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第三百五十七話『信用の条件』

「その様子だと、こっぴどくやられたようだな」


「ああ、君が言っていた通りの実力者だったよ。まさかあそこまで的確にいかれるとは思ってなかった」


 支部長室に戻ってきたガリウスを見るなり、ロアルグはどこか誇らしげな表情を浮かべながら告げる。それに対してガリウスは頭を掻いていたが、ピコンと伸びたアホ毛はご機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。


「貴殿ら、迅速な合流感謝する。……それと、部下が非礼を働いて申し訳なかった」


「ごめんね、ロアルグが太鼓判を押した人たちの実力をどうしてもこの眼で見てみたくなっちゃって。期待以上のものが見られたから、もうあんな真似をすることはないよ」


 ロアルグが俺たちに頭を下げ、ワンテンポ遅れてガリウスも深々と頭を下げる。謝罪の態度も言葉の硬さも真逆なのに、所作だけはぴったりと同じものなのが俺の中で奇妙な感覚を起こしていた。


 ガリウスが纏う雰囲気は、今まで見てきたどの騎士とも違うものだ。クロアのように言葉遣いが軽いタイプの騎士は王国にもいないことはなかったが、それとガリウスを比較してもやはり『どこか違う』というような感想が俺の中に現れる。もう少し詳細にその違いを考えてみたいのだが、深く考えれば考えるほど同じ結論に戻ってきてしまうのだから困って仕方がない。


「というか、この人ってロアルグさんの部下だったんだね。……それなら、あんなことしないようにもっと強く引き留めておけばよかったのに」


 一番ガリウスの振る舞いを恐れていたレイチェルが、ロアルグを見つめて切実な言葉をかけてくる。その指摘はかなり痛いものだったらしく、ロアルグはまるで傷口を押さえるかのような仕草で胸元に手を当てた。


「申し訳ない、貴殿の言うとおりだ。……だが、私の頭ではコレの好奇心を止める策を考え出すことが出来なかった」


「言い方が悪いなあロアルグ、それじゃまるで僕が好奇心だけで動く子供みたいじゃないか。僕だって一応は騎士団とか冒険者の君たちの事とかを考えて、熟考したうえでああすることに決めたんだよ?」


 うなだれながら発されたロアルグの謝罪に、ガリウスは不満そうな様子で一歩詰め寄って反論する。その様子もまた子供っぽい――なんて感想は、きっと言うだけ野暮という奴だろう。


「僕は僕の目を一番信じてる。もちろん君の目が節穴だなんて言うつもりもないけれど、物事を信じるには結局自分で体験することが一番なんだよ。事実、僕はもう『夜明けの灯』に対して全幅の信頼を置ける自信があるからね」


「ほう、それはいい心がけだ。魔術によって目や耳を欺くお前がそれを言うのは、すさまじい皮肉にも聞こえるがな」


「だからこそだよ、ロアルグ。敵を騙し欺き続けなければならないのが僕だから、物事の本質を見定める目に関しては誰よりも自信を持っていなければいけないのさ」


 そうじゃなきゃ他者を欺くなんてできるはずもないからね――と。


 辛辣な言葉に怯むこともなく、ガリウスは堂々と自らの信条を口にする。ここまでまっすぐ対等にロアルグと言葉を交換できるのは、俺が知る限りアネットに続いて二人目だった。


「というかさ、勝手に僕を君の部下にしないでくれるかい? そりゃ組織図で見ればそうだけど、それ以前に僕はロアルグの唯一と言っていい友人だと思ってるんだからさ」


「ここが騎士団と何の関係もない場所なら考えてやらんでもなかったが、生憎ここは支部長室だ。騎士団に属するものとしてお互いこの場所にいる以上、お前は私の部下以外の何者でもない」


 ついで感覚で反論してくるガリウスの言葉を、ロアルグは軽く鼻を鳴らしながら退ける。その対応は確かに冷たいものに思えたが、だがどこか楽しんでいるようにも見えなくはなかった。


 それが同じ騎士団に属するものに接しているからなのか、それともガリウスという男の人間性がそうさせているのかは分からないけどな。まあ少なくともガリウスのことを悪く思ってるわけじゃないだろうし、食い下がり続ければいつかは友人と呼んでもらえるのではないだろうか。


「このやり取りだけ聞いてるとあの時の威圧感が嘘みたいね。まさかアレも偽装してたとか?」


「まさか、あっちが僕の本性さ。支部長ってのはこの街の騎士団の顔みたいな存在だからね、厳格で近寄りがたいよりも親しみやすくて何かあったらすぐに頼れる男でいた方が街のためにもいいでしょ?」


 一歩引いたところから二人のやり取りを見ていたリリスが少し呆れた様子で問いかけると、ガリウスは少し大げさにのけぞりながら返す。それに続くようにしてロアルグが一歩進み出ると、のけぞりすぎたあまり倒れそうになったその背中を押し返しながら付け加えた。


「こんなふざけた男だが、その考え方自体は間違っているものではないからな。……支部長という肩書は偶然や運任せで手にしたものではないという所は、私が騎士団の誇りに懸けて保証しよう」


「なんてったって支部長の任命をしてくれたのは君だもんね。普段厳しいくせにちゃんと僕の実力を認めてくれるあたり、本当に君って素直じゃないんだよなあ」


 ロアルグの高評価に口元を思いっきり緩ませながら、「このこのぉ」なんて言いながらガリウスはロアルグの脇腹を叩く。ロアルグは不愉快な表情とともにそれを押し返そうとしていたが、その体が動くことはなかった。


 よくよく見てみれば、その軽薄な仕草と声色とは裏腹に足元はとんでもなく力を入れて踏ん張っているのが分かる。ロアルグも決して非力ではないだろうに、ガリウスはその力を正面から受け止めているらしい。


「……分かってるわよ、本当にふざけてる人間にあの殺気は出せないもの」


 まるで力比べのようになっている二人の様子をジト目で見つめながら、リリスはため息とともにそんな言葉をこぼす。人物像はともかく、ガリウスの実力に関してはリリスも認めているようだった。


 何らかの魔術の干渉があったとはいえ、リリスの感覚をすり抜けてあわや奇襲ってところまで行かれてたわけだしな……。模造品の剣だったからまだいいが、アレがもしも真剣だったら命の危機なんてものじゃないだろう。最悪の場合、ガリウスの存在に気づく前に殺される可能性だってあるのだ。


「あの雰囲気を纏えるのは、何度も殺すって選択肢を選んできた人間だけよ。……騎士団というよりも、傭兵とかの方が近い気もするけど」


「言い得て妙だね、騎士団なんて王国お抱えの傭兵みたいなもんだし。ロアルグはそう思わないかもしれないけど、決して違っているとは言わせないよ?」


「――今更お前の思想に異を唱えるようなことはしないさ。その議論についてはどこまで言っても平行線にしかならないと、私は五年前既に思い知っている」


 言葉とは裏腹に反論を期待するような視線を向けるガリウスに、ロアルグは消極的な肯定を返す。それと同時にアホ毛がシュンと萎れたのが見えたが、ロアルグはそれに気づいていない様だった。


「そんな下らない議論に花を咲かせるぐらいなら、この先の行動について議論を重ねた方がはるかに有意義だからな。……散々ふざけてくれたんだ、頼んでおいた作業はすでに済ませてあるのだろうな?」


 背後にある執務机を結構な勢いで叩きながら、ロアルグは話題を一気に切り替える。それこそが此処に俺たちが通された一番の理由であり、この街で何よりも果たさなければならない要件だった。


「ああ、八割方は澄ませてるよ。いくつか頭の固い爺さんが権力を持ってるところがあるせいで、僕の力だけじゃ許可が取れなかったけど」


「八割終わっていれば上等だ、残りの二割は今日私が終わらせられる。……明日には決行できそうだと、そう判断してもいいか?」


 その話題になった瞬間ガリウスも目つきを変え、机の上からいくつかの紙切れを選び取ってロアルグに差し出す。ふざけ合う友人同士のようだった雰囲気は一変して、俺たちの目の前にいるのは二人の権力者だった。


「権力、それに許可か……。レイチェルを守る精霊の器が保存されている場所は、そんなに厳重な管理がされているのかい?」


「そりゃもちろん、この街ができてからずっと守られ続けたものだからね。僕とかこの街の長とかのレベルの人にしか場所は明かされてないし、そこに入場するためにもいろんな手続きと道具がいる。生憎僕っていろんな人から経験不足の若造に見られてるみたいだから、意地悪で許可を出してくれない人たちがいるんだよね」


「原因にお前の軽薄な振る舞いがある以上、私も同情はできないがな。……だが安心しろ、そのために国王からの書状を受け取ってきた。『約定を果たすための助力を惜しむな』という言葉を頂けた以上、どんな抵抗も無駄に終わるはずだ」


 ツバキの問いかけに二人して答えながら、ロアルグは俺たちの目の前に一枚の書状を差し出す。そこには確かに現国王の名前と、かなり複雑なデザインをしたハンコが押されていた。


「……守り手様のために、こんなに偉い人が……。これがあれば、守り手様は器に戻ることが出来るの?」


 その文面に目を通しながら、レイチェルは感激の声をこぼす。この国を統べる王の言葉があれば、誰も約定を果たすことに反対することはできないだろう。ロアルグが『明日にも準備を整えられる』と確信できたのにも納得できるぐらいに、この書状は切り札として強すぎる。


「うん、器の保存してる場所への道はもう開けたと言っても過言じゃないね。……だけど、それで全部の問題が解決されたわけじゃないんだ。僕たちじゃどうにもならない様な問題が、あと一つだけ残ってる」


 だが、レイチェルの期待にこもった言葉をガリウスはきっぱりと首を横に振って否定する。その眼に一切の余裕はなく、その変化が支部長室の雰囲気を一気に張り詰めたものへと変化させた。


 その視線が直接俺に向けられているわけでもないのに、俺は息苦しさを感じて喉を鳴らす。そうともなれば、それを正面から受け止めなくてはいけないレイチェルのプレッシャーは尋常じゃないわけで――


「――器のところにたどり着くためには、かつての人々が残したセキュリティシステムに打ち勝たなくちゃならない。……精霊に想われていることを証明するために、君一人の力でね」


 少しだけ申し訳なさそうな声色で、ガリウスは最後の試練の存在を明かす。それは間違いなく俺たちがなにも助けられない、レイチェルがクリアする以外の選択肢のない問題で。


「……あたし、一人で?」


――唐突にそれを突きつけられたレイチェルの表情は、誰の目から見ても青ざめていた。

 レイチェルは守られるべき少女ではありますが、守られているばかりでこの問題を乗り越えられるというわけでもなさそうです。簡単にはいきそうもない第五章、まだまだ盛り上がりますので是非お楽しみに!

――では、また次回お会いしましょう!

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