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第四百十七話『変わり始める盤面』

「……あ?」


 理解できないと言った様子で、アグニが唸り声を上げる。しかし何度確認してもその胸元には赤い線が走っており、ロアルグとガリウスの仕込みが障壁を突き破ったことを示していた。


――いや、多分突き破ったわけではないのか。ロアルグはただ剣を振るい、その動きを起点として作り上げた水魔術に拠る刃を壁の向こう側へと作り上げた。ロアルグの攻撃を阻む壁は、アグニの身体をぴっちり覆うように展開されていたわけじゃないしな。


 それを思うと、その前の無為な攻撃の連続にも何となく意図が見えてくる。アレはいわば、見えない壁を疑似的に可視化するための実験だったのだ。攻撃を阻む壁の位置を読み取って、確実にその裏へと水の刃を通すために。……そして今、その工夫は確かにアグニの命へと指をかけている。


「私とてただ力を振るっているだけで理想が為せるなど思っていない。……小細工を仕込むのが苦手な性分なのは生まれつきでな、他人に任せなければそういうことは出来ないというだけだ」


「……なるほどな、あくまで個人の資質ってわけか。ああ、本当に面倒だ」


 傷を負ってのけぞるアグニに不敵な笑みを浮かべ、ロアルグはいっそ誇らしげに宣言する。その欠点を補ってくれる存在は誰なのかは、もはや言葉にせずとも明白過ぎた。


 とっさにガリウスの方へと視線を向けると、普段からにやついているその表情がさらに緩んでいるように見える。ただ背中を押して送り出しただけにも思えていたが、ガリウスこそが今のアグニの絶対性を揺るがすための鍵だと言っても過言ではなかったようだ。


「アグニ様、申し訳ございません……! 私の、私の魔術がもう少し優れていれば――」


「いいや、こればかりはてめえのミスじゃねえよ。普段からやらかしまくってるとは思うけど、流石に責任のない事で同朋を責める趣味は持ってねえんだ」


 ガリウスとは対照的に焦燥をこれでもかとにじませるマイヤに、アグニはのけぞりながらも冷静な声色で応える。あの一撃を受けてもなお、アグニから焦りを引き出すことは出来ていない様だ。


「つーか、どっちかって言えばこれは俺のミスだな。……たとえ組織自体がクソでもそこでトップ張ってることには変わらねえ、もっと警戒して臨むべきだった」


 反省できるチャンスが残されてたことだけは救いだな――と。


 淡々と言葉を重ねながら、アグニは日本の剣を再び構える。胸元に走った赤い線からは血が僅かに垂れ落ちていたが、それを気にする様子は全くなかった。


「マイヤ、ちょっとプラン変更だ。……どう見てもヤバいと思ったとき以外、魔術はちょっと遠慮しといてくれ」


 剣呑な調子でそう言って腰を落とし、アグニはより近接戦闘へと特化した構えに入っていく。あくまで前のめりなそれは、今のロアルグと同じ敵を打ち倒すことだけに特化した剣術が根底にあるように思えた。


 まあ、騎士剣術そのものが儀礼剣をベースにしたものだから異質なんだろうけどな。本来なら剣なんて敵を打ち倒すためのもので、誰かを守るというのは戦闘の結果ついてきた副産物ぐらいのものだ。――その因果関係が逆転しているという意味では、騎士と言う在り方はもしかしたら歪な要素を孕んでいるのかもしれない。


 戦いの勝敗ではなく、その剣で誰かを守れたかどうかを評価基準とする。アネットの行動原理にも通じるそれは、自らの命すらも目的のために投げ出しかねない危うさがある。騎士たちを逃がすためにアグニの相手を引き受けたガリウスにも、きっと同じことは言えるのだろう。


「……小細工の時間はおしまいか?」


「んなわけがねえだろ、オッサンなんてどれだけ小細工仕込めてナンボなんだ。持ってきた手札の中の一枚の切り方を変えたにすぎねえよ」


 挑発的なロアルグの問いに嘲笑を返すと、アグニは音もなく一歩目を踏み出す。……瞬間、アグニの姿は文字通り『消えた』。


 偽装でも何でもなくアグニの姿は消失し、瞬きもできないほどの時間の後にその体はロアルグの懐へと飛び込んでいく。……リリスのように魔力の気配を探ることが出来なくとも、それが転移魔術のなせる業であることは明らかだ。


「お望みのインファイトだ、せいぜい楽しもうぜ?」


 彼我の距離を一瞬で無にしたアグニは笑い、右手の剣を乱暴に振るう。かなり深い角度から放たれたそれとロアルグの剣が衝突し、甲高い音があたり一帯に響き渡った。


 それを皮切りに、二人の猛烈な超接近戦が始まる。お互いに剣を振るいあい、すさまじい勢いで体を動かしながらお互いの動きに対応する。きっと半年前ではその動きの一割も追えなかったであろうと確信できるほどに、そのやり取りの中には凄まじい技量が濃縮されていた。


 手数の差なのかロアルグから仕掛ける場面は少ないが、凄まじいのは攻撃に対する反応力だ。バリエーション豊かな攻撃に対してそれぞれ最適解を出し、時折挟まれる背後への転移にも体を捻って即座に反応して見せる。受けに特化しているならともかくそこから隙をついて反撃の一太刀すらも放っているのだから、ロアルグの剣術は間違いようもない『強者』のそれだ。


「……マルク。あれって、ベガも使ってた……?」


「ああ、多分そうだと思う。転移魔術をこんなにポンポン使ったら間違いなく魔術神経が物故割れるはずなんだけど、なぜかアイツらにはそれが起きてねえんだ」


 二人が時間を稼いでいてくれることで少し落ち着きを取り戻し始めたのか、レイチェルが声を震わせながらも状況を見てそう発する。俺はそれにひとまず頷いたが、あの男が『アレは転移魔術ではない』と否定していたのが頭の中には引っかかっていた。


 自らに『強者で在れ』と要求し続けるベガの在り方は、ある側面から見れば信頼に足るものだ。その口から嘘は出てこないし、俺たちを騙すような真似はしてこないと断言してもいい。だからこそ、あの否定の言葉も真実だとは思うのだが――


(たとえそうだとしても、結果的に起こってるのが転移みたいな現象なら関係ねえよな……)


 仕組みが分かったことで対策が出来るのならともかく、そうでないなら原理の違いに想いを馳せる必要はない。一瞬で相手との距離を一気にゼロにしてくるって意味じゃ、ベガもアグニもやっていることは何も変わらなかった。


「正直に言えば、アレに反応できてるロアルグはマジで強いと思う。魔力の気配で転移を察知できるリリスならともかく、ロアルグは転移が起きてからじゃないと動けないわけだしな」


 魔力の気配を探るというエルフの中でも類まれな才覚は、転移魔術という反則級の魔術に対抗できる唯一の切り札だと思っていた。だが、今のロアルグが見せているのはそれに頼らない新境地だ。全てに見てから後出しで反応し、策を潰してこちらの仕掛けに移る。……一個人として向かい合うとは言っていたが、今の姿だって十分騎士団長に相応しいように思えた。


「小細工とやらが見当たらないな、もしや品切れか?」


「いちいち完璧に捌いといて嫌味かよ、やってくれるじゃねえか……‼」


 笑って受け流していたはずの挑発も、全てを捌かれている今浴びせられればその意味合いは大きく変わってくる。ロアルグの煽りに乗せられたアグニは、左手に持っていた魔道具をくるりと回転させた。


 それを合図に刀身は引っ込み、代わりに魔道具が小さな銃身の形態へと変化する。それと同時にアグニは大きくバックステップして、射程の外からロアルグを狙い撃とうと構えを作ったが――


「――さも切り札の如く繰り出してくれたところ悪いのだが、それはもう知っていてな」


 今までよりもいっそう身を低くしたロアルグが一片の迷いもなく前進してきたことによって、二人の間にできたスペースは一瞬にして消滅する。アグニの左手が引き金を引くよりも早く、ロアルグの剣はアグニの心臓を狙って構えられていた。


「ク、ソ……があッ‼」


 たまらずアグニは魔道具をもう一回転、大楯の形態へと即座にその形態を変化させる。うまく扱え場片手で全身を守れるほどに大きなそれを振るい、アグニはどうにかロアルグの一振りを受け止めることに成功した。


 しかし、近接戦において一度及び腰になってしまったことの代償は一撃だけでは済まない。盾に弾かれてもなおロアルグは即座に構えを作り直し、アグニに攻撃の暇を与えないほどに猛烈な連打を叩きこむ。盾と剣の両方を酷使してもそれをまともに食らわないことが精一杯、反撃の糸口など見つかりそうにもないと言った様子だ。


 だが、それでもアグニの手札が尽きたというわけではない。ここまで近接戦に拘ってくる相手にどうするか、それは俺にも大体想像がついた。


「……マイヤ、こいつをぶっ飛ばせ! 間合いさえ取れればいくらでもやりようはある!」


 視線はロアルグの剣戟から逸らさないようにしながら、声を張り上げてアグニは仲間へと指示を出す。剣術と魔術の併用を受けて常時展開を諦めてはいたが、それが近接戦において絶対的な防御札になることは間違いない。その一手を打たれてしまえば仕切り直しも致し方なしと、俺はそう思っていたのだが――


「……あ、れ?」


「…………はあ?」


 その指示からしばらくしても、連撃を続けるロアルグの身体が吹き飛ばされるような様子はない。……いや、それどころか応答すらも返ってきていない。そのことに気づいて辺りを見回してみたが、見渡す限りマイヤの姿はどこにも見当たらなかった。


 俺の眼がおかしくなったのかとふとレイチェルの表情を見てみるが、レイチェルも目を丸くしながらあたりをきょろきょろと見まわしていた。……間違いない、俺たちの前から確かにマイヤの姿は消えている。


「驚いているな。仲間の応答がない事がそんなにも心細いか?」


 容赦のない攻撃を叩きこみ続けながら、ロアルグは強気にそう問いかける。……アグニも必死に受け流してはいたが、その体勢は徐々に崩れつつあった。


「お前たちの策は確かに盤石だった。ベルメウを管轄するシステムを掌握し、私たちの手が届く前にこの年をほぼ完全に掌握した。そこまでは完全に作戦通り、何ならこの戦いも途中まではお前たちの思うつぼだった。――ここにマルク殿が現れなければ、そしてガリウスが私を友としての名で呼んでくれなければ、この戦いに敗北していてもおかしくはなかっただろう」


「……何をもう、勝ったみたいに言ってやがる……‼」


 余裕をにじませるロアルグの様子に反発しようと、アグニは転移魔術を搦めて反撃を試みる。だがそれも瞬時に身体を回転させたロアルグの一太刀に阻まれ、ただロアルグの勢いを増させるだけに終わった。


「ああ、この戦いにはすでに勝利しているからな。……ではそろそろ、種明かしと行こう」


 攻撃の手を一切緩めないまま、ロアルグは笑ってそう告げる。……次の瞬間、剣を振るいながらロアルグは空いた片手をひょいと掲げて――


「――ここからはお前の時間だぞ、ガリウス」


 確かな親愛と信頼を込めて、友人へとバトンを手渡した。

 次回、ガリウスの答え合わせの正体はいかに! 九番街の戦いもクライマックスへと突入していきますので、逆転へと向けて進んでいくマルクたちの雄姿をぜひぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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