表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

474/607

第四百五十八話『聴衆たちの熱』

「――では、改めて手ほどきを始めるとしよう。小娘たち、準備はよいな?」


 大きな黒板を前に立ち普段は付けていない黒縁の眼鏡を装着したフェイが、いつもより大人びた声色でリリスたちに問いかける。大きめに作られた席に隣り合って並んでいた二人は、それにコクリと首を縦に振った。


 それに少し遅れるようにして、二人の後ろに座っているたくさんの騎士団員もまた一斉に頷く。その中にはアネットやガリウス、果てはロアルグの姿までもがあった。


 騎士団に手ほどきの様子を公開するのは事前に取り決めておいたことだが、その規模は想定していたよりも遥かに大きい。フェイが要求した『この施設の中で一番大きな部屋』は、その気になれば騎士団を全員座らせられるのではないかと思えるほどに広々としていた。


「よし、それでは始めるとしよう。……んん、後ろの者ども、これで妾の声は聞こえるか?」


 リリスたちの反応にフェイもまた軽く頷いて、軽く息を整えてから目の前にある拡声の魔道具へと改めて声を吹き込む。それに乗せられた声はこの広い部屋全体を反響し、隅に座っている騎士たちにまではっきりとその声を行き渡らせた。


「さて、貴様らにはまず最初に命じなければならないことがある。妾の手ほどきを受けに居た以上、今までに学んだ魔術に対する常識の一切を捨てよ。こと魔術において『常識』や『伝統』などと言うものは術者の可能性を狭める枷にしかならぬ。今から座学を通じて貴様らに叩きこむのは、今までの人生で押し付けられてきた枷を外すための術と言っても過言ではないほどじゃ」


 段々とスイッチが入ってきたのか、二日前に二人に対して説明した時よりも熱のこもった口調でフェイは全員に語りかける。『常識を捨てろ』と言われたことで騎士たちは少しざわついているようだったが、その迫力の前に具体的な声を上げる騎士は一人もいなかった。


「貴様ら人間も、そして妾たち精霊でさえも、魔術の、そして魔力の真髄を完璧に掴んだ存在など未だかつてこの世に存在せぬ。妾たちは何らかの理由をもって不完全な形で魔力を理解し、それを魔術へと変換しているのみじゃ。……妾が思うに、それが個体によって得意な魔術が異なる事にも繋がっているのじゃろう」


「へえ、少し意外だな。フェイはてっきり自分の魔力に対する理解に絶対的な自信を持ってると思ってたんだけど」


 想像以上に謙虚なフェイの立ち位置に、ツバキは軽く手を挙げながらそんな質問を差し挟む。常に傲慢かつ不遜、しかしそれに見合っただけの実力を兼ね備えるフェイにしては、確かにその発言は少し弱気であると言わざるを得ないものだ。


「そりゃそうじゃろう、妾にとて扱えない魔術はある。貴様の影も、あの小僧の修復術も、妾が修得するにはおそらくすさまじい時間がかかる。その時点で、妾とて不完全な存在であることは自明の理と言うものじゃろうよ」


 しかし、それにフェイは少し悔しさをにじませながらもはっきりとした肯定を返す。自らの現状を過不足なく理解しているからこそ普段の態度があるのだろうと、リリスは改めてそう確信した。


「つまりじゃな、この世界が生まれてから今に至るまで魔力に対して明確な答えが出たことなどない。明確な真理を持たぬものに『常識』とやらを見出してみたところで、それはどこまで行っても大多数が抱く共同幻想にすぎぬ。多数派であることへの安心感に縋りついて生きていきたいというのなら止めはせぬが、妾の手ほどきは一切の意味を成さないものと思っておけ」


 少し語気を強め、フェイはリリスたち二人と言うよりは騎士団の方を向いて語りかける。それは顔合わせの時にアネットへと進言していたことの焼き直し、共同戦線に加わらんとする者への警告だ。


「今から貴様らが臨むのは常識の外に居る魔術師たちとの闘いだ。妾たちと共闘せんとするならば、今までに培ってきた常識や固定観念を全てかなぐり捨てよ。……でなくば、貴様らは一人残らず帝国に骨を埋めることになるじゃろうな」


――ゾクリ、と。


 あまりにも冷たく騎士たちの末路を予言したフェイの姿に、思わずリリスの背筋にも震えが走る。脅す意志などは一つもないだろうが、騎士たちを睨むその姿は凄まじい威圧感を纏っていた。


 それはきっと長く生きてきたからこそ、数多の死を見てきたからこそのものだ。今まで出会ってきた誰が持つものとも質が違う。お互いが生き続ける限り決して覆らない年季の差が、リリスたちとフェイの間には横たわっている。


 起こっていたざわめきは全て鎮まり、聴衆すべての視線がフェイへと集中する。……しかし、それでも席を立つ者は一人としていなかった。


「……うむ、騎士と言うのも中々捨てたものではないの。よほど精神を鍛え上げられているのか、それとも事前に覚悟が決まった者だけをここに集めたか――何にせよ、そのような者たちを教えられるというのは快いことじゃ」


 一人として揺らぐことのない騎士たちを前にして、フェイは一転して柔らかい表情を浮かべる。レイチェルを見つめる時のそれとどこか似たような雰囲気も感じる緑色の視線は、フェイの人間に対する想いを言葉よりも雄弁に語っているような気がした。


 フェイが出会ったグリンノート家の祖先は、きっと本当に心優しい人物だったのだろう。自由に生きることを選んだ精霊が受肉して力を貸し、長い時を超えて復活した今でも人間に寄り添おうとする。……そこに至るまでには、きっと様々なことがあったはずで。


「いいじゃろう、それならば妾も騎士団に門戸を開いた甲斐があった。……貴様らの全員が生きて帰るかは保証出来ぬが、それでも妾なら万に一つもない生存の可能性を四割から五割程には引き上げられる。では、ここで改めて問おう」


 固唾を飲みながら聴衆に徹する騎士たちの前で、フェイは今までになく熱のこもった様子で語りかける。そして最後の仕上げと言わんばかりに、ぐるりと広い部屋の全体を見渡すと――


「――貴様ら、常識をかなぐり捨てる準備はできたな?」


「「「「「「おおおおおおおーーーーッ‼」」」」」」


 覚悟を問うフェイの言葉に、騎士たちの力強い声が部屋を揺らさんばかりに響き渡る。それは、騎士たちがフェイを師として完全に認めた瞬間だった。


 あくまでゲストとしての参加だったはずの騎士たちさえも、フェイの言葉を受けて学びを受ける弟子へと変わる。それがたとえ座学のみの限定的なものだったとしても、長い間積み重ねてきた知識を得ることは騎士たちの在り方を大きく変えることになるだろう。


「よし、その心意気を忘れるでないぞ。常識に囚われず、各々の形で魔力を捉えよ。……貴様らがこの二日間で磨くのは、自らの魔力の形を明確に思い描く『想像力』じゃ」


 たくさんの弟子を前にしたフェイは不敵に笑い、二日前もそうしたようにこめかみを軽く指でつつく。その表情がとても楽しそうなものに見えたのは、きっとリリスの気のせいではないはずだ。


「魔力とは本来形も大きさも不定形、それを定めるのは妾たち魔術師に他ならぬ。そこに正解も不正解もなく、ただ個体差が存在するのみじゃ。――故に、改めて想像せよ。貴様らが魔術を行使するとき、どのようなイメージをそれに乗せているのか。そのイメージの形こそ、貴様らが無意識に定義している魔力と言うものの在り方じゃ」


『想像』という二文字を黒板に書き込み、フェイの手ほどきは実践編へと移っていく。屋敷での講釈の続きが始まったことにどこか胸を躍らせながら、リリスは瞑目して自らの魔術を思い描いた。

 次回、『想像』力をみがくためのメニュー本格開幕です! 目前に迫る熾烈な戦いを前にステップアップを目指す共同戦線一同の姿、ぜひご覧いただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ