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第四百三十四話『偽りの役目を終わらせて』

 部屋の中でまず目につくのは、ひときわ大きな何かの操作盤らしきものだ。巨大な板状の物には何重にも紅い帯のようなものが大量に浮かび上がっていて、本来見せたいはずの表示を完全に覆い隠してしまっている。まず板状の物に何かを投影しているという時点で俺の理解からははみ出してしまっているが、この端末にとっても今が正常ではないことだけははっきりしていた。


「ツバキ、これって……」


「ああ、最上階にあったものよりもさらに大きい。あのオペレートルームこそがこの都市のシステムの頂点に立つ場所だと思ってたけど、まさかここの設備を縮小したものでしかなかったなんてね」


 それはちょっと想像できなかったなあ、と。


 リリスと会話しながらそう呟くツバキの様子は、初めて見る物体に戸惑う俺たちとは違って落ち着いたものだ。多少の驚きの色は浮かんでいたがそれだけで、二人の瞳は至って冷静にこの部屋全体を観察しているように思える。


「オペレートルーム……?」


「ああ、ボクたちはそこを制圧するために都市庁舎に向かっていたんだ。都市庁舎にはエラーが起きた時用の切り札があって、それを使えば都市のシステムは奪還することが出来る。……その計画は潰されちゃったし、その発案者は今こうなってるんだけどさ」


 レイチェルの疑問に少し自嘲気味な返事を口にしながら、ツバキはこちらに背を向ける。椅子と氷魔術を組み合わせてできた背負子に座る男の眼は、どこでもない虚空へと焦点を合わせていた。


「……てかおい、この人って」


「ええ、ウーシェライトの戦いで唯一生き残った人よ。なんでも都市庁舎の職員だったらしくて、私たちにここの奪還を提案してきた張本人なの」


「……え……?」


 明らかに正気を失っているその様子を観察しているうちに得た気づきに、リリスから即座に肯定の意が返ってくる。……それに対して、レイチェルはか細い息をこぼした。


「生き残れたのに、こうなっちゃったの? ……二人と一緒に居たんなら、逃げだせる機会もいっぱいあったはずなのに……」


「そうだね、逃げ出そうと思えばいつでもこの人――ジークは逃げ出すことが出来た。避難所で隠れて、ただこの嵐が過ぎ去るのを待つことだってできただろう。それでも彼は立ち向かう事を選んだんだよ。『私一人の力じゃ足りないから』って言って、ボクたちの事も巻き込んでね」


――それがなかったら、今頃ボクたちはまだ二人のことを探してさまよってるはずだ。


 ショックを隠し切れない様子のレイチェルから目を逸らすことなく、ツバキは淡々と言葉を重ねる。それがジークに対して思い入れがあるからこその行動だというのは、考えるまでもなくすぐに確信できた。


 もう期待していた役割を果たすことは出来ないだろうに、それでもツバキが背負子を使ってまで連れてきているのがその何よりの証拠だ。二人はジークの在り方に何かを見出して、そして尊重しようとした。……レストランへの道半ばで離脱したユノの想いを背負って、俺たちがここまで進んできたように。


「だからねレイチェル、ボクたちは何としてでも生きて帰らないといけないんだ。この状況を生き抜いて、ベルメウの都市機能を取り戻す。それがきっと、ジークの想いに応えることにもなるから」


「……想いに、応える……」


 ツバキの言葉を口の中で復唱しながら、レイチェルは視線を左右へと動かす。変わってしまったジークの姿はレイチェルに多少なりの動揺を与えたようだが、やがてその視線は正面に立つツバキへと戻ってきた。


「うん、分かった。……あたしには、あたしにしかできない応え方があるもんね」


「そうだね、君じゃなきゃできないことがこの場所にはたくさんある。だからどうか、ボクたちの想いだけでも底に持って行ってくれ」


 決意をさらに固めたレイチェルに優しく微笑みかけてから、ツバキは正面の操作盤へと視線を戻す。一足先にリリスがあれこれと触ってみているようだが、まだ芳しい結果は得られてなさそうだ。


「――マルク、聞いた話だと『約定』は地下三階にあるのよね?」


「そのはずだぞ。……まあ、ぱっと見た感じそれっぽいものが見つかんないのも間違いねえけど」


 リリスに聞かれてもう一度ぐるりと部屋を見回してみるが、黒い壁にも天井にも違和感のある部分はない。操作盤以外のどこを向いても代り映えのしない光景を見つめていると、こっちのほうがだんだんと混乱してしまいそうだ。


「よね、だからこの操作盤に何かあるとは思うんだけど――」


 俺たちが歩み寄る間にも、リリスはあれやこれやと操作盤についているボタンを叩き続ける。うっかりその中にここのシステムを終了するような奴があったらと思うと肝が冷えるが、何もしなくても都市庁舎が壊れていく現状でそれを気にしていられるほどの余裕は確かになかった。


「そっちは任せた。俺は少し端の方を見てくる」


「ええ、お願いするわ。……ここまで来て端末の親分みたいな奴以外何もありませんでしたなんて、そんなことはあり得ないもの」


 とりあえず中央部分をリリスに任せ、俺とレイチェルは目配せして左の方へと視線をやる。そこにもやはり大小さまざまなボタンが展開されていて、あれこれと触れてみてもやはり動作する気配はない。この緊急事態でも動作してくれているあたりここが『独立システム』であることは間違いなさそうだが、それをもってしても襲撃者に乗っ取られた機能に繋いで制御権を奪い返すのは難しいってことか。


 そう仮定すると、探すべきなのはまだアイツらに乗っ取られていない、なんなら存在に気づいてすらいないかもしれないシステムの方だ。最上階にあるって話のオペレートルームでは見つけられないような、この部屋独自の――


「……ねえ、マルク」


 そんなところに考えが至ったところで、レイチェルが俺の肩を控えめに指でつつく。ふと振り返ってみれば、その視線は操作盤の上ではなく側面へと注がれていた。


「多分見間違いじゃないとは思うんだけど、一応確認してほしいの。……これ、さっき使った宝石をまた使うってことじゃない?」


 それにつれられて側面を覗き込むと、そこには確かに二つの丸いくぼみがある。……そしてその間には、掠れてはいるが辛うじて『ロメット』と読めるような刻印があった。


 間違いない、あの時に機械音声が告げていたシステムの名前だ。これを起動することが何よりの手がかりになると、俺の直観がそう告げている。


「レイチェルやったな、大正解を引き当てたみたいだ。――おい二人とも、こっちに来てくれー!」


 レイチェルの頭をワシワシと撫でながら、俺は別の場所を探索していた二人を呼び戻す。慌てて駆け寄ってくる二人に操作盤の側面を見るように軽く促すと、一瞬にしてその表情は驚きに染まった。


「側面にこんな仕掛けを施してるなんて――こんなものよく見つけられたわね」


「ううん、あたしがこれを見つけられたのは偶然なの。マルクが操作盤の上は全部観察してくれてるから、それならあたしは操作盤の周りを少し観察しようと思って」


「その結果すぐにこれが引き当てられた、と。……いいね、ここに来てボクたちにもツキが回ってきたのかもしれないや」


 遠慮がちに見つけた経緯を報告するレイチェルとは対照的に、ツバキは高揚感を隠すことなくそのくぼみを見つめる。半球状に開けられた穴がいったい何を待っているのか、もはや疑う余地はなかった。


 ここが約定を守るために作られた場所であるならば、それが待っている人なんて明白だ。……ベルメウの全てが掌握されてもなお、この場所だけは侵されることなく資格ある者の帰りを待っている。


「レイチェル、心の準備はできたか?」


 軽く呼吸を整えながら、隣に立つレイチェルに問いかける。少し間をおいて目を見開いたその表情は、ここまでの道のりで俺を何度も助けてくれた頼もしいものだった。


「うん、大丈夫だよ。あたしが何をしなくちゃいけないのか、もうちゃんと分かったから」


 芯のある声で応えながら、レイチェルは手にした宝石をゆっくりとくぼみに近づけていく。それがコトンと音を立てて同時にはまった直後、地下への扉を開いた時と同じように二つの宝石から光があふれ出して――


『精霊石、守護石の認証ともに異常なし、『ロメット』ダミーシステム終了。秘匿機能、再起動します』


 無機質なようでどこか快哉を挙げているようにも聞こえる音声が響き渡り、鈍い音と共に板に映し出されていた一切合切が消え失せる。それと入れ替わるようにして発され始めた緑色の光は、突然の変化に戸惑う俺たちを優しく照らし出した。


『状況認識、『約定』履行に相応しい状況だと推定。歓迎いたします、グリンノートの血を継ぐ者よ』

 資格を持つ者たちに真の機能を見せた『ロメット』は、彼らを一体どこへと導くのか! 数多の苦難を超えて結末へと進んでいく彼らに待ち受ける最後の試練は一体何か、ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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