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第三百八十七話『未知の領域』

――望まないながらも護衛として生きてきて、今までリリスは多くの手合いを相手にしてきた。力任せな者、搦め手を好む者、あるいはその両方を器用に使い分ける者。あまり好かれない商会だったこともあってリリスとツバキの前には絶えず敵が現れて、その度にリリスたちは苦労させられたものだ。


 今思い返してもろくでもない記憶でしかないが、その中で積み重ねた魔術への知識だけは今に生きていると言ってもいいだろう。同世代に比べたらリリスたちは遥かに多くの魔術を知っているし、どう打ち破ればいいかも知っている。だからこそ、リリスたちに初見殺しは基本通用しないのだ。


――そう、あくまで『基本』は。


「いってこいお前ら、仕事の時間だ」


 石畳を作り替えて生み出した巨人の頭にまたがる男が軽く腕を振るうと、周囲に散乱していた様々な物がまるで意志を得たかのように動き出す。自慢の商品だったのであろう服、それを展示する為のマネキン、商品を並べるための棚。……そして、地面に転がる人間だったものの肉片でさえも。


 ありとあらゆる物が少年の号令によって統制され、合一して一本の剣へと変化する。……その光景は、リリスでもなかなか記憶にないレベルで冒涜的だった。


「……氷よ、遮りなさい‼」


 そのままリリスたちに向かって飛来してきたそれを、リリスは足踏みとともに出現させた氷の柱によって弾き返す。ただの寄せ集めのはずなのにその強度は高く、急造とはいえ十分に魔力を込めたはずの氷柱の表面には小さくない亀裂が走っていた。


「ち、やっぱ横着じゃ倒せねえのかね……。出来ることならもっと楽に仕事したかったもんだが」

 

 攻撃が防がれてバラバラに散っていく物たちを見つめて、男は軽く舌打ちを一つ。ずっと気だるげな様子は変わらないが、だからと言ってリリスたちの命を諦めてくれるだなんてことは一切なさそうだった。


 その丸まった背中の上には、襲撃者としての責任がしっかりと乗っているのだろう。――たとえ、本人の態度にそれが微塵も現れていないのだとしても。


「リリス、身体は大丈夫かい⁉」


「ええ、まだまだ余裕はあるわ。……けれど、この状況はちょっと問題があるわね」


 硬そうな見た目のわりに機敏に動き回る石の巨人から絶えず距離を取りながら、リリスとツバキは言葉を交わす。どこかに転移させられた二人のことを思うと一秒でも早くこの男を撃破しなくてはならないのだが、その戦い方はリリスたちの記憶にも類似したものがないぐらいに面倒なものだった。


 人に対して洗脳魔術を使い、それを戦力としてカウントしてくるような相手には何度も出会ったことがあるのだが、彼の魔術が操っているのは命ない物体だ。彼の手が振るわれ、魔力が物体に触れると同時にそれらは男の支配下になる。――言い換えてしまえば、この街に散乱しているすべての物が襲撃者の剣で在り盾、絶対的な味方だ。


「下手に攻め込めば足元に落ちてる物体にどんなしっぺ返しを食らったか分かったものじゃないわ。……事実、あっちもいくつか罠は張ってるみたいだしね」


 物体にまとわりつく奇妙な魔力の気配を感じ取りながら、リリスは少し顔をしかめて悪態をつく。その魔力がどんな変化をもたらすのかはまだ分からないし、分からないままで終わるぐらいがちょうどいい。襲撃者に魔術を好き勝手使われるという事は、主導権をあちらに渡しているという事に他ならないのだから。


「はっきり言って状況はかなりマズいけど、だからと言って焦るのが一番よくない展開よ。……マルクだって何もできずに死ぬほどやわじゃないもの、少しぐらい丁寧に行っても間に合うわ」


 砲撃とともにどこかへと転移させられたマルクのことを想い、リリスはそう断言する。近接戦闘しかできない以上限界はあるが、それでも半年前に比べたら十分立派な成長をしているのだ。たとえ苦戦することになろうともただで倒れることはないと、リリスはそう信じている。


「……そう、だね。まずは確実にこいつを倒すことが最優先か」


「そういうこと。こいつを倒したところで襲撃が終わるわけでもなし、十分に動ける状態で居なくちゃいけないもの」


 身体的な負傷ならばリリスが治療できるからまだいいが、問題なのは魔術神経が損傷してしまった場合だ。命綱だったマルクは居所が知れず、次に修復術を受けられるのがいつになるかも分かったものではない。……無茶な魔術の行使は、どうしても避けなくてはならなかった。


「足を止められない以上ボクからの援護も限界があるし、本当に面倒な相手だね。……まるで、ボクたち二人の弱点を突くためにこの人が来たみたいだ」


「あり得ない話――とも言えないのがまた恐ろしいわね。アグニと同じ組織の人間な以上、私たちのことがバレていないなんてのはあり得ないわけだし」


 ここに来て仕留め損ねたことが裏目に出るのかと、リリスは半年前の問答を苛立ちとともに思い出す。あの時はマルクが機転を効かせてくれたから痛み分けで済んだが、そうじゃなかったらどうなっていたか。――アネットを失う可能性すらあったと思うと、背筋に冷たいものが走る。


 本人には自覚がなくても、やはりマルクは『夜明けの灯』にとって重要な成果をいくつも掴み取ってきたのだ。襲撃者側はレイチェルを守る人員を削ろうとして分断したのかもしれないが、その影響は間違いなくリリスたちにも表れていた。


「……まあ、できる限り早く倒せるに越したことはないってことね。ツバキ、支援は任せるわよ」


「ああ、君の届かないところはボクがカバーするよ。あの手の魔術なら影魔術で封じ込められるかもしれないしね」


 今までに何度となくかけてきた声とともに臨時の作戦会議は終了し、リリスは二歩ほど前進して石の巨人へと距離を詰める。それを見た襲撃者の青年は、面倒なものを見るかのように顔をしかめた。


「……ああ、作戦会議は終わったのか。オレとしては追い回してるだけで時間稼ぎができてラッキーと思ってたんだが、ボーナスにはやっぱり終わりがある物らしい」


「ええ、するべき話し合いは全部終わったもの。……後は、貴方を吹っ飛ばすだけだわ」


 残念そうにため息を吐く男に不敵な笑みを返して、リリスは氷の直剣を作り出す。背後から伸びてきた影がすぐさま刀身に絡みついて、その強度が数段跳ねあがった。


 結局のところ、リリスたちが切れる手札なんてのはそう多くないのだ。リリスが前で暴れ、後ろに立つツバキがそれを影で支援する。調整できるのは影の支援の濃度ぐらいのもので、戦術にさしたる違いが出ることはない。力押しで相手の小細工を打ち破れるのなら、それ以上に簡単なことはなかった。


 感覚を研ぎ澄ませ、このあたりに漂う魔力の気配を感じ取る。それが何に由来するものか、どんな性質を持っているか。それを優先順位を付けて整理しながら理解して、相手が何を仕掛けたいのかを読み切る。……そこまで到達できれば、後は潰して主導権を握るだけだ。


「私たちの時間を浪費させた罪は重いわよ。たとえ死んでも文句は言わないことね」


「文句は言うだろ、誰だって死にたかねえんだから。……あくまでそっちが押し通るって言うんなら、オレもオレで目一杯生き足掻かせてもらうだけだ」


 影を纏った剣を突き付けるリリスに、襲撃者は肩を竦めながらため息を吐く。結構な速度で動く巨人の頭にまたがっているというのに姿勢が安定しているのが、何とも言い知れぬ憎たらしさをリリスに抱かせた。


 だがしかし、それを感じる瞬間はすぐに終わりを告げる。……次の瞬間、男の纏う雰囲気が一気に剣呑な物へと切り替わったからだ。


「――イディアルの嬰児、ネルードが告げる」


 その言葉がリリスの耳を打った瞬間、場を包み込む雰囲気が一気に緊張するのをリリスは本能で感じ取る。その肩書も名前にも聞き覚えはなかったが、それが只ならぬものであり、同時に十中八九ろくでもないものであることは明らかだった。


「命無き物体に、被造物に慈悲があらんことを。理想の祝福が、意志無き物どもに与えられんことを」


 男――ネルードが唄うように言葉を紡ぐにつれ、ネルードの纏う魔力の濃度がだんだんと引き上げられていく。それはともすればツバキにも並びうるほど――いや、それすらも超える人間離れしたもので。それだけの魔力が魔術に変換されたとき何が起こるのか、想像することもできなくて。


「氷よ、撃ち落しなさい‼」


 半ば無意識のうちにリリスは腕を振るい、巨人の頭に鎮座するネルードを撃ち抜かんと氷の弾丸を最高速度で放つ。……だがしかし、それはことごとく隆起した石畳によって阻まれた。


 その現象に、リリスは思わず息を呑む。石畳の防壁が生まれた直前、ネルードはただ詠唱を続けていただけだった。合図もなく、魔力を送ったような感覚もない。……まるで石畳が本当に意思を持ったのかと勘違いしたくなるほどに、その防御は前触れなく発生していたのだから。


 何度氷の弾丸を送っても、その度に隆起した石畳がリリスの意図を完全に阻止する。故に、詠唱は終わらない。リリスとツバキをもってしても何が起こるか分からない詠唱は、何も妨害されないまま結末へと進んでいく。


「悲しき物どもに、願わくば命が与えられんことを。――そしていずれは、尊き意志が宿らんことを」


 まるで舞台の終幕を告げるかのように、そう紡いだネルードは右手を天高くへと掲げる。――それと同時、増幅した魔力が一気に弾けるようにして周辺に広がって――


「……う、そ」


「……冗談だろう、これが魔術の産物だって言うのかい⁉」


 その魔力が生み出した光景に、リリスとツバキは思わず驚愕する。それはあまりに冒涜的で、眼を疑いたくなるような。冒険活劇に記してみても『そんなのは現実的じゃない』と笑い飛ばされてしまうぐらいに現実感のない、あり得べからざる光景だ。


 棚、服、マネキン、肉片。素材も生み出された経緯も違うものが結びつき、一つの形を成し、二本の足で石畳の上へと立つ。歪に継ぎ接がれたその肉体は、あまりに不格好だけど、それでも、確かに――


「……自立、してる?」


――それは確かに人の形をして、リリスとツバキの方を向き直っていた。

 視点はリリスとツバキに戻り、こちらも現状を突破するための戦いが続いております! 果たしてリリスたちは未知の敵を打破できるのか、ぜひご注目いただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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