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第四百十五話『筋書きの主』

 ガリウスの宣言が終わると同時、戦いを中断させていた風が徐々に勢力を弱め始める。少し離れた位置に立つ俺たちの視線はお互いに交錯し、今にもはち切れそうなほどの緊張感が漂っていた。


「……やれやれ、大嵐はおしまいか? せっかくうまく行ってたところだってのに、おっさんってのはどうしてこんなにも間が悪いんだかな」


 だがしかし、アグニはそれを態度には出さない。いかにも怠惰な様子で頭を掻いて、自虐的な笑みさえ浮かべて俺たちを見つめている。……アグニの力があればこんな距離はあってないような物なのに、だ。


 結局のところ、アグニ・クラヴィティアを恐ろしいと思うのはそこなのかもしれない。得体の知れない何かを見ているかのように、あの男からは本心が読み取れない。表面に浮き上がった感情の全部、どこか欺瞞と偽りを帯びているような気がしてならない。まるで底知れない穴を覗き込んでいるときのような不安感は、何度アグニを見てもぬぐえることはなかった。


 きっと、アグニは感情を殺すのが上手いのだろう。それが『大人になる』という事ならば、俺が出会った中で一番大人なのはきっとアグニだ。大切な存在を切り捨てる痛みは想像するだけでも尋常でないはずなのに、アイツはそのことを一切考慮していない。


 それがきっと大人になっていく中でアグニが手に入れたもので、だからこそ俺はアグニの考え方がおぞましくて仕方がない。……あれほどまでに本心を隠さなければやっていけない生き方が正しいなどと、そんなことを認めるわけにはいかなかった。


「……それともあれか、お前の悪運が強いのか? どう思うよ、マルク・クライベット」


 そんな俺の思考をよそに、アグニは軽薄な調子で俺の名前を呼ぶ。……それに最も敏感に反応したのは、意外にもアグニの隣に立つマイヤだった。


「マルク・クライベット……⁉ あの無個性な少年が、アグニ様の因縁だと言うのですか⁉」


「相変わらず興味のねえ奴の認識はとことん雑なんだな、お前……。そうだよ、アレがマルク・クライベットだ。……賢いお前の事だ、それだけ言えば分かってくれるだろ?」


 驚きを隠せない様子のマイヤに呆れた様子で首を振りながら、アグニは念を押すようにそう付け加える。……何故だろうか、その時のアグニには今まで感じたことがない圧を感じた。


 それはマイヤにも無事伝わったのか、コクリと首を縦に振って一歩後ろへと退く。それを確認して俺たちの方を向き直った時には、アグニから立ち上っていた異様な圧はもう消えていた。


「連れが悪いな、ちょっと人の好き嫌いが激しい奴なんだ。……少なくとも俺にとっちゃお前は無個性でも何でもねえよ、マルク・クライベット」


「不思議だな、お前に称賛されても全く嬉しくねえ。……それがお世辞だって、どっかで確信してるからか?」


「くははッ、相変わらず頭が切れる奴だ。言いつけてはおいたから死んではねえと思ってたが、まさかあの天才ども抜きで俺たちの邪魔をしてくるだなんて予想外だよ」


 これは心からの称賛さ、とアグニは楽しそうな笑みとともに続ける。……だが、あくまでそれは『楽しそう』なだけだ。心からこの状況を愉しんでいるわけがないと、俺はそう断言できる。


「分断まではうまい事計画通りに進んだと思ってたんだが、どこで狂ったんだろうな? ――ああ、別に答えなくていいぜ。分かんねえなりに一応俺の答えは出してあるつもりだからよ」


 少し芝居がかった様子で視線を俺からレイチェルへと移し、アグニはなおも話し続ける。次の瞬間にでもガリウスたちが仕掛けてくる可能性はあるのに、そんなことは毛ほども気にしていないかのようにアグニは大きく手を広げて隙を晒していた。


「『精霊の心臓』の持ち主、レイチェル・グリンノート。嬢ちゃんの存在が、マルク・クライベットにとっての切り札だ。燃える屋敷からただ逃げ惑うしかできなかったあの嬢ちゃんがここまで立派な目つきになるとは、やはり子供の成長ってのは目覚ましいねえ」


「……ッ⁉」


 レイチェルをまっすぐ手で指し示しながら、アグニはまるで称賛しているかのような言葉を吐く。だがしかし、アグニの称賛がまっすぐな意味を持っていることなどあるわけがない。籠められているのはその真逆、痛烈な悪意と皮肉だった。


 レイチェルの運命を変えることとなった生家の襲撃をまるで見ていたかのように話すその口ぶりは、『帝国での襲撃からこのシナリオは始まっていた』とほのめかすには十分すぎるものだ。……そしてそれは、レイチェルを揺さぶるのにあまりにも強すぎるカードで。


「……あなたが、父さんと、母さんを?」


「ああそうだぜ、あの屋敷が燃えたのは俺の書いた筋書きがあったからだ。『精霊の心臓』が俺たちの目的に必要な以上、力づくで奪う以外に方法は見つからなかったからよ」


 だって話し合いして譲ってもらえる物でもねえだろ、と。


 絶句するレイチェルをよそに、アグニはなおも滔々と話し続ける。だんだんと興が乗ってきたのかその言葉は高らかに、広げる手は堂々と。……まるで自らが主役の舞台の上に立っているかのように、アグニは余裕たっぷりにこちらを見つめている。


「おっと、『許せない』とか言われるのは勘弁だぜ? 確かに俺の筋書きはお前の人生をぶっ壊したかもしれねえが、見た感じお前は大切な仲間に出会えたみたいじゃねえか。……俺の筋書きが無きゃ、絶対に出会う事がなかったような仲間たちとよ」


 くるくると舞いながら、アグニの視線は再び俺へと向く。……その指摘は間違いのない事実で、なまじそうであるからこそなおの事邪悪だった。俺たちが想像しているよりも、アグニ達は俺たちのことを観察してから作戦へと臨んでいるらしい。


 その言葉に意表を突かれたのか、レイチェルは口をあんぐりと開けたまま何も言い返すことが出来ない。アグニの作戦通りであろうその表情を見て、アグニは皮肉に塗れた薄っぺらい笑みを浮かべた。


「俺は確かに親殺しの仇だ、憎む気持ちも分からなくはない。けどな、大切な存在を切り捨てることで得られる大切も確かにあるのがこの世界なんだよ。大切な物同士をぶつけ合わせて、より大切な方を切り捨てて、切り捨てて切り捨てて切り捨てて。……その果てに残った大切な物の一欠片を抱きしめるのが、人生ってもののあるべき姿だぜ」


 アグニが口にしたのは、古城の時も聞いたアグニの矜持だ。大切な物の中でさえも優劣をつけて、抱えきれないと思ったものは容赦なく切り捨てる。……レイチェルの場合、それは家族と俺達『夜明けの灯』の存在に置き換えられるわけで。


「……切り、捨てる……」


「おうとも、その判断が出来るのが『大人になる』ってことだ。……なあ、家族に大人になった姿を見せてやりてえとは思わねえか? いつまでも帰らぬ存在に想いを馳せてねえで、今手の中に残った大切な物を――」


「――それ以上口を開くな、耳が腐る」


 まるで教えを説くかのように、アグニは沈黙するレイチェルに向かって話し続ける。……それを遮ったのは、怒りに満ちた声とともに放たれたロアルグの魔術だった。


 腕を振るうと同時に薄青の筋が空中に奔り、それがアグニを切断しようとまっすぐに迫る。騎士団とはずいぶん長い付き合いになるが、ロアルグが魔術を行使しているところを見るのはこれが初めてだった。


 だがしかし、それはアグニに直撃することなくその手前で明後日の咆哮へとはじき返される。まるで俺たちとアグニの間に見えない壁があるようなそれは、レイチェルが起こした風を凌いでいた手段にも似たものだ。


「……ちっ」


「いい加減学習しろよ、マイヤは俺を傷つけようとする奴を許さねえ。動機自体は正直認めたくねえものだけどな、それでも連れ歩く価値があるぐらいには優秀なんだ」


 乱暴な奴を相手にしても喋る時間が増やせるからな――なんて、アグニは嘲笑とともに付け加える。ロアルグへと向けるアグニの視線は、俺たちに向けているのとは打って変わって恐ろしいほどの冷たさを纏っていた。


「お前らとやりあう前に出会った奴らもそうだけどよ、騎士ってのはどいつもこいつも型にはまってばかりで実につまんねえな。俺が見たいのは切り捨てに切り捨てを重ねた先の小さな『大切』を抱えようとする大人で、誰かから強引に押し付けられた概念を『大切』だと思い込んで必死に守ろうとする馬鹿どもじゃねえんだよ」


 その冷たく威圧感のある声色に、俺は初めてアグニの『底』がちらりと見えたような錯覚に陥る。普段アイツを包み隠すベールの全てが剥がれて、暗く深い穴の底にある空気の気配だけを感じ取ることが出来たような。……冷たさの裏に隠された業火の気配を、俺はなぜだか感じ取っていた。


「ああもういいや、話す気が失せた。――まずはお堅い騎士どもを殺して、その後にしっかりお話させてもらう事にするよ」


 そんな俺の予感を後押しするかのように、アグニは腰のポケットから無造作に棒状の魔道具を取り出す。……あれがきっと、リリスたちの言っていた三段変形できる魔道具と言う奴なのだろう。


「話が早くて助かるよ、こっちはもともとその気だったからね。ルグほどではないけれど、貧相な三ルネ芝居にはそろそろ辟易してきたころだったんだ」


 アグニが戦意を固めたのを受けて、ガリウスも剣を抜き放つ。……その途中で発された言葉に、ロアルグがハッとしたような視線を向けた。


「……ガリウス、お前」


「ああ、別に呼び間違いじゃないよ。……彼ら、騎士らしいやり方が嫌いなんだろう?」


 その様子を見て、俺は『ルグ』がロアルグに対するあだ名であることに初めて気づく。今までと違うその呼び方は、騎士としてではない一人の人間に向けて投げかけられたもので。それがどんな意味を持つのか、俺はすぐに理解できた。


「騎士らしいやり方が気に食わないなら、僕たちは僕たちらしいやり方で行くまでだ。……僕たちならそれができるだろう、ルグ?」


「――そうだな。まさかこの年になってまた、そのやり方に頼ることになるとは思わなかったが」


 誘いかけるようなガリウスの言葉に乗っかり、ロアルグも剣を構える。……その構えは、夢に出るほどの反復練習の末に俺が身に着けた騎士剣の構えとは明らかに違っていた。

 次回、ついに双方の再激突です! 騎士の在り方を捨て、ただの相棒同士として戦う事を選んだ二人とマルクたちによって戦闘はどう動いていくのか、激動のレストラン前の戦いをぜひお楽しみできれば幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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