第四百五十二話『精霊たちの取り決め』
「演技が下手じゃぞ、騎士よ。大方少し前から立ち聞きしていたのじゃろう?」
「おっと、流石にフェイの感覚は誤魔化せないか。リリスさんには通じてたみたいだし、もしかしたら行けるんじゃないかと思ったんだけどね」
少し辛辣なフェイの言葉に頭を掻きながら、ガリウスは部屋の中へと入ってくる。いかにも図星を突かれたと言ったその様子に、リリスは思わず目を見開いた。
少なくともリリスにとって、ガリウスは予想だにしていない来客だった。だが、フェイの様子を見ればそれが予測できたことなのは明らかだ。……リリスにすら見えないものを、フェイは確かにその感覚で捉えている。
「……カマをかけたとかじゃないのよね、フェイ?」
「当然じゃ、この程度の偽装魔術で妾を欺こうなどと片腹痛いわ。安心せい小娘、妾の手ほどきを受ければ貴様もこの程度の偽装は看破できるようになるとも」
困ったように笑みを浮かべるガリウスを一瞥して、フェイははっきりとそう断言する。何の気負いもないその態度が、フェイの規格外っぷりをむしろ強めているように思えた。
周囲ではリリスしか持ちえなかった魔力を察知する感覚は、ある種固有の異能であると言ってもよかった。しかしフェイは今リリスのそれをあっけなく上回り、特別な事ではないかのように言い切って見せた。……その衝撃は、今までに感じたことのない類のもので。
「――考えれば考えるほど、あなたが師匠になることがどれだけ贅沢な事か分かるわね」
「そうじゃぞ、本来ならばほぼ確実に起こりえないことじゃ。……故にこそ、妾を失望させるようなことはしてくれるなよ?」
半ば独り言のようなリリスの言葉に頷き、フェイはリリスたちにもう一度念を押す。それに二人揃って首を縦に振っていると、話に置いて行かれたガリウスが苦笑しながら声を上げた。
「……僕も結構特訓してきたはずなんだけど、それすらもフェイの前じゃ『この程度』になっちゃうんだもんね。才能の壁って奴には本当に参っちゃうけど、だからこそ騎士団も一枚噛む価値があるってものだ」
「それは、ボクたちが受ける特訓に君たち騎士団も加わる――ってことでいいのかい?」
「言っておくが妾は推奨せぬぞ、ツバキですら無事について行けるかは不明瞭じゃ、少し他人より優れている程度ではすぐに潰れてもおかしくない。……それでも意志が揺らがぬというならば、それ相応の覚悟か根拠を示してほしい物じゃが――」
ツバキの言葉を引き継ぐようにして、フェイは剣呑な視線をガリウスへと向ける。その態度はかなり強硬なものに見えたが、それを否定するかのようにガリウスは言葉を遮って首を振った。
「ああいやいや、リリスさんたちが受ける特訓と同じものを受けさせる気は端から無いよ。僕たちがするのはあくまで協力、それとほんの少しの底上げさ。早い話が、場所と設備を騎士団から提供しようってこと」
言うなれば裏方だよね、とガリウスは笑いながら付け加える。一見するとリリスたちだけが一方的に得する提案だったが、リリスはそれを頭から信じる気にはなれなかった。
ガリウスが悪人でないのははっきり分かっていることだが、かと言って無償の善意を提供してくれるような人物でないこともリリスは知っている。一見ただの協力に見えるそれにも、何かしらの打算が絡んでいるように見えてならない。
「……『今の内にフェイに恩を売っておこう』とか、そんなことを思ってないでしょうね?」
「考えてない考えてない、流石の僕でも精霊様に恩を売ろうとか考えているわけじゃないさ。……ただ、君たちの特訓を見守ることで騎士団全体の底上げにも活かせる者があるんじゃないかと思ってね。僕たちで場所や設備は提供する代わりに、できればその特訓の様子を見学させてほしい。欲を言うならたまに組手って形でちょっとした指導もしてほしいなってぐらいだよ」
懐疑の視線とともに投げかけられた問いかけに首をぶるぶると振りながら、ガリウスは交換条件を明かす。やはり無償の善意と言うわけではなかったものの、その条件は随分と良心的なものに思えた。
「ああ、その程度なら妾は別に止めぬが――見たところでおいそれと真似を出来る物ではないぞ?」
「それでいいよ、最初から君たちのやり方に食らいつかせようってわけじゃない。ただ、中には僕達の訓練にも使えるメソッドがあるかもしれないからね。そういうのを見つけ次第取り入れていくつもりだけど、それだってあくまで副産物に過ぎないさ」
ニヤリと笑みを浮かべ、そこでガリウスは一度言葉を切る。その表情が浮かぶのは自分の策に自信がある時であるという事を、この五日間でリリスは何となく理解していた。
「……つまり、本当の狙いは別にあると?」
「ああ、僕が本当に期待してるのは精神的な部分さ。……一応トップに立っている僕が言うのもなんだけどさ、騎士たちの中には『自分が選ばれたものである』なんてプライドを抱いて動いてるのも多いんだよ。……んで、そういう勢力から見ると君たちみたいな存在って面白くないんだ」
「……ああ、そういう事ね」
少し呆れた様なガリウスの声色を受けて、リリスはその意図を理解する。……今ガリウスが口にしたものと似たような構図を、リリスも少なからず見たことがあった。
それは、騎士団の設備を借りて修行をしているマルクの様子を見に行った時の事だ。修練場にいる騎士たちは皆マルクに好意的な態度を取っていたが、外に出て耳を澄ませば陰口じみたものはたくさん聞こえてくる。『ぽっと出の冒険者』とか『あの程度の実力で』とか、その多くがマルクを見下すようなものだったことをリリスははっきりと憶えていた。
冒険者と騎士団が一丸となって解決した『ある事件』の後はそれも少し落ち着いてきていたが、だからと言って騎士団全員がマルクを認めたわけじゃない。そのことを思えば、騎士団員のプライドの高さは推して知るべしだ。
「ルグが上手い事立ち回ってくれてさ、僕達の共同戦線は思った以上にスムーズに動き出そうとしてるんだ。けれど、だからと言って騎士が皆それに納得できるわけじゃない。……そんな状態で帝国に向かっても、些細な不和がきっかけで空中分解するのが目に見えてる」
「だからこそ貴様らの設備を借りて修練を積むことで、妾たちが共闘に足る存在だと認識させる――貴様の狙いはそんなところか?」
「そうそう、要は君たちの方がポテンシャルは上だって証明してくれればいいんだよ。騎士になったってだけで居丈高になってる奴らの鼻っ柱を圧し折ってくれれば、僕達としても動かしやすくなるし」
打てば響く様なフェイの確認に、ガリウスは悪辣な笑みを浮かべながら肯定を返す。レイチェル曰く『すごく部下想いな人』ではあるらしいのだが、今この表情だけを見てそうだと思う事は流石に難しかった。
「騎士になれた時点でそりゃ光る物を持っているのは確かだけど、今から向かうのは帝国だ。自分が井の中の蛙だってことを認識できない騎士は、きっとその大半が命を落とす。……自己責任とはいえ、同じ騎士が命を落とすのはあまり気分のいい物じゃないしね」
「成程、それなら確かに妾たちが適任だろうな。……いいだろう、妾はその提案に乗るのもやぶさかではない。とはいえ、小娘たちの意見を無視して決められるものでもないが――」
「私はいいわよ、共闘するならいずれ顔見せは必要になるし。マルクを取り戻すためにそれが有用なら、私はいくらでも協力するわ」
「ボクもリリスと同意見だ。帝国で大手を振って活動するなら騎士団の力は絶対必要になるし、間違っても不和を起こすわけにはいかないからね。作戦前に認め合えるならそれに越したことはないさ」
ガリウスの考え方にフェイが賛同したのをきっかけに、リリスとツバキもその方針に従う意思を示す。リリスとツバキの力だけでどうにかなるならいざ知らず、問題に関わる面々全ての力を借りられなければリリスの望みは叶わないものだ。それに、きっとマルクなら快くその提案を受け入れていただろう。
ここまでにマルクと一緒に積み重ねてきた関係を引き継ぐ形で、リリスたちは様々な助力を受け取ることが出来ている。なら、それをリリスが台無しにすることは絶対にしてはいけないことだ。
「ありがとう、とても助かるよ。代わりにと言っては何だけど、僕達も出来る限りの人員を帝国に連れて行けるように尽力しよう。君たちのリーダーは、間違いなく王国随一の功労者だからね」
「ええ、ぜひそうして頂戴。――もちろん、私たちも全力を尽くすわ」
『全てを投げ打つ覚悟で来い』と、そうクライヴはリリスたちに言い残した。それが相手の望みならば、想定を上回る以上の戦力を揃えてやろうではないか。……それほどまでにマルクは特別なのだと、そう伝えるためにも。
精霊と騎士、そして冒険者が、再びベルメウにて取り決めを交わす。奪われた大切な存在を取り戻すために、あるいは都市を傷つけられたツケを払わせるために。――決戦の時は、遠くない未来に確かに近づきつつあった。
次回、第五章完結となります! 色々と決着つかずなままに放ってしまいますが、ここからはマルク奪還のための戦いということで! 帝国に向けて動き出すリリスたちの姿、これからも応援していただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




