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第三百九十七話『偽装魔術の裏面』

 偽装魔術による不意打ちは、その性質上一度看破されれば警戒を向けられる。いくらガリウスほど偽装魔術に長けた術師であっても、毎秒視線を向けられ続けてしまえば姿を隠すことは到底不可能だ。


 だがしかし、それは何もデメリットばかりではない。たとえ不意打ちが決まらなかったとしても、『決定的な間合いに踏み込まれるまで気づけなかった』という事実は頑として戦場に残り続ける。……それを経てもなおガリウスの事を警戒せずにいられるのはよほどの楽天家か、よほど自分の反射神経に自信がある人間だけだろう。


 故に、不意打ちに失敗した後のガリウスは嫌でも視線を惹きつける存在になる。『目を離したらまた消えるんじゃないか』『また不意を突かれるんじゃないか』という意識は、警戒心が強い人間であるほど捨てることのできない感情だ。


――故に、ガリウス以外への注目が薄れる。


「激流よ、私に続け‼」


 そしてその一瞬があれば、ロアルグが魔術を展開して踏み込むためには十分だ。……これこそが古くからお決まりの戦術、ガリウスの失敗をも囮にした一手だった。


 ロアルグの刀身は荒れ狂う水を纏っており、触れた全てを呑み込んで噛み砕いてしまうのではないかと思ってしまうほどの迫力を放っている。本来援護や後方からの射撃に使われがちな水魔術をここまで攻撃的に扱えるのは、ガリウスが知る限りロアルグただ一人だ。


「クソ、不意打ち含めて丸ごと囮に過ぎなかったってか……‼」


「アグニ様、私の後ろへ! ……何に代えても、御身に傷はつけさせない‼」


 その戦術に気づいた時にはすでに回避する猶予はなく、それを一瞬で察知したマイヤがアグニを庇うようにしてロアルグの前に立つ。そして、両の掌をまっすぐ激流の刃に向けて差し出すと――


「――これ以上近づくな、俗物めがッ‼」


「く……おおッ⁉」


 怒気をふんだんに込めてマイヤが吠えたその瞬間、まるで見えない何かに弾き飛ばされたかのように激流の刃があり得ない方向へと受け流される。それに抗うようにロアルグも強気に踏み込んでいたが、激流が二人へと届くことはなかった。


 それを見て、ガリウスは自分が弾き飛ばされたときのことを思い出す。あの時も確か、何かにぶつかったような感触があってから大きく後方へと弾き飛ばされたはずだ。……つまり、迫りくるものを反射する何かをマイヤが展開しているという事なのだろう。


「おー、ナイスだマイヤ。そういう判断に迷いがないとこは嫌いじゃないぜ?」


 そんな考察をしたのも束の間、マイヤの後方に立っていたアグニが軽く一歩ステップを踏む。……次の瞬間、その姿はロアルグの後方へと瞬間移動していた。


 まるで冗談のようなその光景に、ガリウスは思わず口を開けてしまう。転移魔術が魔術神経に凄まじい負担をかけるのは、魔術をかじったことがある人間ならだれでも知っている話だ。だというのに、アグニは実に気楽な様子でロアルグの背後へと転移してみせた。……その態度の、なんと異常な事か。


「さて、アンタから手を出してきたからにはこっちも安心してやり返せるな。……無事で済むと思うんじゃねえぞ?」


 いつの間にか手に握っていた半透明の刀身を構え、アグニは最短距離でロアルグの身体に向かって突き刺しにかかる。……しかし、それをすんでのところで吹き上げた激流が回避させた。


 ロアルグの足元から吹き上げたそれによって身体は真上へと弾き飛ばされ、致命的とも言える挟み撃ちの盤面をどうにか打破することに成功する。しかしそれだけでは満足していないようで、ロアルグは空中で魔術の構えを取っていた。


「やっと会えたな。……待ちわびたぞ、アグニ・クラヴィティア」


「あ、俺の事知ってやがんのか。さてはお前、あの嬢ちゃんの知り合いだな?」


 ガリウスには今一つ要領を得ない話だが、言葉を交わす二人の間では一定の理解が為されているようだ。……もっとも、それが二人の距離を縮めるなどと言う事は全くないらしいが。


 ロアルグの周囲には水の粒でできた弾丸が装填され、今すぐにでも眼下の二人を撃ち抜こうという体制を整えている。見た目は何の変哲もない水滴に見えるが、アレの正体は激流を極限まで圧縮したものだ。ひとたび肌に触れるようなことがあれば、岩すら穿つ激しい流れが一瞬にして相手の身体を破壊するだろう。


 そんな一発構えるだけで物騒なものを、ロアルグは二十を超えて展開している。『絶対に逃がさない』と、そんなロアルグの意思が伝わってくるかのようだった。


「ああ、アネットからたっぷり話は聞かせてもらったさ。……卑怯にも逃げ延びたその代償、今ここで支払ってもらうぞ‼」


「やだね、アンタみたいな堅物が俺は一番嫌いなんだからよ。――マイヤ‼」


「ええ、貴方様の意思のままに‼」


 ロアルグが水の弾丸を解き放ったのと、アグニがマイヤへと指示を出したのはほぼ同じタイミングだ。降り注ぐ水の弾丸へとマイヤが手のひらを向けた瞬間、それらはまるでバラバラの方向へとはじき返されていった。


 地面へと落下していく力も借りて結構な弾速が出ていたように見えたが、そんなことすらもマイヤにとってはお構いなしなようだ。そしてアグニもそれを迷うことなく信じていたあたり、別に無理して弾き返しているなんてこともないのだろう。……いたって普通の行為として、ロアルグの攻撃ははじき返されている。


(……これは、少しマズいな)


 その光景を遠巻きに見つめながら、ガリウスは再度偽装魔術を展開する。視線がまたガリウスから外れたのは僥倖だったが、ロアルグがここまで封じ込められているとなると流石に苦しい状況だった。


 魔術は様々な可能性を秘めたものだが、しかし完全無欠と言うものでもない。マイヤの魔術にだって何か仕組みはあるはずで、それに伴うデメリットもあるはずだ。……だが、それを分析して戦闘に組み込むためにはあまりにも情報が少なすぎる。


 気配を殺せるギリギリの速度でアグニ達の背後に肉迫しながら、ガリウスは必死に思考を回転させる。二人の視線は弾丸の第二波を生み出し始めたロアルグへと向けられており、こちらに意識が向けられることはなさそうだ。


「お前との闘いはもういいからよ、あの嬢ちゃんの居場所を教えてくれよ。……あの無鉄砲な天才様がちゃんと大人になれてんのか、それを見定めないといけねえからな」


「断る。大人しく投降するか死ぬか、貴様に残されたのはその二択だけだ」


 アグニの要求をロアルグは冷たい声で突っぱね、無慈悲な水の弾丸を猛烈な勢いで打ち放つ。流れ弾がうっかり命中すればガリウスの命も失われかねないが、マイヤの完全な防御が皮肉にもその可能性を完全に排除していた。


 それにしても、ロアルグがこれだけ特定の人物――それも犯罪者と思しき人物に――執着するのはとても珍しい話だ。いつでも淡々と役割を果たすことを自らに課し、それを実現してきたからこそ団長の地位まで上り詰めた男が、今だけはなぜか頭に血が上っているようにすら感じられる。


 ロアルグの口ぶり的にいつか取り逃した相手のようだが、それだけなら今までにだっていた話だ。……このアグニ・クラヴィティアとやらとの間には、それだけじゃすまされない事情があるのだろう。


(それを馬鹿正直に聞いたところで、君はきっと口をつぐむんだろうけどさ)


 激流を纏って宙に浮きあがるロアルグの姿を見つめながら、ガリウスは淡々と考えを回し続ける。昔から、事実だけを元に考えるのはガリウスの方が上手かった。今ロアルグがそういう振る舞いを出来ているのは、自分に『冷静であれ』という命を下し続けているからに他ならない。


 ガリウス・サフィニアは知っている。ロアルグが本当は人情で動く人物で、その衝動を何度も噛み殺してきたことを知っている。人情で動いてしまったが故の後悔を抱えていることを、確かに知っている。


 あの事件の事を思えば、まだ騎士で在り続けていようと思えるだけでも大したものだ。自分の在り方まで意図的に作り変えて、その失敗を塗りつぶすほどに活躍を積み重ねて。自分にはそんなこと逆立ちしたってできないと、ガリウスはそう理解していた。


 故に、どれだけ生き方が違おうとロアルグは尊敬できるパートナー足りうるのだ。その在り方には絶えず積み重ねられた研鑽があると、抑え込まれた無数の意思があると、そう知っているから。……だから、せめてその愚直な生き方が報われてほしいと思ってしまう。


「――激流よ」


 そんなガリウスの願いのことなど知る由もなく、ロアルグは再び水の弾丸を装填する。きっとまた防がれるその弾丸を見上げながら、ガリウスは懐に手を突っ込んだ。


 手に伝わる硬い感触を確かめながら、ガリウスは二人との間合いを計っていく。初めてあの二人に接近した時、ガリウスはあと三歩と言う所で吹き飛ばされた。……逆を言えば、『四歩まで』なら吹き飛ばされずに近づけるという事だ。


 その間合いを見誤らないことに意識を集中させ、ガリウスはついに二人の背後へとたどり着く。本当はここから相手の背を刺せればいいのだが、それを仕掛けて失敗しては元も子もない。……これから仕掛けるのは、あくまで次善の策だ。


 右手に握りしめた感覚をもう一度確かめて、それを服の下から表へと出す。……そして、それを二人の足元目がけてやまなりに放り投げると――


「――全部まとめて、爆ぜ狂え‼」


 いかにも起動寸前といった様子で赤熱する魔道具の姿を見つめながら、大声でそう叫んだ。

 大きく打って出たガリウス、果たしてその手の内はいかに! 次回で騎士団の視点は一段落し、次々回からはマルクたちへと視点が戻っていく予定です! バラバラながらもそれぞれ襲撃に抗うマルクたちの姿、ぜひお楽しみください!

――では、また次回お会いしましょう!

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