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第四百七十一話『繕われない想い』

「悪いね、今はこれぐらいしか出せる物がなくて。もう少ししたらルグもここに着くはずだから、それまではのんびりしててくれ」


 テーブルの上にカップを三つ置きながら、ガリウスは朗らかな笑顔を浮かべる。リリスとしてもそのお言葉に甘えたいところではあったのだが、当たり前のようにガリウスも同じ部屋にとどまってしまったことでその願いは叶わないままで終わった。


 リリスとツバキの向かい側に座ったところを見るに、その客人とやらと一緒に話したい事があるという事なのだろう。……大方、騎士団の関係者か何かと言ったところか。


 そんな分析をしながらカップに口を着ければ、温かい風味が口の中に広がる。ガリウスは謙遜していたが、これはかなりいい茶葉を使っているんじゃないだろうか。


「……うん、美味しい。このお茶は君が淹れたのかい?」


「ああ、最初から最後まで僕の手でやってるよ。この街にはお偉いさんが多いからさ、若造である僕はお茶くみのスキルも磨かなくちゃいけなくて。それが気に入られなきゃ『礼儀がなってない』だの『敬意に欠ける』だの言われて会談の席にも着けないんだ、本当に年功序列ってのはやってられないことばかりだね」


 おかげで自然と上達しちゃったよ――と。


 ツバキの問いかけにガリウスは軽い口調でそう答えるが、表情はそれに見合わずどこか沈痛なものだ。普段から口数が多いことも相まって、歯切れの悪そうにしているガリウスの仕草は余計に目についた。


 ガリウスの口から発される言葉は、大体相手がどんな返事をしてくるのか予測したうえでの物が殆どだ。もはや癖なのか何なのか知らないが、ガリウスは相手の反応を見越したうえでこちらに話を振ってくる。それによってガリウスの望み通りに動かされてしまったのは、決して一度や二度の事ではなかった。


 だが、今ガリウスが発した言葉はそもそも答えを求めていないようにも思える。普段過剰なほどに利き手の存在を意識して会話を進めるガリウスがそうなっているのを目にするのは、ともすれば初めてのことだと言ってもいいだろう。……それぐらい、ガリウスはリリスたちに隙を見せようとはしてこなかったのだ。


「……まあ、その仕組みも少し前までの事なんだけどさ。クライヴ達の襲撃によってお偉いさんのほぼ全員が死ぬか再起不能レベルの負傷を受けた。加えて都市庁舎も破壊されたから議会はてんやわんや、結果的に機能がほぼ麻痺してない騎士団が今は都市の指揮権を一時的に引き受けてる。……皮肉なものだよ」


 そんな困惑によって生まれた沈黙を自らの手で破り、ガリウスは半ば独り言のように呟く。ぽつぽつと吐き出される言葉たちに籠る感情こそが歯切れの悪さの正体なのだと、リリスはそう直感した。


「君たちと初めて会った時にも話したと思うけどさ、僕はこの都市のお偉いさんたちが好きじゃなかった。何なら大嫌いだった。何をするにもお偉いさんの利益にならなきゃゴーサインも出ない、緊急事態にも皆の合意がなければ対策のスタートラインにも立てやしない。その現状が面倒だ、いっそ根っこからぶっ壊したいって何度思ったか分からないよ。……こんな形でそれが実現するだなんてこと、少しも想像したことはなかったんだけどね」


 なおも続くガリウスの独白に、リリスたちは口を挟まない。些細なことが引き金となってしまうほど、ガリウスの中で色々な感情が渦巻いていたのだろう。騎士たちの上に立つ存在として、それを吐き出せる機会なんてものもそうそうなかったはずだ。


 ガリウス自身も理解しているように、小細工や根回し、果ては偽装魔術などを使って立ち回るその姿は決して『騎士らしい』と表現できるものではない。だが、それでもガリウスは騎士なのだ。――『騎士らしい』考え方も確かにガリウスの中に根付いていることを、不本意だがリリスたちは知っている。


 いっそもっと悪辣で騎士らしさの欠片もないような人物で居てくれれば、ガリウスのことなど気にもかけずに行動することができただろう。逆に芯から騎士らしいような人物でいてくれれば、ガリウスのやりたいことにもっと快い態度で協力することができただろう。だが、現実のガリウスはそのどちらでもない。よく言えば二つの価値観の狭間に立てる者、悪く言えば中途半端。……だからこそ、リリスたちもガリウスにどう接するべきかを決められない。


「算段はあったんだ。時間さえかければお偉いさんたちを一人残らず失脚させて、その上現行の議会制度も改革できた。そのための段取りだってもうほぼ完成してた。後は実行するだけ、遅かれ早かれあの爺たちは終わってた。……なのに、どうしてこんなにも心残りなんだろうね」


 自問自答するかのように、ガリウスは言葉を発する。胸に中てられていた手に力がこもり、ピンと伸ばされていた騎士服にいくつものしわを作った。


「僕は心からあの爺どもを疎んでたよ。すぐに引退しろ、そうすればベルメウはもっといい方向に変わっていけるって思ってた。でも、実際居なくなった後に残ってるのは虚しさだけだ。……それじゃ、僕が心の中ではあの爺たちの事を必要としてたみたいじゃないか」


 心の底から自嘲するように、吐き捨てるようにガリウスは自問の末に得た答えを言葉にする。普段は吹けば飛ぶほど軽く聞こえるその声音が、今はどんな物よりも重々しい調子を伴ってリリスの耳を打っていた。


 ガリウスが吐露したその想いに、リリスたちはいったい何を返せばいいのか。突如噴出したガリウスの感情に区切りをつけてやることなど、リリスたちにできることなのだろうか。――少なくとも、それに適任なのが自分たちでないことだけは確かなような気がしてならない。


 だが、今ガリウスの想いを聞き取ったのはリリスたち二人だ。……ならば、それに対して答えないのは不誠実のような気がしてならない――



「……支部長、自分がその疑問にお答えしてもよろしいですか?」



――ドアノブが捻られると同時、強い意志のこもった少年の声が扉の外から聞こえてくる。その返事を待たないままにドアが開き、沈鬱としていた雰囲気に一瞬にして風穴が開いた。


「……へ?」


「らしくないですね、支部長。普段の貴方なら自分たちが扉の外に立っていることぐらい会話しながらでも気づけるはずです。……それほどまでに、疲弊していらっしゃるのですか?」


 赤みがかった灰色の視線が扉の向こう側から覗き、訳が分からないといった様子で振り向いたガリウスをまっすぐに貫く。ところどころ土で汚れた騎士服は、彼が少し前まで作業に従事していたことを示しているように思えて。


「私も同感だ、少し前から様子がおかしいとは思っていたが――まさかそこまで追い込まれていたとは予想外だぞ、ガリウス」


「……ルグまで、そこに……‼」


 その少年の後ろから顔を覗かせるように現れたロアルグに、ガリウスはさらに声を震わせる。余裕を取り繕って見せるだけの余地すらなく、ガリウスの全身からは驚きがにじみ出ていた。


 ロアルグが同行しているという事は、その前に立つ少年こそがリリスたちに会いたいと申し出た客人とやらなのだろう。少なくとも見覚えのない顔だが、どこかで間接的に関わったことでもあったのだろうか。


「ルグ、どうして盗み聞きなんてさせたんだい⁉ 支部長が揺らいだら自然とその指揮下にいる騎士たちだって揺らぐんだ、よりにもよって一番聞かせちゃいけない相手に――‼」


「いや、だからこそ聞かせた。お前は自分の心を繕うのが上手いが、故にどれだけ突っ込もうとしても決してボロを出さずに切り抜けて見せるからな。……こうでもしなければ、お前を迷わせているものの正体を掴むことは一生できなかっただろう」


 お前なりのやり方を少し借りてみただけだ、とロアルグは余裕たっぷりに微笑しながらガリウスの言葉に反論する。それにガリウスが何も言えずに息を呑んでいると、それを見つめていた少年がゆっくりとこちらに進み出てきた。


「……リリス様にツバキ様、ですよね。こんなお忙しい状況の中自分のために出向いていただき、本当にありがとうございます。……お二人にお話ししたいことをお伝えするのはもう少しだけ先になってしまうかもしれませんが、一度自己紹介だけでも先にさせていただければ」


 それぞれをまっすぐに見つめながら名前を呼び、少年はゆっくりと姿勢を整える。……瞳と同じ色をした髪の毛が、それに伴ってさらりと揺れた。


 その最中、少年の首筋に白い包帯のようなものが巻かれているのがリリスの視界に入ってくる。しかしそれについて考える暇もないまま、少年は深々とリリスたちに向かって頭を下げて――


「――自分は、ユノ・ラウェーズと申します。……襲撃が起きたあの日、短い間ではありますが、マルク様と行動を共にした人間です。差し出がましい話ではあるかと思いますが、今日はその時に感じたことをお伝えしたいと思いましてお呼び出しさせていただきました」


 ゆっくりと頭を挙げながら、少年――ユノは丁寧な口調で名乗る。その直後に付け加えられた情報を理解した瞬間、リリスたちもガリウスと同じように思わず息を呑んだ。

 ガリウスの中で燻り続ける思いも、リリスとツバキが知らないマルクの姿も。帝国へ向かう前に清算しなければならない物はたくさんあるわけで、騎士としてマルクと同じ戦場に立ったユノはたくさんの鍵を握る人物となっていきます。帝国を前にした最後の準備、ぜひご覧ください!

――では、また次回お会いしましょう!

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