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第四十六話『影から見える脅威』

「様子は……ギリギリ見える、か?」


「うん、それが出来るくらいにまでは領域を広げてあるからね。……もう少し、歩み寄ろう」


 声を聴く限りクラウス達のパーティではなさそうだが、それでも俺たちにとってその接触が必ずしもプラスになるわけじゃない。手柄を横取りされるのはあっちも望むような事じゃないだろうし、とりあえず身を潜めるのが一番の正解に思えた。


「……あの魔物、かなり大きいわね。あの怪物ほどじゃないけど、そこそこ気張っていかないと倒せなさそうだわ」


 俺よりも足早に魔物の姿を拝みに行ったリリスが、その戦況を見つめてそう評する。俺よりも何倍も戦闘経験を積んでいるであろうリリスがそんな風に言うのはどこか珍しいような気がして、俺も足早に戦況が覗けるところまで歩を進めた。


「……うお、確かにヤバそうだな……。ここに来てるってことはそこそこ手練れのパーティなんだろうけど、それでも足元をすくわれるかもしれねえぞ」


「でしょう? 不意打ちが通るならいくらでもやりようはあるけど、正面から倒そうと思うと少し面倒なことになりそうだわ。私たちが助太刀するような事態にならないことを願うばかりね」


 俺たちの視線の先には、三メートルほどの巨躯を軽やかに揺らしている魔物がいる。その背中からは手が不自然な感じで生えており、その三本の手が冒険者たちを誘うかのようにゆらゆらと揺れていた。冒険者として生きてきてそこそこの時間は経っているが、あんな魔物は初めて見たな……。


「……あの手、なんだか嫌な感じがするね。手数が増えるとか、そんな単純な話では終わらなそうだ」


「そうね。……単なる力押しじゃない何かが、あそこにはある気がするわ」


 わずかに顔をしかめるツバキに、リリスも大きく頷く。今までどこか余裕のあったリリスが、ここに来てその雰囲気を引き締めていた。それほどまでにあの魔物は今までのそれと何かが違うということなのだろう。


 頭を乗り越えるようにして前に向けられている三本目の手さえなければただのでかめの魔物と言った感じなのだが、それがあるだけで魔物の異形感はどうしようもなく増幅されている。夜の暗がりでコイツと唐突に遭遇したらと思うと、背中に冷や汗が伝った。


 正直なところあんまりじっと観察したくもないのだが、魔物を観察するというのは冒険者にとってなくてはならない過程の一つだ。そう自分に言い聞かせて、俺は魔物に再度視線を戻した。


「……構えろ。次の攻撃は、もっと苛烈かもしれねえぞ」


 さっきと同じ声が、姿勢を低くしながら仲間たちにそう告げる。大槌を両手で構えたその男の背後に仲間と思しき人物が三人か四人構えているのを見るに、あの声の主が切り込み隊長兼リーダーという立ち位置だろうか。


 淡々としたその口ぶりからすると、俺たちが気づくよりも早く接敵自体は行われていたらしい。何度かの衝突を経て大きな崩れがないのを見るに、今のところ大きな戦力差はないと見てよさそうだった。


 再度戦闘態勢に入ったことを魔物の方も認識したのか、背中から生やした手をピンと伸ばして冒険者たちを威嚇するような姿勢を取る。明らかに人のものとは違う手のひらがはっきりと見えて、改めて俺の背筋をゾクリと寒気が走った。


「……行くぞ‼」


 魔物から放たれるプレッシャーにに気づいていないのか、あるいは気づいていても無視したのか。一切怯むことなく地面を蹴りだした男の体は、五メートル以上はあった彼我の距離を三歩で詰め切って見せる。さぞ重たい武器だろうに、それを大きく振りかぶる姿には無理している様子が一切見受けられなかった。


「……アレ自体が魔道具、あるいは補助魔法が後衛からかけられてるのかしら。なんにせよ、ここに来る冒険者がある程度の手練れだってことは確信できる動きね」


「そうだね。大きく構えも取れているし、ハンマー使いとしては悪くない。商会の使えない護衛たちにも見習ってもらいたいくらいだよ」


 俺からすればそれだけで拍手を贈りたいくらいなのだが、素手からで何とかなる二人組はあくまで冷静にその戦闘を見つめている。冒険者の平均レベルをよく知らないこともあって、その視線はあくまでフラットに戦況を捉えていた。


「ど……らああああっ‼」


「ゴル……ラオオッ‼」


 そんな観衆たちの存在はつゆ知らず、ダンジョンの空間に男の気合と魔物の咆哮が交錯する。男が横振りで繰り出した一撃を、魔物は肩から生えた両手を使うようにして受け止めた。それでもなお衝撃は受け止め切れないのか、魔物の巨体が二メートルほど後ずさる。


「おお、思った以上にいい威力だね。あれなら前衛を張るには相応しいよ」


 ツバキが素直な賞賛を贈っているように、いくらパワー系の武器を使用しているとはいえその威力はすさまじいものだ。魔物はその一撃を受け止めるのに割と手いっぱいになっているし、前衛としての仕事は十二分に果たしていると言ってもいいだろう。


「……今だお前ら、やれッ‼」


 魔物との拮抗状態を保ったまま、男は後衛の術師たちに指示を出す。それを待っていたと言わんばかりに、男の背後から種々様々な属性の魔術が標的に向かって打ち放たれた。


 規模も速度もまちまちだが、かえってそれが魔物にとっての防御しづらさを生んでいる。その一連の流れは長い研鑽によって生まれたものにほかならず、ここにいる冒険者が魔物たちに決して劣っていないことを示すもので――


「……ああ、これはダメね」


「……え?」


 明らかに冒険者優位なその状況を見て、リリスが何故か首を横に振る。それに疑問の言葉を返すより先に、俺を強烈な耳鳴りが襲った。


 キーンと脳内で音が響き、俺は思わず顔をしかめる。静かな部屋で時折聞こえてくるような耳鳴りとは全く違うそれに、呻くような声が口からこぼれた。


 それは何の前触れもなく、唐突に現れたはずの苦痛だ。しかし、その隣ではリリスが平然とした表情でいつの間にか耳を塞いでいて――


「あの魔物の本質は力じゃない。……それに気づいて動けない時点で、魔物の優勢は決まったようなものだわ」


「どう……いう、ことだ……?」


 耳鳴りが邪魔する中で、リリスの声が何とかこちらまで届いてくる。しかし、そのアドバイスが冒険者たちに届くはずもない。この状況を理解できているのは、きっと仕掛けた魔物自身とリリスだけだ。


「何、が……⁉」


 男たちも俺たちと同じく耳鳴りに襲われているのだろう、顔をしかめて呻き声のようなものを上げている。しかし、それでもなお魔術は魔物へと向かい、繰り出された大槌は魔物の両手を塞いでいる。魔術さえ直撃すれば、まだ戦況はいくらでも――


「ガ……ルオッ‼」


 そんな俺の考えは、迫りくる魔術に対して向けられた三本目の腕によって否定される。魔物の咆哮とともに放たれた何かが魔術師たちの研鑽の証を無慈悲に打ち砕き、轟音がダンジョンの中へと響き渡った。

ダンジョンの真の脅威はここからです!果たしてマルクたちはこの猛威にどう対応するのか、楽しんでいただければなと思います!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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