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第三十九話『現実的ロマン』

「……なんというか、ここまで人がたくさん集まっているダンジョンの入口というのも不思議な話だね」


「普段のダンジョン攻略とはいろいろ事情が違うからな。相応のリスクはあるけどその分リターンもとんでもねえし、腕に自信のある冒険者からしたらいかない理由がないってことなんだろ」


 驚きを隠せない様子のツバキに、俺は軽く肩を竦めながら返す。俺たちの視線の先では、数々の冒険者たちが息まきながらダンジョンへと続く階段を下っていっていた。


――作戦会議兼リラックスのために費やした昨日から一夜。今回の攻略対象となったダンジョンの入り口を見渡せる位置にいち早く陣取った俺たちは、意気揚々と現れる数々の冒険者パーティの姿をずっと観察し続けていた。


 というのも、俺たちはこのダンジョン開きにおいて出来るだけ注目されない方がいい存在だからだ。結果を残す以上最後は派手に決めなくちゃならないとしても、その時になるまではできる限り目立たずにいる方が色々と都合がいい。だからこそ、俺たちは人の切れ目を狙ってするりとダンジョンに滑り込まなければならないのだ。


 これをするためだけに相当早起きしたからな……。少し朝に弱めなリリスは不満げな表情を浮かべていたが、これも最高の結果を残すためだと思って許してもらおう。


「しっかし、一番最初のパーティが入ってからもう十五分くらいは経過しているはずなんだけどなあ……。よほど人気のある行事なんだね、これ」


「しばらく開かれなかったダンジョンにはいろんな魔物がたむろしてるからな。過去にはダンジョンの中で特殊な変異をした個体が発生したこともあって、そいつの素材がそれはそれは高値で取引されたこともあるって話だぞ」


「夢のある話ね。……まあ、毎回そんなことが起こるとは思えないけど」


「んなこと皆承知の上だと思うぞ? 僅かな可能性だとしてもその瞬間に立ち会える可能性があるなら、そしてそのついでに金を稼げるなら追わずにはいられないのが冒険者ってもんだしな」


「確かに説得力のある演説だとは思うけど、後者の理由の方が圧倒的に強そうだと思うのはボクの偏見かい……?」


 俺の言葉を聞いて、ツバキは少し申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。だが、おそらくツバキの考え方で正常だろう。この言葉がちゃんと正しいなら、冒険者同士の確執なんて起こるはずもないんだから。


「大丈夫よツバキ、貴女の考えている通りだから。ロマンに引かれて冒険者を続ける人間なんてそう多くはないわ」


 そんな俺の考えを肯定するように、リリスはツバキの肩を優しく叩く。その主張にも大いに共感できるのだが、それを発したのがリリスであることが俺にとっては意外だった。


「ずいぶんときっぱり断言したな。この二週間で冒険者としての生活が染みついてきたって感じか?」


「それもあるけど、根拠はまた別の話よ。……ただ、商人とその辺りは変わらないってだけ」


「商人と……?」


 意外なところで意外な役職が出てきて、俺は思わずオウム返しをする。しかしツバキはそれで何となく合点がいったのか、俺の隣から軽く手を打つような音が聞こえてきた。


「そうよ。商人になろうと決めた人間はね、最初こそ大きな野望を持っているの。自分だけの大商会を作るとか、そのための拠点を買えるだけの稼ぎを手にするとか。……だけど、ほとんどの場合その目標が叶う事はないわ。そんな環境で生きるためには堅実な商品の売り方をしなければならず、結果として凡百の商人としての生き方が染みついていく。……一度そうなってしまった商人がロマンを追うのってね、実はすごく難しいのよ」


「商人は安定して生きようと思えばどこまでも堅実に生きられる職種だからね。……護衛っていう立場上、夢を追うことが出来なくなった商人の姿はイヤというほど目にしてきたからさ」


 それと同じものを感じたんだと思うよ――と。


 説明されるまでもなくリリスの考えに追いついたツバキが言葉を引き継ぎ、俺への説明をそう締めくくる。リリスもそれに異論はないようで、こくこくと満足げに頷いていた。


「夢を求めて始めたことも、いつか生きていくためだけの生業に変わっていく。……変えられないで破滅したら、それはただ愚かなだけだわ」


「変えないままで何かを成し遂げた人をこそ、世間は英雄と呼ぶのだろうけどね。仮にそのための第一条件を満たしたとしても、そういう人はこの世界じゃえてして早死にだ」


「……なんつーか、聞いてるだけで虚しくなる話だな。リリスが断言できた理由もよく分かるよ」


『双頭の獅子』なんかは、間違いなく現実を見つめた動き方をしているパーティと言ってもいいだろう。実力が付いたから調子に乗っている部分があるだけで、基本的には実入りのある討伐任務くらいしかこなしてないし。金にならないなら受けない、はクラウスの口癖の一つでもあったしな。


 夢を追いかけるにも、その生活を続けるだけの環境は必要になる。それを得るために現実的な行いをすれば、いつしかそっちが生活の本質になっていく――確かに、例を上げればキリがないと思えるくらいには現実的な話だ。数多の冒険者も、きっとその段階を通り抜けてきたのだろう。


「……だけど、俺たちはそうじゃない。……多分これからも、そうなることはないだろうな」


 しかし、その虚しさを振り払うように俺はきっぱりと断言する。俺たちの目標がブレない限り、現実的なやり方ばかりに囚われていくことはないと断言してもよかった。


「……そうだね、確かにそうだ。目標達成のためにドカンと金を稼がないといけない以上、ボクたちは現実的になるのとは無縁だったね」


「そういう事だ。目標のために稼いだ金を使って生活すればいいだけだからな」


 正直な話をすれば、冒険者が良く口にするところの『ロマン』ってやつは最初から俺たちのパーティにはないと言っていいだろう。俺たちが追いかけているのはもっと現実的なロマンだからな。ひょんなことから始まったこのパーティは、他の奴らとスタート地点がそもそも違うのだ。


「『最強のパーティを追放された人間と商会に奴隷同然の護衛として扱われていたコンビがパーティを組み、最強を軽々と超える』――それが達成されたところで何か世のためになるわけでもないけど、ロマンがあるのは間違いのない事実でしょうね」


「だろ? ちょっと俗っぽすぎるゴールかもしれないけど、それくらいで多分ちょうどいいんだよ」


 これが為されたところで、スカッとする以外の報酬は得られない。だが、それが俺にとっては一番価値のあるものだと言っていいだろう。あのクソ野郎の絶対的な立ち位置を、俺たちの手で揺るがしてやれるんだから。


「そんでもって、今日の戦いはその目標のための大きな一歩になりうるってわけだ。前の一件でクラウスも随分イラついてるって話だし、ここでさらにしてやられたら流石に無傷ってわけにもいかねえだろ」


「今日が終われば、王都の評判は一気にボクたちに傾いている可能性があるってわけか。……俄然燃えてくる話だね」


 俺の発破に応えるようにして、ツバキが鋭い光をその黒い瞳の中に宿す。リリスも言葉こそ発しなかったが、目を瞑って集中を高めるその姿は頼もしかった。


「……ああ、ようやく少し切れ目が出来たね。他のパーティが遅れてやってこないとも限らないし、今のうちにこっそりと足を踏み入れてしまおうか」


 そんな二人の姿に目を細めていると、ツバキがダンジョンの入口に向かってすっと指を伸ばす。同時に告げられた言葉の通り、ダンジョンの入り口付近はようやくいつもの静けさを取り戻していた。


「ああ、早いとこ動いて先発組に追いつかないとな。……リリス、行けるか?」


「ええ、いつでも行けるわ。マルクの思い描くロマン、実現してやろうじゃない」


 俺の確認に大きく頷いて、リリスは俺たちに向かって両手を差し出す。俺が右手を、ツバキが左手を掴むと、リリスは軽く息を吸いこんで地面を蹴り飛ばした。


 不可視の影の領域を突き破って、一塊になった俺たちはダンジョンの中へ滑り込んでいく。今日のダンジョン開きにおける異分子は、音もなく侵入を完了させた。

次回、ついに三人はダンジョンの中へと足を踏み入れていきます! マルクたちが掲げる現実的なロマンへの足掛かりとして、この行事において三人はどんな爪痕を残すのか! どうぞご期待ください!

――では、また次回お会いしましょう!

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