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第四百三十一話『答え合わせはいらない』

「終わった……の、かい?」


 影魔術を併用しながらフロアの隅で身を潜めていたツバキが、男が凍てついたのを確認して恐る恐る姿を現す。リリスはそれに軽く首を縦に振って答えると、手のひらの中にもう二発小さな弾丸を作り出した。


「ええ、とりあえずしばらくは動けないはずよ。……もう少しじっとしてて、今火の手を抑えるから」


 軽く手を振るってそれらを放ち、最初の一発と同様に天井へと直撃させる。それからほどなくして降ってきた大量の水が、フロアを支配しつつあった炎の勢力を一気に弱めた。


 リリスたちにもそれはまんべんなく降りかかり、いきなりの出来事だったこともあってツバキは目を丸くしながら身を縮める。水が落ちてくるきっかけを放ったリリスだけが、悠々とした様子でその水を受け止めていた。


 リリスが利用したのは、都市庁舎で火災が起きた時のために設計された散水機構だ。本来ならばシステムが異常な高熱や炎の気配を検知し、それに一番近い機構が作動して散水、鎮火にかかるシステム――らしい。少なくともリリスが目を通したあの薄い資料にはそう書かれていたが、その仕組みとやらを詳細に理解するにはリリスの経験は不十分だった。


 しかし、散水を行うプロセスに関しては他の段階よりも単純だった。炎を検知した機構が放つ魔力に反応し、水属性の魔力が籠められた魔石が発動する。早い話が、その魔石を直接刺激することが出来ればこのシステムは実質起動できたようなものなのだ。


 だから、リリスは魔力を込めた弾丸で天井を――いや、そこに取り付けられた水の魔石を狙い撃った。外部からの刺激で起動してくれるかどうかに関しては半ば賭けだったが、どうやら幸運はまだリリスたちのことを完全に見放してはいないらしい


 リリスの機転の結果としてこの階全体が水浸しになり、一時期は全部丸ごと呑み込まんばかりの勢力に成長していた炎はあっけなく鎮火する。……自爆機構としての男の役割も、これで完全に消滅したというわけだ。


「そうか、あの時のスプリンクラー……。あんな激しい戦いの中でよく思い出せたね、リリス」


「名前は憶えてないわよ、他の奴に比べて最後の仕組みが単純だったからそれしか覚えられなかっただけ。……まあ、それが今回ばかりはよかったみたいだけど」


 魔道具に関する知識なら明らかにツバキの方が多く有しているし、きっとあの資料からもツバキは多くのことを理解することが出来たのだろう。リリスはその大半を理解できなかったから、かろうじて憶えていられそうな情報を叩きこんでおくしかなかった。今はたまたまリリスのそれが役に立ったからいいが、本題のシステムの奪還に関してリリスは戦力になれないに等しい状況だ。


「本当ならあの部屋で起動出来たらよかったけど、オペレートルームに関しては何の資料もなかったのがね……。正直なところ、あの部屋を壊されたってだけで最低限の仕事は果たされちゃった気がするわ」


「……まあ、それは否定できないね。ジークには本当に申し訳ない事をしてしまった」


 今もなおきちんと背負い続けているジークの方へと視線をやりながら、ツバキは小さな声で呟く。今起こった戦いをジークがどこまで把握できているかは分からないが、少なくとも症状が好転していることはなさそうだ。


 ただ、それをリリスたちが責めることは出来ない。一度限界を迎えてしまった心はすぐに治らないものだ。治らないのが普通なのだ。精神を一瞬で立て直すなど、治癒魔術を覚えて自分の怪我を治す術を覚える以上に難しいことだとすら言えるだろう。


 そういう意味では、レイチェルのメンタルも心配ではあるのだ。目一杯ケアと言うか、自分自身のことを認められるように色々と気にかけてはきたつもりだが、それにしたって今の状況はあまりに異常すぎる。……その中で心が傷を負っていないかどうか、一度思い立つと心配せずにはいられなかった。


「残念な話だけど、あの部屋が壊れちゃった以上システムを駆使して二人を探すのは難しそうだよね。……どうするリリス、脱出するかい?」


「そうね、ここにいたところでこれ以上実入りがあるとも思えないわ。何も手がかりがない状態にはなっちゃうけど、どうにかしてマルクたちを見つけ出さないと」


 戦いの余韻から頭を切り替えて、二人はこの先の方針を決定する。色々と予想外のことは起きてしまっているが、それでもリリスたちが最終的に目指すものは変わらない。また『夜明けの灯』の四人が揃う事が、今最優先で目指すべき絶対条件だ。


「ツバキ、先に会談降りて頂戴。念には念をってことで、もう一段階蓋をしておくわ」


 リリスを待つようにして階段際で立っていたツバキをそう促してから、リリスは改めて目を瞑る。都市庁舎を傷つけてしまう事になるのは忍びないが、リスクと照らし合わせるとどうしてもやらずに済ませるわけにはいかなかった。


「……氷よ」


 目を瞑り、魔力の感覚に意識を集中する。吹雪の代償か僅かに気怠さはあるが、しかしまだまだ魔術を扱う分には問題ないだろう。そのことに少しだけ安心しながら、リリスはゆっくりと目を開いて――


「……呑み込みなさい」


 普段よりも静かに、そのぶんだけ冷徹に詠唱が為された瞬間、フロア全体が一瞬にして凍り付く。散水された水の性質も生かして作り上げられた一面氷の空間は、より強固に男を封じ込めておくための檻として機能していた。


 あの仮面の奥にどんな顔が隠れていたかは知りえないことだが、アレがリリスたちにとって天敵と言っていいタイプの人間であることには変わりない。あの場にマルクが居たら間違いなく眉をひそめていたし、多分レイチェルもあの手の人間を理解することは出来ないだろう。……だから、仮面の男は確実にここで終わっておくべきだ。


「これぐらいあれば十分ね。……さて、それじゃあ行きましょうか」


「ああ、ここからが本番だからね。少しでも怪我無く対面できることを願うばかりだよ」


 いつもより丁寧な後処理を終えて、二人は上っていく際に作り上げた氷の壁を消し去りながら軽やかに階段を下っていく。階下は火事の影響を受けていないこともあって警備システムは有効なままだったが、急いで下ることに特化した足取りを捉えることは出来なかった。


「まったく、こんなに技術力があるのにどうして上り下りだけは階段なのかしらね……!」


「いいじゃないか、なんだかんだボクたちが移動するならこれが一番早いだろうし!」


 そんな言葉も交わしながら、リリスたちは都市庁舎を脱出せんと極限まで足を速めて出口へと向かう。闇雲にマルクたちを探すしかなくなってしまった今、危険があふれるこの都市では一分一秒が惜しい。仮に二人のコンビにとってはなんてことのない障害だったとしても、二人からすればそれは命を奪いうる凶悪な存在なのかもしれないのだから。


 マルクたちと分断されてしまったのは、もとはと言えばリリスのミスがあったからだ。目の前の相手と自分の魔術に意識を傾けすぎた結果、後ろに立つマルクたちを狙い撃ちにする部隊がいることに気づけなかった。それがマルクたちに危険を及ぼし、結果的に転移をもたらした。


 それで今も合流できていない以上、すぐにでも見つけること以外にその失敗をカバーする方法はない。だから一歩でも早く階段を下りて、一秒でも早く捜索に入って、それで――


 逸る心をもはや抑え込むことすらせず、時々階段を踏み外しそうになりながらも速度を緩めることなくリリスは階段を駆け下りていく。……そしてもうすぐで二階が見えてくる、ちょうどそれぐらいの時だった。


――頭上の少し離れた位置から、寒気がするほどに膨大な魔力が膨れ上がるのを感じたのは。


『あの男の物だ』と、リリスは本能的に直感する。あれだけの氷に包まれてもなお、男の意識は消えてはいなかった。……そして今、何らかをきっかけにその魔力は戦闘中に見た以上のとてつもない規模へと膨張しようとしているわけで。


「……ツバキ、ごめんなさい。私なりに万全を期したつもりだったけど、想像していた以上にアイツはしぶとかったみたい」


 もう何度目かも分からないこの都市での読み違いを、リリスは素直にツバキへと謝罪する。それを聞いたツバキの表情には、ただただ驚愕の色だけが浮かび上がっていて。


「リリス、つまりそれって――」


 足を止めないままツバキが確認の問いを投げかけようとしたその矢先、リリスが答える間もなくそれはやって来る。『今想像したことは間違っていない』と、直接答え合わせをしに来るかのように。


 炎が爆ぜる音と破砕音が、階段を下る三人の鼓膜を無遠慮に殴りつけた。

 氷に包まれたはずの男、しかし爆発は確かに起きているわけで。混乱極まる状況へと移り始めておりますが、次回は一度断章を挟むことになります! その後にまた視点は違う所へと移っていきますので、クライマックスを迎えた第五章をぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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