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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第五章『遠い日の約定』

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第三百五十二話『仮説、仮説、仮説、『――』』

――半年前からというもの、定期的に見る夢がある。


 その中の俺はまだ十二歳ぐらいで、生まれ育った里で修復術の修行をしている。毎日教本を読み込んでは実践して失敗しては指導をもらって、また修復に挑んでは失敗しての繰り返し。娯楽なんてものはなかったし、修復術を学ぶ以外の目的があの里にはないように思えた。


 不思議なことがあるとしたら、その夢の中の景色全てに靄がかかっていることだろうか。思い出せないとかではなく、靄がかかって見えなくなっていることを覚えているのだ。夢の方が最初から、俺にその景色を見せないようにしているかのように。


『マルク、とりあえずやってみろ。何事も失敗しなくちゃ前には進めないぜ?』


 何も見えない夢の中で、俺に修復術を教えてくれた師匠の声が聞こえる。いつも気さくで師匠としての威厳なんて微塵も感じられない人物だったが、教えるという事に関しては超一流の人だった。……この人が居てくれたから、俺はあの時リリスを救えたと言っても過言ではない。


『そうだぜマルク、何事もやってみることが第一歩だ。ゼロから一に踏み出すことが出来れば、そこからは案外簡単だったりするんだからな』


 師匠の声が聞こえてくる方向の反対側からも、『――』の鼓舞する声が聞こえてくる。そいつは俺と違って才能もセンスも秀でていて、俺が三か月かかって習得したことをものの二週間で身に着けてくるようなやつだ。だけど嫌味がない性格だし俺の修行にも根気強く付き合ってくれていたから、俺もそいつのことを『―――』なんて呼んで慕っていたっけ。


 そう、慕っていたはずなんだ。同世代の子供がとても貴重な里の中で、俺は『――』のことを慕っていたはず。師匠と同じ――いやそれよりももっと身近で、大切な存在だと思っていたに違いない。


 俺の記憶を何度ひっくり返してもその結論は変わらないし、今更変えるつもりもない。『――』は俺にとって大切な、大切、な――


「……今日もダメ、か」


 その後に続く言葉が今日も出てこなくて、俺は深くため息を吐く。どうせ今回も思い出せないだろうという予感はあったが、それでも大切な人を思い出せないというのは心に来るものがあった。


 完全に忘れられているんだったらまだよかったが、『――』への感謝やらそいつとの楽しい記憶やら、そういうのが断片的に残っているから厄介なのだ。……それを思い出せないでいることが、申し訳なくて仕方なくなる。


 記憶力はいい方だと自負しているのだが、何度この夢を繰り返しても『――』のことを思い出す手掛かりは一向につかめない。記憶には延々と靄がかけられて、俺は首を捻ることしかできない。


『さあ、勇気を出していってみようぜ。大丈夫だ、失敗したって死にはしねえよ』


『そうだぜマルク、俺たちが付いてる!』


 そんな俺の苦悩などつゆ知らず、二人は臆病になっている俺の背中を押して前へと進ませようとする。信頼できる師匠と『――――――』からの言葉はとても温かいもので、勇気を振り絞るきっかけとしては十分すぎた。


『うん。……俺、やってみるよ』


 だから俺は深く深呼吸をして、目の前にある何かへと視線を向ける。そしてゆっくりと手を伸ばすと、ほどなくしてひんやりとした硬い感触が手の中に伝わってきて――


「……っ、は」


 その感触が何なのかも分からないまま、俺は夢の世界から現実へと引き戻される。背中を伝う脂汗の感触が、妙に気味の悪いものとして俺の脳を刺激した。


 随分と長く寝た気がするがどうやらまだ真夜中のようで、隣を見れば他の三人はまだぐっすりと眠りについている。こんな時でも自然と二人くっついてしまうリリスとツバキは流石だし、レイチェルもうなされたりすることなくぐっすりと眠れているのは幸いな事だった。


 まあつまり、一番安眠できていないのは俺という事になる。それが良くないことだと分かってはいても、一度渦巻きだした疑念は簡単に晴れてくれるものではなかった。


 長いと思っていた馬車の旅も気が付けば最後の夜を迎え、明日の昼にはベルメウにたどり着くだろうというのが御者の話だ。リリスの感覚には何度か魔物の気配が引っかかっていたが、それらもすべて護衛として付く騎士団が殲滅しているようだった。


 今も外では騎士団の面々が火を焚き、俺たちを吐け狙う魔物たちを牽制し続けているのだろう。騎士団に力を借りようとした俺たちの判断は間違っていなかったと、俺は旅が進むたびにそう実感させられている。


「……このまま、何事もなく事が進んでくれればいいんだけどな」


 もう一度眠る気にもなれなくて、俺は三人を起こさないようにのそのそと布団から脱出する。幸い本棚にはまだ手を付けていない資料が多少残っていたし、それを調べれば朝まで時間を潰すことは難しくなさそうだった。


 暗い中を手探りで移動して、布団が置いてある方とは反対側の壁際までどうにかぶつかることなくたどり着く。そのあたりにあるスイッチに手を触れると、静かに仕切りが下りるとともに本棚のあたりを淡いオレンジ色の光が包み込んだ。


 それに照らされた資料たちはサイズも紙質も様々で、準備期間でロアルグがかき集めたのだろうというのがよく分かる。帝国と王国の約定を記した書類が出てきた時はさすがに驚いたが、それを引っ張り出せるぐらい騎士団も王国もこの一件に本気であるという事なのだろう。


『たとえ両国が矛を交えることになろうとも、約定のみは決して違えてはならない。それを反故にした時、二つの国は大きな災いに呑み込まれることとなる』――約定をまとめた書類の結びに綴られていたそんな言葉を、俺はふと思い出す。大方未来の世代に約定を軽んじられないための脅しの意味も込めた文章なのだろうが、今の俺にはどうしてもそれだけだと思えなかった。


 事実この約定は百年を優に超える期間守り続けられ、そして果たされるときを迎えつつあるのだ。王国も帝国も不安定な時期があった以上、精霊の力やそれを治めるに足る器の力が欲しい時などきっといくらでもあっただろうに。


 その衝動を抑え込んだのは人の意志なのか、それとも何らかの抑止力なのか。……やっぱり、その疑問に答えを出す手段なんて在りはしなかった。


「――なんか最近こればっかりだな、俺」


 考えても考えても正しい答えなんて出てこなくて、その残骸には不穏な仮説だけが残る。それが精神衛生上よくないことなんだと分かってはいるのだが、だからと言って思考停止で提示される事実だけを受け止めるのも俺にとっては恐ろしかった。


 どう行動しても裏目はどこかにあって、それを踏もうものならとてつもないしっぺ返しを食らう可能性がある。そんな中で行動し続けるのはまるで綱渡りの様で、いつ足を踏み外しても何も不思議じゃないではないのが現状だ。


 だからこそ、落下した時のための命綱は増やしておくに越したことはない。仮に裏目を引いたとしても立て直せるように、少しでも多くの知識を脳内に詰め込んでおくのが俺の役割だからな。


「……ここには有益な情報が詰め込まれてるって、信じさせてもらうぞ」


 軽く息を一つ付いて、俺は本棚の中でもひときわしっかりと装丁が整えられた一冊の本へと手を伸ばす。決して分厚くはないその本の表紙には、『精霊の献身』というタイトルが丁寧に綴られていた。


 その下には人間と精霊のイラストが柔らかなタッチで描かれていて、優しい雰囲気を俺に感じさせる。その二人が辿る結末を想うと胸が痛むが、だからと言ってこれから目を背けるわけにはいかない。


 何せこの御伽噺は実話八割、そのほとんどが歴史書のようなものだ。当時の事実を知るのにこれ以上適した文献はなく、また精霊の内面に迫れるのもこの御伽噺ぐらいしか存在しない。ロアルグに内容を要約されて理解した気になっていたが、よくよく考えたらこれ以上に読んでおくべき資料もなかった。


「『昔々あるところに、植物を愛する人間の一家がおりました――』」


 よくあるおとぎ話のような定型文から物語は始まり、主人公の少女は弱り果てた名前もない精霊と出会う。自然の力を原動力として活動する精霊は一家の作り上げた大自然によって癒され、精霊は人間のことをいたく気に入る。そうして人間と親交を深めた精霊は受肉し、人間によって名前を与えられる――


 そこからしばらくは人間と精霊の心温まるような交流が描かれて、そして話は終盤へと入っていく。一家が帝国の動乱に巻き込まれ、全滅の危機に陥ったのだ。


 一家は精霊の力も借りつつ国境付近まで逃げたが、帝国の追撃は執拗なものだった。その魔の手によって少女は深く傷つき、今にも死んでしまうところまで追い込まれる。……その光景を見て、精霊は自らの器と名前を捧げることを決意した。


 名もなき精霊を一人の存在にしてくれたそれらを代償にした魔術は凄まじい威力を叩きだし、帝国の追っ手を塵も残さず全滅させた。そして少女の傷も癒したが、精霊の残された力ではそれが限界だった。過ぎた力の代償に器と精神は分離して、精神だけを宝石の依り代に精霊は今も人間のことを守り続けている。


 それが御伽噺の結末で、その先にあるのが王国と帝国の約定だ。実は消えずに保たれた器を無事に精霊の下へと返すための、いつか来る未来へ向けた備え――


「――ん?」


 御伽噺の結末とともにそのことを思いだした途端、俺の中に小さな違和感が生まれる。『消えずに保たれた』なんて簡単に言ってはいるが、そんな芸当が現実に可能なものなのか。


 器を捧げたというと少しロマンチックだが、簡単に言えば肉体の負担をいとわずに精霊は魔術を行使したのだろう。魔術神経を全て犠牲にして放つ魔術は凄まじい出力を伴う事は、偶然にもクラウスが証明してくれているしな。


 だが、そうした後の器が無事なわけはあるはずもない。魔術神経はボロボロになり、それに伴って身体的な以上も多数発生することになるだろう。とてもじゃないが、再受肉できるような状態にまで自然に回復できるとは思えない。


 ロアルグの言葉を信じるのなら、精霊が捧げた器と今ベルメウで保管されている器は同一のものであるはずだ。いつかそれに再び受肉するための話をしているのならば、その器はまだ精霊が宿るに値する状態にあるという事になるわけで。


「……魔術神経が、修復されてる……の、か?」


 にわかに信じられることじゃないが、そうじゃなければ説明が付かない。ボロボロに傷ついた魔術神経を修復できるのは、この世界において修復術師のほかにないはずなのだ。つまりロアルグが口にしていた『一人の魔術師』の正体は、俺と同じ修復術師――


「づ、あ……あああッ⁉」


 そんな確固たる結論にたどり着いた瞬間、脳内を直接握りつぶされるような苦痛が襲い掛かる。今までも何度かこの手の痛みに遭遇したことはあるが、今回のそれは段違いだ。


 視界の縁が真っ赤に染まり、立っていられなくなって俺は壁際にへたり込む。まるでその痛みは、何かの罪に対する罰のようで。でもその痛みの存在が逆に俺の仮説が図星であることを示してくれているような気がして、俺はますます分からなくなる。


 この痛みの正体も、意図も、精霊の肉体が回復していることの真実も。全部全部分からなくなって、真っ赤な視界の先に消えていく。そしてその後に残るのは、痛いとか苦しいとかそういう類のネガティブな感情だけで。


――俺が完全に意識を失うまでの間、その苦痛は全身を苛み続けた。

 マルクを襲った異変の正体はなんなのか、彼は一体何を掴んだのか。さまざまな要素を抱え、物語の舞台はベルメウへと移っていきます。次回には馬車を降りることになると思いますので、是非お楽しみにしていただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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