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第三十七話『情報屋』

「……ふうん、珍しい事もあるんだな。オレの見立てだとお前はこんなところに一人で来られるような肝っ玉をしている人物だとは思っていなかったんだが」


 一人でテリトリーに踏み込んで来た俺に対して、『ソイツ』は興味深そうに鼻を鳴らす。どことなくこちらをおちょくっているようにも聞こえるその言葉に、しかし俺は努めて冷静に答えた。


「どんな人間でも生きてりゃ色々とあるもんだからな。なんだかんだと続く日常が急に音を立てて壊れることも、お前の力を頼りたいと思うような状況が目の前に現れることだってあり得ない話じゃねえよ」


「ごもっともだな、人間ってやつはえらく流動的だ。それを理解できてる以上、『双頭の獅子』にいたころのお前よりは成長していると考えた方がよさそうだな」


「間違いなく成長はしてるだろうよ。……『情報屋』であるお前が俺との会話を渋ってない時点で、その証明は終わってるようなもんだ」


「はっ、そいつぁ違いねえや」


 肩を竦めながらの俺の返答に、黒ずくめの人物――『情報屋』は肩を揺らしてけらけらと笑う。そう遠くない距離に立っているはずなのに、その表情はおろか全身の輪郭すらもはっきりと目に映ることはなかった。


 今俺がいるのはギルドの裏口付近、どこに行くにも不便なもんだから誰も使わないようなドアのすぐ近くだ。普通に生きていれば誰もがスルーするようなその場所を根城として、『情報屋』は商売に興じている。――この街のありとあらゆる情報に値札を付けて売り買いするという、あまりにも阿漕な商売に。


「それで? お前が今ここに来たってことは、オレの握ってる何かが必要になったってことだろ。……お前は、いったい何を求めてオレみたいな下衆の知恵を求めてるんだ?」


「相変わらず、自分が下衆であることへの自覚は余念がねえのな……」


「そりゃそうだろ、どんな純真無垢な奴ならこの商売を悪気なくできるってんだ。オレはこの稼業の下衆さを知ってるし、その上で好き好んでこの仕事を続けてる。……これ以上に楽しい仕事なんて、この世界のどこを探してもなかなか見つからねえからな」


 ため息を吐く俺に反して、情報屋の声色は楽しげだ。色々な境遇の人が集まる王都で最も自由に生きているのは、もしかしたらコイツなのかもしれなかった。外見も声質も魔道具によって偽装されているから、男なのか女なのか、何なら本当にこの街に存在しているかも何一つ定かではないけどな。


「……って、そんな綺麗事めいた御託は良いんだ、一ルネにもなりゃしねえんだから。オレの情報網は王都の裏路地一本に至るまで細かく張り巡らされてるからな、お前が欲しがりそうな情報は大体揃ってると思うぜ?」


「ああ、そう来なくっちゃな。……『双頭の獅子』とクラウスのここ二週間の動向が知りたいんだが、今すぐに出すことはできるか?」


 じれったそうに一歩こちらに踏み込んでくる情報屋に軽くのけぞりつつも、俺はここに来た目的を告げる。……今一つ動きの見えないクラウス達の動きを明らかにするには、『情報屋』の力を借りるのが最も手っ取り早い上に正確だった


 こいつが下衆なのは疑いようのない話だが、コイツの提供する情報以上に信頼のおけるものもない。俺の言葉だけじゃ信じきれないなら、この街に長くいる冒険者に聞けば口をそろえて証言してくれるだろう。あの奴隷商と同じで、コイツは情報という『商品』に対してどこまでも誠実だ。


 その期待通り、情報屋は俺の問いかけにしっかりと首を縦に振る。楽しそうな雰囲気を漂わせながら、情報屋は大きく両手を横に広げてみせた。


「ああ、そいつらの情報ならしっかりと取り揃えてるぜ。お前たちが何をしてるかは当然オレの耳にも入ってきてるからな、その情報を買いに来る可能性があるんじゃねえかと少し前から重点的に仕入れといた甲斐があったってもんだ」


「俺が成長してるかもわからねえのに、か?」


「そりゃもちろん。ビジネスチャンスが生まれ得るならそのための準備は怠らねえのがオレの信条だ。それで顧客の期待に応えられないなんてことがあったら面目丸つぶれもいいところだからな」


 俺の問いかけに、情報屋は軽く鼻を鳴らしてそう答える。軽薄な言葉のようにも思えるが、そこには情報屋としての矜持が存分に込められていた。……それがコイツの中で確かに確立されているからこそ、この街でこの商売を続けていけるのだろう。その信念だけは、誰も否定のしようがないものだ。


「それに、お前が来なくてもクラウス達が来る可能性はあるからな。お前たちが対立関係になってくれたおかげで、オレとしちゃあウハウハもんだ」


「……少しばかり評価を見直そうとした俺の気持ちを返してくれ」


 肩を揺らして笑う『情報屋』に、俺は思わずため息を吐く。目の前にいる人物はやっぱりろくでもない奴だと、良くなりかけていた印象は一瞬で元に戻ってしまった。


 こいつの信念を信じることはよくても、『情報屋』の人格はやはり油断ならないものだ。コイツを前に少しでも隙を晒せば、そこから零れ落ちた情報がいくらで売りさばかれるか分かったもんじゃないからな。


「くっはは、相変わらずお前はお人よしだなー。どうしてもオレのことを信頼してみたいなら、オレの素性に金を出すこった。それを餌に脅せば、流石のオレもお前の言うことを聞かざるを得ないからさ」


「んなことしねえよ。……というか、どうせ超高く設定してあるんだろ?」


「そりゃもちろん。一千万ルネと、追加でアンタの致命的な秘密……そうだな、『修復術式』のルーツくらいは教えてもらわなきゃ割に合わねーだろ」


 くひひっ、と情報屋は悪戯っぽい笑みを浮かべる。ここで俺がその取引に乗ったらどんなリアクションをするのか気になるところではあるが、その興味が満たされることは永遠にないだろう。きっと誰も、情報屋の素性を知ることは不可能なのだ。


「買わせる気のない情報のことは置いといて、今はもっと建設的な話をしよう。……クラウス達の情報、いくらなら売ってくれる?」


 俺の軍資金は三十五万ルネ、ここが生活に支障が出ない程度で払える精一杯の金額だ。これで足りないなんてことは、流石にないと思いたいが――


「アイツらの情報はちょっと調べりゃごろごろ出てくるからな、合計十五万ルネ位で手を打ってやるよ。……まあ、おまけにお前たちの情報の一つや二つくらいは欲しいってのが本音ではあるけどさ」


 お前たちの情報は断片的すぎるんだよ、と情報屋は少しばかり困ったような声を上げる。リリスは奴隷だった時期があるからまだしも、ツバキの素性を知る人物はこの街にいないも同然だからな。仮に商談で隣にいるのを見たことがある人がいたとしても、だからと言ってツバキの立場が割れるわけでもないし。


「お前たち三人のうち主力は女の二人組、片方はとんでもない精度と種類の魔術を扱うエルフでもう片方は影魔術使いの補助術師――これとあと拠点にしてる宿くらいは分かるけどさ、こんなん情報として売る価値もねえくらいに基本的な物だろ? 正直、これじゃあ顧客を満足させる商品にはなりやしないんだよ」


「二週間でそこまで収集できてるなら完璧な仕事だけどな。……正直に言えば、お前が集めた情報が外部から分かるアイツらのほぼすべてとも言っていいくらいだよ」


 というか、滞在してる宿まで知られてるのは恐ろしいな……名残惜しい気もするが、そろそろあそこともお別れするべき時期なのだろうか。


 だがしかし、情報屋はそれだけで納得できないようだ。俺を見つめながら手を落ち着きなく動かすその様子からは、表情も何も見えないのに焦っているのがひしひしと伝わってきた。


「この街に長い事君臨してきたクラウスの絶対が揺らいだ今、そのきっかけになったお前たちの情報は一番熱い商品なんだよ。お前たちのファンもアンチも、まだ謎だらけのお前たちのことを知りたくて仕方がねえんだ」


「おっかない話だな……。そんな状況でお前に情報を伝えなきゃいけないのか」


「ああ、嫌なら別に話さなくてもいいぜ? ……ただ、オレに支払う情報はチップみたいなもんだ。それがあるとないとじゃ出てくる情報に差が出てくるかもしれねえな」


――本当に有益な情報を引き出したいなら、お前たちも相応の代償を背負え。そんな言葉が聞こえてきそうな声色で、情報屋は俺に判断を委ねる。普段はお茶らけているはずの『情報屋』が、この瞬間だけは言い知れぬ威圧感を纏っていた。


 こういう駆け引きにおいて、俺が商売人に勝てるようになるのはまだまだ先の話かもしれないな。正直悔しい気持ちでいっぱいではあるが、一つでも多くの情報を得るためには仕方のない話だ。


「……アイツら二人の情報が出てこないのには、それ相応の理由がある。――それを教えることで、お前へのチップとしては十分なんじゃないか?」


 それ自体を商品として他の人に売りつけるもよし、それを手がかりとして調査の手をさらに広げていくもよし。俺たちの根幹に関わる事ではないにせよ、二人の境遇は俺が語らなければ知ることができない情報なのに間違いはないだろう。その重要性を理解できないほど目の前の商売人は愚かではないと、そう信じている。


「……いいねえ、取引ってやつをよく分かってるじゃないか。気に入ったよ、お望み通りあんたの欲しい情報をくれてやる」


 満足そうな笑い声をあげ、情報屋は俺に向かって右手を差し出してくる。それを俺が握り返すことによって、情報屋との取引は無事に成立したのだった。

かなりクセの強い新キャラがもう一人登場致しましたが、いかがでしたでしょうか。これっきりのキャラになることはないと思いますので、再登場を楽しみにしていただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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