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第四百九話『物騒な即興劇』

「あれほど御託を並べて正面突破とは、あまりにも芸がないとは考えんのかの?」


「邪道を通るのにも王道を知るのは必要な過程なんだよ。……こっちとしては、これで終わってくれる以上にありがたいこともないけどな‼」


 加速する体を制御しながら剣を構え、退屈そうに息を吐くベガの懐を目がけて俺は思い切り踏み込んでいく。レイチェルの加速をもらったこともあって威力は十分、これが今の俺に出せる正攻法の最高火力だ。


「……る、あああッ‼」


 足に衝撃が伝わるほどに強く踏み込み、俺は自分の持てる最高速度で剣を振りだそうと咆哮する。――だが、その直後に俺の身体は回転しながら宙を舞っていた。


 剣を振るうという行動が何かの要因で強制的にキャンセルされ、眼下には退屈そうに剣を揺らすベガの姿が見える。……何がどうなって俺は今の状況に至っているのか、それを理解できるほど俺は強くなかった。


 ただ分かるのは、やはり王道でベガを打ち破ることは出来ないことだ。どうにかベガの想像を超え、意表を突き、意識の外側から攻撃を叩きこむことが出来なければアイツの満足は永遠に訪れない。……俺とベガの間には、レイチェルの力を借りたところで埋めようがない絶対的な隔たりが横たわっている。


 だが、そんなことは百も承知だ。これはあくまで確認作業、自分が『弱者』であることをはっきりと自覚するための通過儀礼でしかない。……ここからが、俺の踏ん張りどころだ。


 ベガと正面からやりあえば、俺の理解できない領域へと戦いは流れて行ってしまう。それをどうにか理解できる領域へと引き戻し、傾向と対策を打てる段階にまで引きずり込む。それができて初めて、弱者たる俺がベガを満足させるための土台が完全に整うのだ。


 大きく山なりの放物線を描いて宙を舞いながら、俺は眼下のベガを観察する。事前に宣言した通り俺に致命打を追わせずに行く様子はなく、今のところ俺の身体にも異常はない。衝撃も与えないまま人をこんなにも高く打ち上げられたとなるとますます理解が追いつかないが、それを理解するのはベガと同じステージに立ち得る強者がやることだろう。


 レイチェルがくれた風がまだ俺の身体に纏われていることを確認しながら、俺は地面に向かって落ちていく。あともう少しで地面に衝突するといったところで俺の身体はふわりと舞い上がり、速度を殺した状態で俺は着地に成功した。


 くるりと反転して着地した俺を見やるベガの視線は、『まだまだ足りない』と言わんばかりの嗜虐的な光を宿している。ベガ自身は死合うのが好きと口にしていたが、結局のところは『死合いで相手を圧倒的に上回る』ことに悦びを感じているのだろう。そう考えれば、気骨のある相手を求め続けていたことにも何となく納得がいくし。


 強者の性なのかそれとも生まれついての業なのか、ベガの見下すような態度は既に骨身にまで染みこんでいる。曲がりなりにも『戦い』へと状況が変わったことによって、その性質も少し変貌しているように思えた。


(悠長に立ち止まって考え事……なんて、そんなことは許してくれそうにねえな)


 事前にある程度策を固めてからこの戦いに臨めたことを、俺は改めて幸運に思う。もともと俺自身が器用に戦えるタイプではない以上、どうにかして外付けの要素で貧弱な手札を水増ししていく必要がある。ベガが戦闘の前にすら考える余裕を与えないような人物だったならば、その即興劇はとても過酷な物へと変貌していただろう。


 ただ、事前に舞台と自分たちの手札を確認する時間はあった。だからこそ、まだたくさん手は残されている。……最後の切り札にたどり着く前にベガが満足してくれるか、それは定かではないのだけれど。


「……そら、次行くぞ‼」


 ベガに、そして自分に対しても言い聞かせるように宣言して、俺は再び突進する。さっきのよりもより低く、手を垂らせば地面に擦ってしまうぐらいに。それぐらいに身を落として、正面に立つベガを下から強気に睨みつける。


 剣を持つ片手に力を籠め、踏み込む足に神経を集中させる。注意すべきは、俺が空中へと打ち上げられた間合いよりも一歩遠い地点だ。――ベガが俺への対応をはじめる半歩手前で、俺は行動を分岐させなければならない。


「身を低くしたとて弱者の突進には変わらぬぞ、童よ。よもや儂を笑い殺そうとしているわけでもあるまいな?」


「んなわけねえだろ、ちゃんと考えてるさ。……こんな風に、な‼」


 言葉とは裏腹に微塵も笑みを浮かべることなく訪ねて来るベガに、俺はいっそ獰猛に笑って答える。……そうしてベガの間合いへと踏み込んでいくその直前、俺は転倒しかねないほどの勢いで地面をひときわ強く蹴り飛ばした。


 それと同時、地面スレスレに構えていた剣を握る手から一気に力を抜く。加速に伴って大きく振り上げられた手の勢いをそのまま受けて、長剣はベガの顔面に向かって投擲される形となった。


「……ほう?」


 ほぼゼロ距離からの投擲、しかしそれもベガほどの強者に通るかと言われればそんなことはあり得ないものだ。甲高く痛快な金属音が聞こえてきたことで、俺はそのことを改めて確信した。


 だが、もともとあの投擲に殺傷力など期待していない。ただ一瞬ベガの意識を引き、対処に時間を費やしてくれるならそれでいい。……その時間があれば、俺も仕込みをするだけの時間は作り出せる。


 半ばつんのめりながらではあるがベガの背後に回り込むことに成功した俺は、地面スレスレに垂らしていた手に引っかかった滑らかな感触を夢中でつかみ上げる。触れるだけでかなり上質な素材を使っていることが分かるそれは、さっきまでベガの部下だった者たちが纏っていた黒いローブだ。


 俺たちとベガの衝突は、崩壊したベルメウの十番街を舞台としている。当然事前の掃除なんてされてないし、被害を受けた街の残骸はあたりを見回せばいくらでも見つけられる。……それら全部を手札として策を仕掛けていくことが、今の俺たちにとっての数少ない希望だと言ってよかった。


 お目当ての品を拝借できたことを確認すると同時、俺は地面を強く踏み込んで一気に減速する。全身の筋肉が悲鳴を上げるのにも構わず体を捻ってベガの方を向き直ると、俺を視界に捉え直そうと体を捻っているベガの姿が映った。


(ここまでは、とりあえず成功してる……‼)


 投擲された剣へと対処する時間はそう長くもないものだったが、しかし時間稼ぎとしては十分すぎるぐらいの時間を稼いでくれた。その事実を噛み締めながら、俺はローブを握り締める右手に力を籠める。……そして、広げれば結構な大きさとなるそれを俺は祈りながらベガの方へと投げつけた。


 簡単には止まりきれず流れていく自重をどうにか前へと傾けながら放り投げたそれは、俺の目論見通り広がりながら振り向いたベガの眼前へと迫っていく。物理的な目潰しとは実に古典的なやり方だが、だからこそその効果は一定以上保証されているとも言えるだろう。


「……佳い。弱者らしく知恵を絞る姿、それでこそ儂を楽しませるに相応しいぞ!」


「お褒めに預かり光栄だよ! ……光栄ついでに、こいつも食らっとけ‼」


 声だけで昂ぶっていると分かるベガの声に強気な言葉を返しつつ、俺は腰に差しておいたもう一つの武器を取り出す。……それは、俺にとって因縁のある武器でもあった。


 俺がもしあの時これを上手く使えていれば、現状はもっと大きく変わっていたことだろう。あの時躊躇なく引き金を引ければ、もっと土壇場に強ければ。……その後悔はきっと、『弱者』側であるはずの俺が武術を学ぼうと思ったきっかけにも繋がっているほどに大きなものだ。


 あの時に比べて随分と小さい『それ』を両手で握りしめ、俺はローブの向こうに立っているであろうベガへと照準を合わせる。ベガへと向けられた銃口は、充填された魔弾が打ち放たれる時を今か今かと待ちわびていた。


 アグニ達と同じ組織にいるベガがこれの存在を知らないなんてこともないだろうが、俺がこれを持っていることにはまだ気づいていないはずだ。つまり、この一回目だけは魔銃による遠距離攻撃が不意を突くものとなり得る。


 それに加えて、ローブによる視界の制限で俺が魔銃を構える姿は見られていない。生憎早打ちには自信がないが、これなら打ち放つ前に対応されることもなくなる。……これは、二種類の策を張り巡らせた渾身の一手だ。


 魔銃を構える両手に力を籠め、ローブの先にいるであろうベガの姿を幻視する。絶対的な余裕に覆われたその顔に、少しでも驚きと焦りを刻み付けるために。……半年前との違いを証明するために、俺は引き金にかかった指をグッと折り曲げて――


「――弱者の論理、とくと味わいやがれ‼」


 タァンという小気味の良い破裂音と俺の叫び声が交じり合い、俺たちしかいないベルメウの十番街へと響き渡る。……それと同時に放たれた弾丸が目つぶし役のローブに決して小さくない穴を開けたのを、俺の両目は確かに捉えた。

 万感の思いを込めて放った弾丸は、果たしてベガに爪痕を残せるのか! 特訓の成果も半年間の想いも全てを躍動させて勝利へと向かうマルクの姿、ぜひ応援していただければ嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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