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第四百三十三話『螺旋階段の先に』

「ケガ……は、とりあえず大きいのはないみたいね。ちょっと手を貸しなさい、全身治療しちゃうから」


 駆け寄って来るなり有無を言わせず俺の手を取りながら、リリスは俺の手を強く握りしめる。それを通じて全身に温かい感覚が駆け巡り、体のあちこちで密かに存在を主張していた痛みがすうっと引いていくのが分かった。


「分断されてからと言うもの、ずっと気が気じゃなさそうだったもんね。……本当に無事でよかったよ、二人とも」


「大体レイチェルのおかげだよ。レイチェルが腹を括ってくれなかったら、今頃どこで死体になっててもおかしくなかった」


 ツバキにそんな言葉を返しながら、俺は一歩分後ろに立っているレイチェルを空いた方の手で示す。いきなり話題を振られて驚いたのか、レイチェルは軽く頭を掻きながら応えた。


「そんなことないよ、マルクが居なくちゃあたしもここまで来れてないんだから。……それに、騎士団の人たちも。あたし一人の力でできたことなんて、本当に少ししかないんだ」


「そう? ……なんというか、今の貴女からはまるで別人みたいな魔力の気配を感じるんだけど」


 治療を終えて俺の手を離したリリスが、レイチェルの方を向き直ってそんなことを告げる。リリスにしか分からない感覚ではあるが、それが言わんとすることは何となく理解できた。


「ああ、レイチェルはめちゃくちゃ強くなったぞ。守り手様の力を最大限借りられるようになったからな」


 胸元で光るペンダントを目で示しながら、俺は二人に向けてはっきりとそう言い切る。たとえレイチェルがどれだけ否定しようとも、この短時間でレイチェルが魔術師として大きな成長を遂げたのは事実だ。その一部始終を見届けた俺がこうして無事でいることが、その何よりの証拠だろう。


「そのおかげもあって俺たちはガリウスたちと合流できて、『約定』がどこにあるかを聞けたってわけだ。まさかお前たちもここに向かってるとは思わなかったけどな」


「ボクたちだって予想外さ、ここに来たのは君たちを探し出す手掛かりを掴むためだったんだから。まあ、その目的自体は頓挫してしまったわけだけど」


 軽く肩を竦めながら、ツバキは軽く腰を捻って俺たちに背中を見せるような姿勢を取る。それによって、合流した時からツバキが背負っていた物の正体が明らかになる――


「――く、おッ⁉」


 ツバキの背中に背負われたシルエットが全貌を見せるその直前、少し前にも聞いたような爆発音が頭上から響いてくる。それに連鎖するようにして起きた振動が、見ることに意識を割いていた俺の足元を掬った。


 どうにか体勢を整えてしりもちをつくことだけは避けられたが、俺たちの間に漂っていた空気は途端に剣呑な物へと変わる。天井を睨むリリスの目つきは、今までにないぐらいの嫌悪感に満ちていた。


「一刻も早く『自爆機構』の役割は果たさなきゃいけない、ってわけね。……本当にしぶとい奴だわ」


「みたいだね。あれだけ叩きのめしてもへこたれる気は全くないらしい」


 リリスの感情に共鳴するようにして、ツバキも嫌悪感を露わにする。想定した通り、リリスたちはこの炎を巻き起こしている張本人と既にぶつかっていると見てよさそうだった。


「……リリス、今のはヤバい奴か?」


「ヤバいかヤバくないかで言えば滅茶苦茶ヤバいわね。……正直なところ、ほとんど余裕がないと言ってもいいわ」


「ああ、一刻も早く『約定』を果たすために動き出すべきだね。一回だけだったらまだよゆうもあっただろうけど、何回も燃やしに来るなら時間はなさそうだ」


 二人が即座に首を縦に振ったのを見て、俺は状況の重大さを悟る。今までにいくつもの死線を潜り抜けてきた二人の直観以上に頼れるものは、鉄火場になりつつあるこの状況では皆無だ。


「分かった、じゃあすぐにでも移動を始めよう。二人とも、付いてきてくれるよな?」


「当然よ、もう別行動なんて御免だわ」


 俺の最終確認に、リリスは食い気味に答えながら俺の手を握り締める。普段はひんやりと冷たい掌が、なぜか今は熱を帯びているように感じられた。


 その熱を心地よく感じながら、俺はフロアの片隅へと視線をやる。二つの観葉植物に挟まれながら露出する壁は、凝視してみると周囲と少し塗装の色合いが違っているようにも思えた。


 足早にそちらに歩み寄りつつ、俺はガリウスから預かった『鍵』を懐から取り出す。その横に並ぶレイチェルも、ペンダントを胸から外して右手に握りしめている。


 この緊急事態でシステムが無事に作動してくれるかは定かじゃないが、ここまで来たらもうそれを信じるしかない。ガリウス曰く『完全に独立して制御されている』システムらしいから、そこまで襲撃者たちの魔の手が届いていないことを願うばかりだ。


 青い宝石が埋め込まれたそれを握り締め、レイチェルと息を合わせて少し色の違う壁に押し付ける。そして目を瞑り、ガリウスから教えられた式句を復唱した。


「――『目覚めよ、約定の結末はここに来れり』」


「『我、その結実をもたらす使徒とならん』――‼」


 俺の言葉に接続するようにして、レイチェルが鋭い声を発する。……その声に応えるかのように二つの宝石がまばゆい光を放ったのは、反響する俺たちの声が消えかかってきた頃の事だった。


 二色の光が唐突に目を突き刺して、俺は咄嗟に瞼を閉じる。そうしてもなお存在感を主張してくるその光が収まった後に俺たちの目の前にあったのは、人ひとりがギリギリ通れるほどの横幅しかない狭苦しい階段だった。


「……へえ、こんな空間が……」


「ガリウスに教えてもらわなかったらこんなの見付けられないよな。それに加えていくつもの承認がいるあたり、それだけ厳重に管理しなくちゃいけない場所がこの先にあるってわけだ」


 ガリウス曰く、今俺たちが口にした式句も何人かの手によって分割して管理されているそうだ。それを知る人たち全てから許可を得て式句を教えてもらった上で、グリンノート家に伝わる宝石を持ってこなければこの空間を開くことは出来ない。……『約定』を果たすとき以外、この空間が露わになることはないと言ってもよかった。


「私が先導するわ。警備システムが作動してないとは言い切れないし」


「任せた。――せっかくここまで来たんだ、もうこれ以上何事も起きないことを願うばかりだな」

 

 そうもいかないだろうと半ば確信しながらも、俺はそんな願いを口にする。車の暴走から始まって今に至るまで、あまりにもいろんな危険が俺たちの頭上には降りかかりすぎている。運命を司る神とやらが実在するのだとしたら、『もうそろそろいいだろう』と言わずにはいられなくなるぐらいにはな。


 先陣を切ったリリスに続いて階段に足を踏み入れた瞬間、埃っぽい空気が鼻をつく。いかにも秘密の空間らしく、ここはしばらく誰の手入れも受けていないようだ。


 壁に両手をついて不測の事態に備えつつ、恐る恐る俺たちは螺旋状の階段を下っていく。暗闇に目が慣れるなんてことはなく、階段の先に何が待っているのかは分からないままだ。


「……こんな地下深くに作るあたり、どうしても隠したい場所だったんでしょうね」


「何せ精霊が受肉してた器がそこにあるわけだからな。いつかそこに戻ってくるって『約定』が結ばれてる以上、誰にも侵されるわけにはいかないってことだろ」


 魂と器、そのどちらが欠けたとしても『約定』は破綻し、数百年前に籠められたであろう想いは永遠に履行されなくなる。それを思えば、たとえやりすぎだと言われようとも厳重に警備をするほかなかったのだろう。その結果襲撃を受けても隠し通路を開くシステムは無事に作動しているわけだし、その考えは間違ってなかったってことになる。


「ま、そのせいで超えなくちゃいけない壁が一つ二つふえてるのも事実だけどな。……まあ、それに関しちゃ報酬に色付けてもらうことで手打ちにしようぜ」


「ああ、それがいいね。……そのためにも、どうにか無事で帰ってくるとしよう」


 俺のまとめにツバキが苦笑交じりに返し、それが伝播するように少しだけ空気が緩和する。まるでそのタイミングを見計らってでもいたかのように、長い長い階段もついに終わりが見えてきて――


『来客の存在を確認。独立システム『ロメット』全機能励起』


 俺の前を行くリリスが階段を下りきって床に足を付けた瞬間、無機質な機械音とともに視界が一気に眩い光に包まれる。逐一光を放たないと起動できないのかとシステムの設計者に内心で文句を言いつつ光が収まるのを待ち、恐る恐る目を開けると――


「……なんだ、ここ?」


 天井も床も壁も、今俺たちが下ってきた階段も真っ黒で統一された部屋を、嫌になるぐらい真っ白な光がまばゆく照らしている。鍵を集めて開いた先に広がっていた空間は、不気味なぐらいに無機質に俺たちを迎え入れていた。

 ついにたどり着いた空間、果たしてそこでマルクたちは何を見ることになるのか! 予断を許さない状況の中、それでも望む結末に進むことを諦めない彼らの姿、ぜひ見守っていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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