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第四百三十五話『一人でも』

 部屋のあちこちから音が立ち、どこを見渡しても黒かった部屋が一瞬にして組み替えられ、本来あるべき色彩を取り戻していく。まるでこの部屋そのものが『ロメット』の本質を覆い隠すための包みの類だったかのように、変化を終えた部屋の装いはあまりにも見違えていた。


「これが、『約定』を果たすためのシステム……」


『肯定。『ロメット』の役目は『約定』の存在を公に晒さないこと、そして正しく『約定』を果たすことが出来る後継者を迎え入れること。……四百六十二年の時を超えた今、それは果たされたと定義します』


 呆気に取られて呟くレイチェルに、無機質な機械音が答える。その声色は何も変わっていないはずなのに、まるでシステムはこちらの存在を認識しているかのようだった。


「……お前は、ただのシステムなんだよな?」


『肯定。皆様が当システムに意識や自我のようなものを見出しているとするのならば、それは自動応答システムに拠る返答が十全に行われているという事でしょう。当システムが所持しているのは、設計者から託された役割とそれを果たすために十分な権限だけです』


 口を突いて飛び出した答えに無機質な答えが返ってきて、俺は何とも言い難いような感情に襲われる。意志あるシステムなどという冒涜的なものが作られていなかったことを安心すればいいのか、それともここに訪れた人間がどう反応するかを見越して先に音声を仕込んでおいた設計者の頭脳を不気味に思えばいいのか。しばらく考えてみても、それに対する答えは出てこないままだった。


「なるほどね、ボクたちの声に反応して自動で応答するシステムが使われてるのか……。ベルメウに来た時から何となく分かってはいたけど、ここにラケルを連れてくるのはよした方がよさそうだなあ」


 俺たちの中で誰よりも魔道具に触れてきたであろうツバキが、肩を竦めながら苦笑する。ラケルもラケルで王都随一の魔道具職人であるはずなのだが、この都市の――というか設計者の技術とは比較にならないレベルだ。……なんというか、出発段階からスケールが違いすぎる。


 どれだけの知能と技術があれば、一つの都市全体を魔道具による基盤で支えるという途方もない計画を達成できるのだろう。ベルメウみたいな都市はほかにないあたり、少なくとも四百年以上前から今までにはいないはずだ。


「そうね、ここの技術は正直『魔道具』ってくくりに入れる方が難しいわ。システムも複雑で、とても一人で作り上げたものだとは思えない。……それを乗っ取って見せた襲撃者の人間もただものじゃなくなってしまうのは癪でしかないけど」


 ツバキに同意しつつ、リリスは少し険しい表情を浮かべる。リリスの言う通り、この街のシステムが硬度になっていけばいくほどそれを乗っ取った襲撃者の技術力は不気味なものになっていくのだ。……一体どうすれば、この都市の魔道具システムのほぼ全てを手中に収めることが出来るのか。


 考えれば考えるほど襲撃者たちの謎は深まっていくばかりだが、しかしアイツらも完璧なわけじゃない。……いくら技術力があろうとも、『約定』を果たすためのシステムまでもを奪う事は出来なかったのだから。


「この都市に来てからと言うもの、ずっとずっとアイツらに先手を取られっぱなしだからな。……だからこそ、ここで一泡吹かせてやらねえとだ」


「ああ、アイツらに教えてやろうじゃないか。たとえ戦いが終わる三秒前まで劣勢だろうが、最後に致命打を与えた方が勝者になるんだってことをね」


 俺の言葉に共鳴するかのように、ツバキはぐっと拳を握りこむ。それを隣に立っているレイチェルの胸元へと向けると、どこか照れたような笑みを浮かべながらゆっくりと触れさせた。


「――んまあ、最後に一泡吹かせるのは君にしかできないんだけどさ。ボクたちが出来るお手伝いは多分ここまで、最後の最後に決めるのは君の特権だよ」


「あたしの、特権……。そうだよね、あたしがグリンノートの血筋なんだもん。どれだけ手伝ってもらったんだとしても、最後に『約定』を果たすのはあたしじゃなきゃ」


 ペンダントを外して少し寂しくなっていたところに滑り込んだツバキの拳に手を重ねて、レイチェルは首を縦に振る。レイチェルの自己評価を考えると、こういう鼓舞はきっと何度あったって足りないものだ。誰が何と言おうと、レイチェル自身がどう思っていようと、レイチェル・グリンノートは連綿と託されてきた役割を全うしようとする立派な人間なのだから。


「――改めてありがとうね、皆。今日の事だけじゃなくて、今までの事も。……皆がいてくれなきゃ、あたしはきっと少しも変われないままだったと思う」


「そんなことはないわよ、あなたはこの半日ですごく成長したんだもの。……本当に変われない人間は、そのための機会を目の前にしてもただ立ちすくむことしかできないはずよ」


 あなたはそうじゃなかったでしょ――と、リリスは自身に満ちた様子できっぱりと断言する。その考え方に関しては、俺もリリスに全面的に同意だった。


 どれだけきっかけが周囲にあろうとも、それを受けて変わろうとするのは自分自身の決意でしかない。レイチェルはこの半日――いや昨日からずっと考え続けて、その上でどうにか変わろうとし続けてきた。最初から成長するための資格は十分にあったってわけだ。


「大丈夫だ、お前はちゃんと守り手様にも認められてる。胸を張って行って来いよ」


 二人の言葉を引き継ぐように、俺はレイチェルの眼を見つめながら拳をまっすぐ突き出す。それが最後の一押しとなったのか、レイチェルは手の中のペンダントを強く握りしめながら笑みを返した。


「そうかな。……あたしは凄いんだって、今から少しだけ勘違いしてきてもいいのかな」


「勘違いしてきなさい、そうしたらきっと精霊にも会えるから。……そうしたら、今までの自分がどう見えてきたか改めて聞けばいいんじゃない?」


 それでもまだ少し遠慮がちなレイチェルに、リリスは軽くウインクを一つ。その問いにどんな答えが返ってくるか、その認識はきっと全員共通だった。


「……うん、分かった。ちょっとだけ自信を持って、守り手様に会いに行ってくるよ」


 俺たち三人の姿を両目に映し出しながら、レイチェルは表情を引き締めて背筋を伸ばす。……その言葉に応えたかのように、部屋の隅からガシャンと音が鳴った。


『グリンノート家当主様による『約定』履行の意志を確認。地下二階、三階への通路を開放しました。なお、この先は当主様以外立ち入り禁止の空間になります』


 淡い緑色の光に縁どられ、地下に続く階段が部屋の片隅に現れる。この部屋の中心を貫くように設計されている螺旋階段とは違い、いかにも隠し通路と言わんばかりの配置だ。


「……この先に、守り手様がいるんだよね。もう少し頑張れば、守り手様と会えるんだよね」


 縁とは対照的に先の見えない階段を見つめながら、レイチェルは緊張気味な様子で呟く。その横顔はまだ僅かに強張っているように見えて、俺は咄嗟に空いた方の手を握り締めた。


『約定』が果たされるまでは俺がレイチェルを独りにしないと、見守っていると守り手様に誓ったのだ。今レイチェルの心の中に緊張が戻ってきているなら、俺はどうにかしてそれを和らげる必要がある。……『切り札』を使おうと決心するまでに、何の迷いもない。


「ああ、俺たちが手伝いできるのはここまでだ。……今俺たちにできるのは、こうやって願いを託すことしかねえ」


 そう口にしながら俺は目を瞑り、あの場所で守り手様に教えられた『切り札』を思い出す。『使いどころは慎重に見極めよ』と厳命されたそのプロセスを手早くなぞり、身体の奥底に秘められている魔力の存在を強く意識して――


「大丈夫だ、お前は絶対に独りじゃない。……どこに行っても、俺たちの想いがついてる」



 今までにしてきた中でも最も大量の魔力を使って、修復術を発動した。


 

 瞬間的にとてつもない脱力感が襲い、気を抜けば地面に崩れ落ちそうになる。だが、ここで『切り札』の存在が知られたらすべてがパーだ。……あくまでこれは、秘密の一手じゃなければいけない。


「ツバキ、リリス、お前たちの想いも改めて籠めてやってくれ。こっからがレイチェルにとって一番の山になるだろうからな」


 そう言いながら手を離し、少し離れた位置でやり取りを見守っていた二人を促す。その表情を見るにリリスは何かを感づいたようだが、何も言わずにいてくれるのが今は何よりもありがたかった。


「……うん、ありがと。そうだよね、あたしは独りで戦いに行くんじゃないもんね」


「そうだ、ちゃんと心はお前に預けとくからな。……次に顔を合わせる時は、俺たちにも守り手様の事を紹介してくれよ?」


「そうだね、守り手様にも皆と仲良くしてもらわなくっちゃ。……それじゃあ、行ってきます!」


 冗談めかした俺の頼みに笑顔で応えて、レイチェルはしっかりとした足取りで階段へと向かって行く。その後ろ姿が見えなくなったと同時、会談への入り口を縁取る光がひときわ強くきらめいて――


『精霊石の認証を確認。――これより、『約定』最終履行段階へと移行します」


 不思議と熱のこもっているように聞こえる機械音声が、部屋いっぱいに響き渡った。

『一人』だけど『独り』じゃないみたいな展開、ベタかもですけど好きなんですよね。果たしてレイチェルはどんな困難に直面するのか、そして願いとともに託したマルクの『切り札』の正体とは! 決着間近の第五章、ぜひお楽しみください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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