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第四百五十六話『小さき師』

「ほー、こりゃまた随分と整った部屋じゃのう。しばらく留守にしておったとは思えぬぐらいの清潔さじゃ」


「この屋敷に越してきた時、ボクたち総出で大掃除をしたからね。人が住まないと家はダメになるって言うけど、二週間ぐらいだったら大丈夫さ」


 興味津々と言った様子で部屋の中を見回すフェイに、ツバキは誇らしげな表情で応える。あの時一番掃除に乗り気だったのもツバキだったし、実は家事好きの一面があるのかもしれなかった。


「ほんと、何回見てもパーティで住むにはぴったりな場所だね。……リリス、あたしたち本当にここに泊めてもらっていいの?」


 その一歩後ろでフェイに倣って屋敷を見回していたレイチェルもまた、好奇心に目を輝かせながらそんなことを問いかけてくる。その様子が明るいものであることにひとまず安堵しながら、リリスははっきりと頷いた。


「ええ、私達だけじゃ持て余す大きさをしてるもの。実を言うとね、『この先仲間が増えた時のために』ってマルクが最初から大きめの家を選んでたのよ」


「そして今、妾たちがその判断の正しさを証明したというわけじゃな。妾が見込んだ通り、やはり小僧は頭の切れる男じゃ」


 一時的とはいえレイチェルを任せた甲斐もあったというものよ――と。


 手近なソファーにゆったりと腰かけながら、フェイは満足そうにマルクへの称賛の言葉を述べる。その弾力が気に入ったのか、フェイは手招きでレイチェルを呼びながら延々と身体を上下に揺さぶっていた。


 ほどなくしてレイチェルが参戦することで、その上下動は更に大きなものになる。そうやって二人で満喫している光景は、まるで姉妹がじゃれ合っているかのようだった。


(――その場合、姉は間違いなくレイチェルだけどね)


 尊大な態度に見合わず小柄なフェイの体躯を見つめながら、リリスは内心しみじみと呟く。器を得るにあたってどんなやり取りがあったかは分からないが、ぱっと目算してもフェイは間違いなく百四十センチを下回っている。共同戦線の中心メンバーが一堂に会せば、その身長差は嫌でも目立たざるを得ないだろう。


 だが、それを理由にフェイを軽んじている者は誰もいない。というか、会議中であればフェイがそこまで小柄であると気づく人の方が少数派だろう。素の尊大な態度も相まって、正面から相対した時のフェイの自分よりむしろ大きく感じてしまうぐらいだ。


 実際普段通りにしていても抑えきれない魔力の気配を立ち上らせているし、少なくともリリスにとっては自分より大きな相手ではあるのだが。影魔術が暴走していた時のメリアや目を紅く輝かせていた時のクラウスと遜色ないレベルの気配を、フェイはまるで日常のように漂わせている。


 これが戦闘になってさらに膨れ上がることを思えば、クライヴと渡り合えたのにも納得できるというものだ。……逆に言えば、そこまでしてもなお仕留め切れないクライヴがますます不気味になってしまうという事でもあるが――


「……くつろいでるところ悪いけど、少し聞いてもいいかしら?」


 あれこれと思索を脳内で巡らせつつ、しばらく経った今でも上機嫌に体を上下させているフェイに声をかける。それで揺れが止まることはなかったが、視線だけははっきりとリリスの方へ向けられていた。


「かまわぬぞ、いずれにせよ手ほどきで何度も質問することになる故な。……と言うよりも、妾たちをここに招いたのはむしろそれが目的じゃろう?」


「ああ、気になることがあったらすぐに聞きに行ける環境があった方がいいだろう。……それに、内緒話をするための部屋とかもね。普通の宿じゃそこら辺の融通は利かないけど、ボクらの家ならそのための感興は揃ってる。修復術に関してより深い話がしたいとかだったら、ここ以上にいい場所はそうそうないだろうね」


 意趣返しのようなフェイの質問に、発案者であるツバキはその意志があることを認める。交渉の舞台での発言は少なかったが、それでも水面下でツバキがあれこれと動いていることをリリスは知っていた。


「これから会議がどう転んでいくにしても、クライヴ本人とは直接ボクたちが対面したい。……いや、何とかしてそういう方向にもっていくつもりだ。となれば、ボクたちは誰よりも修復術の事を知っておく必要がある。修復術と関わった人は多かれ少なかれ魔術の常識から外れてるって言ってたけど、君も誰彼構わず常識から逸脱させたいわけじゃないだろう?」


 見透かされることすらも見透かしていたかのように、つらつらとツバキは言葉を投げかける。これにはフェイも予想外だったのか目を丸くしていたが、やがて口の端から「くは」と笑い声が漏れた。


「ああそうだ、培ってきた常識を投げ打って進むことは才能を要する故な。……だが小娘たち、貴様らにはその適正がある。貴様らとともに生活できるというのなら、王都で過ごす日々も退屈はしなくて済みそうじゃ」


 これだけ上等な設備もある事じゃしな――と。


 幼い容姿にはそぐわない大人びた愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、フェイはソファーの背もたれに大きく体重を預ける。とても無邪気と評価することが出来ないその態度は、しかしなぜだかフェイの素の部分を見ているかのような錯覚に陥らせた。


 初対面からフェイの振る舞いはずっと尊大なままだが、それに不快感が伴わないのはそうするに値するだけの実力と貢献を随所で発揮しているからなのだろう。もしフェイが協力的な態度を取っていなければ、ベルメウでの犠牲者は倍以上に膨れ上がっていてもおかしくはない。


 改めてフェイが師でよかったと、リリスは心からそう思う。――己の身の程を客観的に理解している強者ほど恐ろしい相手はいないことを、リリスはアグニとの戦闘から居たいほどに理解していた。


「さて、何か質問があったのじゃったな。エルフの小娘、何が気になっておる?」


 愉快さの波がひとしきり収まったのか、フェイは落ち着いた様子でリリスの方へと水を向ける。それに軽く頷きを返すと、リリスは帰路の間ずっと抱いていた疑問を投げかけた。


「簡単な話よ。座学を二日間行うってのが本気で言ってることなのか、それを確認したかっただけ」


「……ああ、そのことについてか。確かにあの場では説明が足りておらなんだな」


 単刀直入に投じられた問いかけに、フェイは顎に手を当てて考え込む姿勢を取る。そのまま二秒ほど瞑目すると、改めてその宝石のような瞳をリリスの方へと向けた。


「せっかくだ、ここでも少し座学の時間と行こう。……小娘よ、座学と聞いて何を想像した?」


「何を、って――そりゃ魔力に関しての事よ。常識から外れてるって言ったんだもの。だからその中身がどうなってるのかとか、そういうことを伝えるんじゃないの?」


 別に座学を軽蔑しているわけではないし、新しいことを学ぶために座学の時間が必要なのは理解できる。ただ、逆に言えばリリスにとって座学はそれだけだ。……それに二日間費やすとなれば、学ぶ対象である魔力の性質が複雑怪奇な物であることは容易に想像できる。


 だからこそ、リリスはその話を聞いた時背筋を凍り付かせたのだ。……何せリリスは、研究院で自分が座学向きの人間ではないことを再確認する機会を得ていたのだから。


 だからこそその答えには結構自信があったのだが、それに反してフェイは何とも言えない表情で首を捻る。そのまましばらく考え込むように唸り声を上げたのち、フェイは軽く息を吐いてから口を開いた。


「……まあ、五割は正解って所じゃな。じゃがそれはあくまで前提にすぎん、割くのはせいぜい一時間未満じゃ。魔力の理論やらを組み立てるのは魔術師の仕事、あくまで妾たちは戦士じゃ。……故に、座学において時間をかけるべき本質は別の所にある」


「本質……? 座学は実践の前段階なのに、そこに本質があるの?」


「ああそうじゃ、座学には座学でしか掴めぬ戦闘の本質がある。……騎士団の連中にも改めて聞かせるつもりじゃが、特別に今ここでも教えてやろう」


 少しもったいぶったように言葉を切り、フェイの表情が師としてのそれに切り替えられる。王都最強と言ってもいい冒険者を前に師を名乗ることを許される唯一の存在は、右手の人差し指でこめかみのあたりをトントンと叩いて――


「座学の本質はの、想像力を磨く事じゃ。常識を打ち破るイメージを明確に脳内で作り出すことが、あの者らに打ち勝つための前提条件と言ってもいいほどじゃ」


 悪戯っぽく笑いながら、はっきりと問いかけへの答えを口にした。

 さて、フェイの言葉の真意やいかに! また一つ階段を上るべく奮闘するリリスたちの姿を応援していただきつつ、少しづつ近づく帝国行きの足音をお楽しみにしていただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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