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第四十三話『譲れない役割』

「マルクの言う通りだね。ここまではあくまで下準備、あるいは前提と言ってもいいものだ。ここから結果を残してこそボクたちが来た意味も生まれるってものだよ」


 ツバキの声が聞こえた瞬間、俺たちの体を包み込んでいた影がゆっくりと薄れていく。それに伴うようにして俺の体もゆっくりと降下し、完全に消える頃には俺は石造りの床に座り込んでいた。


 身体がすっ飛んだ時は肝が冷えたが、どうやら三人揃ってケガはしていなさそうだ。リリスの咄嗟のオーダーに百点満点の解答を出して見せたツバキの技量には拍手しかないな……。


「……リリス、初めからこれがある事を想定しての作戦だったのか?」


 尻に着いた土を軽く払いつつ、少し離れたところに立っているリリスに問いかける。それに対して返ってきたのは、清々しいくらいに迷いのない頷きだった。


「当然よ、私の無茶をフォローするのがツバキの役目だし。昔からこれでやってきたんだもの、今更ツバキ抜きで作戦を考えろって言われる方が難しいわ」


「自分にできることとできないことを把握することにかけてはリリス以上の逸材はいないからね。大丈夫、これくらいのフォローだったら日常茶飯事だったからさ」


「お前たちの日常、どれだけ殺伐としてたんだよ……」


 そりゃ護衛だから穏やかな日常ばかりではないだろうけど、この規模のフォローを日常茶飯事って言えるのは流石にスケールが違いすぎる。それに比べたら、冒険者としての仕事ってもしかしたら安全だったのかもしれないな……。


 何も特別な事ではないかのように言い放つ二人に対して、俺は苦笑を浮かべるしかない。二人とパーティを組んでそこそこの時間が経ったが、まだまだ二人の連携には驚かされることになりそうだ。


「さて、それじゃあ晴れて探索開始だな。……まあ、とりあえず周囲の把握をしないといけねえけど」


 奇跡的に目撃者も着地直後に襲撃してくるような魔物もいないという理由だけでここに降り立ったのもあって、右も左も分からないというのが俺たちの現状だ。目撃者がいないという点ではある意味好都合でもあるが、ここから目立つ結果を残すにはどうにかして集団に合流する必要があった。


「改めて考えると中々に無茶な条件だよな……目立つときは目立たなきゃいけねえくせに不要な注目は浴びちゃダメってことだし」


 自分で立てた目標であるとはいえ、そのあまりの厳しさに少しばかり引かざるを得ない。『双頭の獅子』よりも目立つことの厳しさが、その条件にすべて濃縮されているかのようだった。


「ま、無茶な目標を達成するために来てるんだからね。 今まで誰もやらないことをやるんだ、その達成条件が易々と満たせるようなものじゃあつまらないよ」


 そんな俺の呟きを耳ざとく聞きつけて、ツバキが楽しそうな口調で語り掛けてくる。黒い瞳は爛々と輝き、この困難な状況をむしろ歓迎しているように思えた。


「風に巻き込まれた魔物たちは皆吹き飛んでたみたいだし、個体ごとの強さはそう高くないような気もするのよね。ツバキの影魔術を駆使すれば冒険者から目立たないようにするってのはそう難しい事でもないいから、思ってた以上に不可能な話じゃないと思うわよ」


「まあ、言わんとすることは分からないでもないんだけどな……」


 リリスたちの力は疑いようもないし、クラウス達に負けているなんて微塵も思っていない。……ただ、タイミングをミスればそれでも潰されかねないのがダンジョン開きという場の難しさのような気がしてならないだけだ。


「クラウス達と真っ向からぶつかるのはギリギリまで遅らせたいし、あんまり目立ちすぎてクラウス達とは関係のない冒険者たちを敵に回すような事態も避けたい。そういう諸々の事情を思うと、下手な動き方はできねえなってのが本音でさ」


 魔物たちに負けるルートは正直なところ考えられない。……俺たちがここで挫折するとしたら、冒険者たちに寄ってたかって潰されるのが一番あり得る結末だ。そんな終わり方を避けるためには、常に最悪を想定して動くやつが一人は必要だろう。


「人の天敵はどこまで行っても人、ってことか。確かに、警戒する点をそこだと思うなら慎重にならざるを得ないのはあるね」


「目立たないっていう点に関してはもう失敗しているようなものだけどね。ツバキはともかくとしても、私のできることはそんなに多くないし」


 力押しなスタイルなことに自覚はあるらしく、リリスは肩を竦めながらそう答える。あっけらかんとしすぎているような感じはあるが、今はそのシンプルさがありがたかった。


「とにかく、ここでやんややんや言ってるだけでも始まらないでしょ。戦力的な部分は私たちがカバーするから、マルクは私たちの分までたくさん考え続けててちょうだい」


「そうだね、適材適所ってやつだ。……頼りにしているよ、ボクたちのリーダー?」


 くるりと体の向きを変えながらそう言って、リリスは別の小部屋を目指してつかつかと歩き出していく。ツバキが足早にそこへ追いついたことで、頼りがいのある二つの背中が俺の前に並んだ。


「……そうだな。お前たちが気づけないような可能性に気づくのは後ろから見てる俺の役目だ」


 リーダーとして、より長く冒険者という立ち位置にいる先輩として。誰よりも強い二人がのびのびと戦える環境を整えるのは、そんな二人を冒険者の道に引き込んだ俺の役目なのだ。実力も経験も二人に遠く及ばないけれど、それでもこの役割だけは譲れない。


 二人の二歩後を行くようにして、俺たちは本格的な探索を開始する。――騒がしすぎる揺り籠の中に俺たちの存在を轟かせるための戦いは今、誰にも気づかれないまま幕を開けた。

三人の中ではマルクが圧倒的に非力ですが、彼にしか果たせない役割が多くあり、それを自覚できているからこそリーダーとしてやっていけてるのではないかなあと思っています。そんな三人の戦い、是非見守っていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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