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第三百六十一話『夜の五番街にて』

 魔道具で満ち溢れた町は夜も明るい電灯が街を照らし、道路に目をやれば車がせわしなく右往左往している。その全てが運転手のいない自動運転の車だと思うと、なんだか奇妙な感慨が胸の中に浮かび上がってきた。


 その妙な感覚を首を横に振ることで追い払い、俺は街ゆく車に目を凝らす。俺たちが泊まる宿のほかにも五番街には様々な宿があるようで、その入り口である停留所からは観光客と思しき人が続々と歩き出していた


 そうやって各々の宿に向かって行く人の中で、際立って背筋の伸びたシルエットを俺は視界に捉える。その服装は周囲と比べても格式ばったもので、それがかえって観光客だらけのこの人波の中では浮いていた。


 作戦決行前はうっかり見落とすんじゃないかと言う不安もあったが、いざ目標を前にするとその考えがいかに杞憂だったかをひしひしと思い知らされる。観光客たちが生み出すどこか浮足立った雰囲気の中でも、その男はあまりにも騎士らしく厳格だ。


「……ロアルグ、ガリウスとの交渉行脚は終わったか?」


 足音をできる限り殺してその後ろ姿に近づき、俺はそう声をかける。……驚いたようなロアルグの視線が、ずっと待ち伏せをしていた俺のことを見下ろしていた。


「――マルク殿か。宿で体を休めなくてもいいのか?」


「ああ、随分と寝坊した分今日は体が軽いからな。……んで、交渉の調子はどうなんだよ」


 はぐらかすような問いをピシャリと一蹴して、俺はもう一度問いを重ねる。そんな俺をロアルグはどこか驚いたような表情で見つめていたが、やがて諦めたように口を開いた。


「……ああ、概ね順調だ。一部『対応時間外だ』などと詭弁を並べ立てて交渉に応じなかったところもあるにはあるが、それも明日の朝一番には決着がつくだろう。おそらく、明日の午後にはグリンノート殿を踏み込ませるための準備が整うだろうな」


「明日の午後、ねえ。そりゃまた随分急ぎ足と言うか、焦ってるというか」


 これが平常運転と言われたら感服するしかないが、夜に差し掛かるあの時間から各所に交渉に回るとは大した殊勝さだ。それを普段からできるような人物ならば、ガリウス自身が言っていたように『嫌われる』ことなんてなさそうなものだけどな。


「ま、お前たちにとっては迅速に約定を果たしに行くのがそれだけ重要ってことか。……俺たちには、その必要性がいまいち理解できねえけど」


 少し大げさに肩を竦めながら、意識的に皮肉気な口調で俺はロアルグにそう言い切る。普段は動かない眉がピクリと動いたのが、街灯のおかげではっきりと見えた。


「……ガリウスのことがよほど気に入っていないようだな」


「そりゃそうだろ、俺たちの仲間をあそこまでこっぴどく傷つけたんだぜ? 今もきっとツバキたちが付いててくれてるけど、それでも立ち直れるかって言われたら難しいぐらいだよ」


 ガリウスからしたらちょっと焚きつけてやろうぐらいの気持ちだったのかもしれないが、それがレイチェルに与えたダメージは計り知れない。……支部長と言う立場があったのだとしても、あそこまで追い込むことが許されていいはずもなかった。


「約定を果たすって目的自体は俺もアイツも一致してるけど、そのために通ろうとしてる道筋があまりにも違いすぎる。……正直、必要以上に力を借りようとは思えねえよ」


 腹の底から湧き上がるような怒りをどうにかコントロールしながら、理性的な口調で俺はロアルグに対して言葉を重ねる。その言葉が騎士団との信頼関係に傷を入れるきっかけになるのだとしても、これだけはしっかりと言っておかなければ気が済まない。


 俺たちと騎士団の協力関係は、騎士団が一方的に俺たちを顎で使うようなものじゃない。お互いにまっすぐ同じ高さで視線を合わせて、お互いに思う事があるなら口にする。これまでもそうだったし、これからだってずっとそうだ。


「……ああ、貴殿らの反感は至極もっともな話だ。ガリウスが苛烈な真似をしている以上、私たち騎士団にはその批判を聞き届ける義務がある」


「ああ、理解が早くて助かるよ。……ついでに言うなら、明日からレイチェルに挑ませようとする無茶なスケジューリングについても取り下げてほしいものだけどな?」


「いや、それは認められないな。グリンノート殿には明日からセキュリティに挑み、約定を果たしてもらわなければならない。……騎士団として、それは絶対に必要なことだ」


 俺たちの批判は受け止めながらも、日程の強行についてロアルグは頑なに首を横に振る。あわよくば勢いで押しきれないかとも思ったのだが、それは流石に夢物語が過ぎたようだ。


「へえ、随分と強気に断言するんだな。ガリウスの入れ知恵か?」


「入れ知恵では聞こえが悪いな、これは私とガリウスが話し合った末に決めたことだ。……騎士団として、グリンノート殿――精霊の依り代を長期間この街に置いておくことによって生まれるリスクの存在は看過できん」


 少し煽るような俺の言い回しにも動じず、ロアルグは淡々と言葉を並べたてる。その主張はさっき支部長室で聞いたものと何ら矛盾がなく、俺たちの意見に対して少しも譲歩していないのがよく分かった。


 あれだけのらりくらりと振る舞っておきながら、ガリウスの芯は一切と言っていいほどにブレていない。……まるで、最初からそうする以外の選択肢を考えてなどいなかったかのように。


「――無理やりに挑ませた結果、レイチェルの心はすり減っちまうかもしれねえ。……それでも、お前たちは計画を強行するつもりか?」


「そうならないために私や貴殿らがいるのだろう。彼女を孤独にさせないのは、旅を共にしてきた私たちの役割だ」


 ならばとさらに踏み込んでみるが、ロアルグからは当たり障りのない答えしか返ってこない。それも正しいことなのには間違いないけれど、今俺たちが聞きたいのはそういう事じゃないのだ。


「レイチェルは俺たちよりもさらに年下なんだ、自分の身に起きた出来事を十日足らずで整理できるわけがねえ。そんな不安定な状態でも、アイツを送り出さなきゃいけねえってのかよ」


 帰りの車の中で――いや、もっと言えば支部長室を出たすぐ後から、レイチェルはずっと暗い表情を浮かべていた。自分の無力さに打ちひしがれて、今にも崩れ落ちそうだった。そんなことと向き合うには、まだあまりにも早すぎるというのに。


「俺達やお前たちは、強くなきゃいけない世界で生きてきた。けどな、レイチェルは違うんだ。今まで穏やかに生きてきて、これからも穏やかに生きていくって思ってたんだ。そんな奴に一日二日で決断を迫るなんて、あまりにも……‼」


「……貴殿は、ガリウスが想定していた通りの反論をするのだな」


「……ッ⁉」


 俺の言葉を遮って発された言葉に、背筋が明確に凍り付くのが分かる。……想定していた? あの男が、俺たちの反論を?


「貴殿らの目には、ガリウスは冷徹で心無い人間に映っただろう。年端もいかない少女に過酷な役割が課せられてしまったことは悲しむべきことで、それをもたらした襲撃者には相応の報いがなくてはならない。――その程度、アイツが理解していないはずがないさ」


「なら、どうしてあんなことを――」


「私や貴殿らとは優先順位が違うだけだ。覚悟を決めることとは優先順位を付けることだと、かつてリリス殿はアネットにアドバイスしたそうだな?」


 俺の目を見下ろし、言葉を遮ってロアルグは続ける。その姿がなぜか普段より大きく見えて、俺は思わず後ずさってしまった。……ロアルグのことがこんなにも恐ろしいと感じたのは、これが初めてだ。


「ガリウスにとって一番優先すべきなのは、『この街に降りかかる危険をできる限り少なくする』ことだ。グリンノート殿が滞在する限り襲撃のリスクが増えてしまう以上、アイツが優先すべきなのは一日でも早く約定を果たさせること。……そう思えば、あの場での行動には何の矛盾もないだろう?」


「それは……そう、だけど」


 ロアルグの言葉を肯定すれば、確かにあの場でのガリウスの行動からは矛盾がなくなる。この街のことを第一に考えるならば、レイチェルの事を気にしないのは何の不思議もないことだ。それは、もはや反論のしようもない事で。


「ガリウスは思慮深い。貴殿らが考えているその何倍も、な。――それを知っているから、私はガリウスの方針に異を唱えるようなことはしないさ」


「……そうか。俺たちが何を言っても、今更計画を変更する気はないってことだな」


 ゆっくりと首を横に振るロアルグを目にして、俺は真っ当な交渉がこれ以上意味を成さないことを確信する。俺たちとガリウスの優先順位は、真逆と言ってもいいぐらいに食い違っているのだから。


 だが、そうだからと言って『はいそうですか』と素直に引き下がるわけにもいかない。そう言って引き下がるのが嫌だから、俺たちはこうして作戦を立てて動いているんだ。


「お前たちがお前たちの考えに基づいて動いているように、俺たちも俺たちの考えを曲げる気はねえ。そっちが強引にでも話を進めるってんなら俺たちも相応の対応をさせてもらうぞ」


 いつもより大きく見えるガリウスの圧迫感に負けないように、気を張って俺は堂々と言い返す。次にどんな反論が来てもくじけるまいと、俺は密かに気を引き締めなおして――


「そうか。薄々勘付いてはいたが、やはり貴殿らは挫けぬのだな」


 今まで強張っていた表情が緩み、それとともに声色も柔らかくなる。俺が恐ろしいと感じたロアルグの姿はすでになく、気が付けばいつも通りのロアルグが目の前に立っていた。


「反論にもめげることなく、己の理想を貫き通すことを諦めない。……アネットが貴殿らを慕っている理由を、改めて思い知らされたよ」


「……ロア、ルグ?」


 我ながら随分と調子に乗ったことを言っているという自覚はあったのだが、それを咎める気配はない。……むしろ、俺の言葉をロアルグは歓迎しているようにすら思えて。


「お前、俺たちの意見に反対してたんじゃないのか……?」


 半ば呆気にとられながら問いを投げかけると、ロアルグの視線が改めて俺を捉える。……そして、またはっきりと首を横に振った。


「違うな、貴殿らの方針と対立しているのはガリウスの考えだ。それに異を唱える気はないが、しかし完全に賛成したというわけでもない。……私としても、ガリウスのやり方には思う所がある」


 その仕草とともに、ロアルグははっきりとそう口にする。……その姿を見て、俺は少し前の言葉を改めて思い返していた。


『私や貴殿らとは、優先順位が違うだけだ』


 初めてそれを聞いた時、俺ははっきりと突き放された感覚に陥った。騎士団と俺たちじゃ見てるものが違うのだと、目指すものが違うのだと。……だけど、あの時切り離されたのは俺たちだけじゃない。


「……お前にはお前の、優先順位があるってことか」


「当然だ、ガリウスの思うままに動くなどしてたまるものか。私は私の好きなように動くと、アイツにも既に宣言してある」


 俺の確認に堂々と首を縦に振り、ロアルグはそう宣言する。その姿は、俺たちが抱いていたロアルグやアネット――ひいては騎士団への願望と、よく似たもので。


「この街に降りかかるリスクを軽減したいというガリウスの意図は、騎士団としても認めざるを得ないものだ。……だが、そのために幼い少女の心をないがしろにしていいとも思わない」


「ああ、そりゃそうだ。……俺たち、協力できそうだな?」


 ロアルグが打ち出した優先順位に同意して、俺はまっすぐに手を差しだす。同じ想いを胸に抱いているのなら、それだけで協力する理由としては十分だ。


 そんな想いと共に伸ばされた手を、ロアルグはしばらくじいっと見つめる。それが拒絶の前触れかもしれないと思うと肝が冷えたが、やがて俺の手にはごつごつとした感覚が伝わってきて――


「ああ、貴殿らに力を貸そう。……グリンノート殿のことを、よろしく頼む」


 満足げな笑みと同時に放たれた言葉を決め手として、俺とロアルグの交渉は成立した。

 理想を、自分たちのやりたいことを貫き通そうとする思いは、マルクたちも負けず劣らず心に宿しているものです。それがレイチェルの心を掬い上げるきっかけとなれるのか、ぜひご注目いただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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