時代に最悪な馬車を経験しているし、ぎっしり詰め込まれるような形になっても容易に耐えられる――


「……ねえ、リリス」


 そんなことを思って騎士たちの後に続こうとしたリリスの袖を、少し遠慮がちにツバキが引っ張る。それにつられて振り返れば、ツバキはフェイの方を指で指し示していて。


 不思議に思って首を動かすと、先にリリスたちを見つめていたフェイとケラーの二人に視線がぶつかる。それを悟ったフェイがにやりと笑うと、こちらに歩み寄りながら手を伸ばしてきた。


「二人とも、乗る馬車が決まっていないなら妾たちと先頭車両に乗らぬか? 貴様らは共同戦線の中でも特異な立ち位置故、帝国の人間と少しでも交流しておいてほしいのじゃが」


 手に続いてそんな申し出が飛んできて、リリスとツバキは思わず顔を見合わせる。……そこにフェイが口にしている以上の意図がある事は言わずもがな理解できたが、今からそれを断る理由は一つたりとも見当たらなかった。

 帝国側の新キャラ、これからどんどん出てくることになるかと思います! 下準備も終えたところで大きく動き出す第六章、ぜひぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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