第四十五話『静かに迫る崩壊』
「……そこまで推測できたのか。お前の考え通り、遠くないうちにそれは起きると思うぞ」
恐る恐る投げかけられた仮説を、俺は迷うことなく肯定する。冗談でも何でもなく、これはもうすぐクラウス達『双頭の獅子』に降りかかりうる現実だ。
俺の恩恵は確かに目に見えないし、何がどうなって体が軽くなっているかを知っている奴は今の『双頭の獅子』の中にはいない。だからこそ俺の事を軽視できたのだろうが、それがクラウスにとっての致命打だ。魔術師の雑な運用を俺がいなくなった後もしていたら、間違いなく『双頭の獅子』の後衛術師は半壊するだろうな。
「それが始まるのが早くて俺の追放から二週間後くらい、つまり今なんだが。……今日この場で、『双頭の獅子』の魔術師が一人減る可能性は大いにありうるな」
俺がいなくなったことによる弊害の中に、即効性がある物はない。ただ、『今までも大丈夫だったから』という理由だけで無茶なことをすれば、ほどなくせずにクラウス一行のメンバーは一人減ることになる。今まで大丈夫だったのは、俺が陰でこっそりと魔術師たちのアフターケアをしていたからに他ならないんだからな。追放される日に俺が話した「俺の仕事は皆が頑張ってからが本番」って言葉には、全く何の嘘も含まれちゃいないのだ。
「……マルク、まさかここまで見越して宣戦布告を叩きつけてたりしないわよね……? アイツを煽れば無茶な行動が増えるから、それに伴って魔術師に負担がかかるんじゃないか、なんて」
ツバキの指摘によって明らかになった未来予想図に、リリスが真剣な表情を浮かべて俺にそう問いかけてくる。その質問に迷いなく頷けたら俺も策士を名乗れたのかもしれないが、流石にそこまでは計算していないところだ。
「あそこで煽ったのは私怨以外の何でもねえよ。今まで理不尽を押し付けてきた相手に対して、一番プライドが逆なでされるようなやり方を考えたらああなったってだけだ」
「なんというか、それはそれでえげつなさを感じるところではあるけどね……。結果的に、マルクの離脱は『双頭の獅子』に遅効性の毒を仕込んだことにはなるわけだ」
「アイツが追放って言いだした瞬間、そうなるのはなんとなく想像できたけどな。ダンジョン開きがそこに被ったのは全くの偶然だし、ピンポイントで狙えるような事でもねえよ」
ツバキの表現に則るなら俺の存在が解毒剤ということになるのだろうが、それをクラウスはみすみす手放したってだけの話だからな。そこに俺の責任は無くて、ただただクラウスのミスだけが残っているだけだった。
「ボクたちの登場で焦っているところにそんな事実があれば空中分解も待ったなしだろうけど……最悪の場合、それが原因で今日命を落とす人が現れかねないということか」
「魔術を打てなくなった人間を労わるほどクラウスはできた人間じゃねえからな。……まあ、危機になったら真っ先に捨て置くのはそうなった奴だろ」
苦い顔をするツバキに、俺は神妙な表情で頷く。クラウス周りの戦力が減るのは嬉しい事だが、だからと言ってその犠牲を素直に喜ぶのもなんだか間違っているような気がした。
考えたくもない話なのに、クラウスが仲間を見捨てるところを容易に想像できるのが悪いところだ。その構図を考えてしまうと、クラウス以外に厳しく成り切れないのが俺の甘いところなのかもしれなかった。顔を合わせたいとも思えないけど、だからと言ってクラウスと同じ目に合い続けてほしいわけではないしな。
「……もしもそうなった『双頭の獅子』の元メンバーがいるとしてさ、お前たちだったら助けるか?」
そんな考えが頭をよぎったこともあって、俺は二人にそんな問いを投げかける。無慈悲に見捨てるような真似をしたくはないが、二人の同意を得ずにそれをやるのも筋が通らない話な気がした。
「余裕があればね。そこで見捨てるのも後味が悪いし、何より過去の私を思い出して嫌な気分になるわ」
「リリスがそういうなら、ボクもできるだけ見捨てることはしたくないな。……まあ、だからと言って敵の戦力を無償で助けてあげるのも癪に障りはするけどさ」
「……そっか。良かった、俺も同じ考えだよ」
完全に素直じゃないにせよ、助けるという方針だけは俺と一致してくれているようだ。二人の無事が最優先なことは絶対に揺らがないが、いざという時には迷わず助けられそうで何よりだな。
「ま、一度見捨てたパーティに戻ろうってなる人も少ないだろうからね。感情的にも戦術的にも助ける方がいい戦術だとは思うよ」
「かと言ってどこまで俺たちの力になってくれるかもわかりはしないけどな……修復術師として負傷者を助けることをお前たちが許してくれてよかった」
魔術神経が損傷するというのは人体に大きな影響を及ぼすことを、俺は修業時代から何度も見て来たからな。そんな苦しい中で死んでほしくないし、そんな苦しい思いと付き合いながら生きていく姿を見るようなこともしたくなかった。
「ほんと、マルクが優しい術師でよかったよね。君にしかできない修復をちらつかせさえすれば、金なんていくらでも稼げるだろうに」
俺がほっと胸をなでおろしていると、剥ぎ取りを終えたツバキが立ち上がりながらそう口にする。一瞬説得力のある理屈かに思われたそれは、俺の脳裏によぎった一人の人間の影によって全否定された。
「いいや、んなことはいつまでも続かねえな。仮に噂になっちまったら師匠が俺の事をぶん殴りに来ちまう」
ただでさえ手が早い師匠だったし、俺がそんなことに手を染めたと知れば一発限りじゃすまないだろう。あの人は俺の修復術式のさらに一歩先を行ってるから、もしかしたら殴られるより酷い目に合うかもしれないな……。
「ずいぶんと物騒な修復術師もいたものね……。まあ、阿漕な商売なんてするものじゃないってことかもしれないけど」
「そういうことだ。価値を見抜けなかった人間が痛い目を見るのはよくても、自分からその価値をひけらかして必要以上の恩を売るのは筋違いって奴だろうしな」
それはどっちかというとクラウスのやり方だからな。アイツとは全く違う方向から、俺たちはこの街の頂点を極めなくてはいけないのだ。
「そのためにも、さっさと次の魔物に行かねえとだな。相変わらず、どっちが中心なのかは分かった物じゃないけど――」
先に剥ぎ取りを終えていた二人に続いて立ち上がり、俺はきょろきょろと次の進行方向を見定める。さてと、俺たちが歩いてきた方角は――
「……おいお前たち、伏せろ‼」
――俺たち三人の誰のものでもない野太い声が反響しながら響いてきたのは、その最中の事だった。響き方や声の遠さから見るに、この先を抜けた通路にいるのだろうか。
瞬間、俺は左右にいる二人と目くばせする。それにツバキはこくりと頷くと、五歩ほど前に歩み出た先の地面に手のひらを当てた。
俺たちの姿を覆い隠す影の領域が広範囲に展開され、俺たちの存在は認知されないものとなる。……この冒険者の存在が俺たちに何をもたらすか、誰も読み切れずにいた。
ということで、マルクが『双頭の獅子』においてどんな役割を果たしていたかをついに詳細な形で描くことができました! クラウスたちに今後どんな困難が降り掛かっていくのか、そしてマルクたちの前に現れたパーティはどんな影響を及ぼすのか! 楽しみにしていただけると幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!