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第三十五話『妥協はなしだ』

「作品……って、今手に握られてるのがそうなの?」


「ああ、俺が積み重ねてきた努力の結晶さ。……ま、今となっちゃあ副業程度の稼ぎにしかできてねえけどな」


 手のひら大の黒い球体をもてあそびながら、ラケルは自慢げに解説してみせる。その誇らしげな表情には、今まで積み重ねてきたことへの確かな自信があった。


「ラケルは昔、魔道具を自分で作ってその場で使うっていう変わったスタイルの冒険者として注目されてた時期があったらしくてさ。……そういう話を聞いてるだけで、それを実際にやって見せてるところは俺も見たことないけど」


「ああ、あのパーティに加入してからは一回もやってねえからな。アイツのお目当ては俺の戦闘力じゃなく、魔道具を作る才能だけだったってわけだ」


 全くひどいもんだぜ、とラケルは肩を竦める。ラケルもまたスカウトという名の連行を受けて『双頭の獅子』に籍を置いていた人間なのもあって、その辛さは俺もよく知っているところだった。


 アイツ、自分が見込んだ価値以上の役割を仲間に求めようとしないんだよな……。クラウスにとってみれば適材適所のつもりなのかもしれないが、仲間の成長とか伸びしろを一切考慮できないのは大きすぎる欠陥だといってもいいだろう。


「あのパーティを追放されてからはクラウスに目も付けられちまって、冒険者として生きていくのはほぼほぼ不可能になっちまったからな。今はこうやって喫茶店を経営しながら、時々こうやって護身用の特注魔道具を作ったりして細々と暮らしてるってわけだ」


「それは……なんというか、気の毒な話ね。冒険者として活躍できたはずなのに、それをあの男に奪われてしまったのでしょう?」


「簡単に言やあそういうことになるな。……だからと言って、今の生活に満足してねえかって聞かれるとそれはそれで違うんだけどよ」


 リリスが向ける悲しげな視線に、しかしラケルは胸を張ってそう断言する。その表情に無理をしているような様子はなく、本心からの満足感がラケルの全身からあふれていた。


「今の生活にも満足している、ってことかい? クラウスにいろんなものを壊されて、貴方の未来だって色々と壊されてしまった後だろうに」


「ああ、やりたかったことも、行きたかったダンジョンもアイツのせいで台無しさ。……だけど、それは今のこの人生を否定する理由にはならねえ。このカフェを『落ち着ける』って言ってくれるお客さんもいるし、俺も冒険者時代より穏やかに過ごせてるしな。もともと俺の取り柄は魔道具を作る事だったし、それが今もできるなら十分なのかもしれねえや」


「……追放されても即座に前を向いた、ってことなのかしら。そういうとこ、うちのリーダーに似てるわね」


 頭を掻きながらツバキの問いかけに答えたラケルに、リリスはふっと微笑みながら呟く。前を向いて進んでいく方向性がかなり違っているような気もしたが、追放にも負けなかった人という意味でもラケルは俺の先輩と言っていいのかもしれない。


「……さっき先輩って名乗ってたの、ここまで考えての事だったのか?」


「冒険者としても先輩、追放者としても先輩、おまけに境遇も似通ってるって寸法だからな。お前の通ってきた道は大体俺も経験してる道だし、先輩と言っても何も間違っちゃいねえだろ」


「ええ、私もそれには賛成ね。『双頭の獅子』の元メンバーと言われた時は、マルクは何を考えているのかと思ったものだけど」


「悪い、その事はここに来る前に説明しとくべきだったな……ちょっと勢いで話を進めすぎた」


 少しばかり呆れたような視線を向けてくるリリスに、俺は顔の前で両手を合わせて謝罪を一つ。幸いそれが通じたらしくふっと表情を緩めると、リリスはカウンターに立つラケルへと向き直った。


「……それで、魔道具を提供してもらえるってことだけど。その魔道具は誰が使っても起動できる、と考えていいのよね?」


「ああ、その認識で間違いねえよ。魔術神経を介して魔術を使う時に、もう一つ触媒を通して魔術の出力や安定性を上げるのが俺にとっての魔道具だからな」


 言ってしまえば使い切りのサポーターみたいなもんだ、とラケルは付け加える。その性能こそが魔道具を俺が必要とした理由であり、今こうしてラケルを頼る理由でもあった。


「魔道具があれば、俺も最低限ぐらいの魔術を使えるようにはなるからさ。そうすれば戦闘後だけじゃなくて戦闘中でもお前たちのことをフォローできるだろ? 何があるか分からないのがダンジョン開きだし、対策は一つでも多く持ち合わせときたいんだよ」


「なるほどね。それで無事に帰還できる確率が少しでも上げられるならボクからはなにも異論はないかな」


「ええ、マルクが戦闘中にできることが増えるのは悪くないわね。マルクには安心して見守ってもらえるような状況を作れるのが一番ではあるし、マルクがフォローしに行かなくちゃいけないってなった時点で相当厳しいことになってるとは思うけど」


 俺の意見に同意しながらも、リリスは少し不安げな様子を見せる。確かに俺は非戦闘員と言っていいぐらいの戦力しかないし、そんな俺が割って入らないといけない状況というのは相当切羽詰まった状況にはなってしまうのだろう。


 だからこそ、これはあくまで保険だ。使わなくて済むならそれが一番いいし、この魔道具を使わないというのは俺たちの計画が順調に進んでいる証拠にもなるからな。……だが、現実はいつも都合のいい方向にばかり進んでくれるというわけでもないわけで。


「リリスの言う通りだけど、怒る可能性がある以上最悪の状況は考えとかないといけないからな。間違ってもお前たちを信用してないとかそういうことじゃねえから、そこだけは安心してくれ」


 俺の念押しに、二人はこくりと頷く。俺の説明不足のせいでずいぶんとと遠回りをしてしまった感じはあるが、まあここまで漕ぎつけられたから結果オーライという奴だろう。


 カップの中に少しだけ残っていたドリンクを飲み干し、俺はラケルの方へと向き直る。そして、改めて先輩に向かって頭を下げた。


「何が起こるか分からないダンジョン開きを無事に切り抜けるために、貴方の創った魔道具が必要だ。……値段は多少張っても構わねえから、とびっきりの奴を頼む」


 どれだけ資金を使うことになっても、それで安全が買えるなら安いものだ。その結果また借金をしてしまったらまた呆れられるかもしれないけれど、そうなったって俺は一向にかまわない。


「……本当に、大きくなったな」


 そんな俺の姿に何を思ったのか、ラケルは俺の頭にポンと手を置く。少しごつごつした手が、少し伸びて来た俺の髪をわしゃわしゃとかき回していた。


「先輩のよしみだ、値段は少しばかり優しくしてやるよ。かつて王都を席巻した俺の技術、お前たちにも分けてやろうじゃねえか!」

ラケルの協力を得て、三人はより盤石な姿勢でダンジョン開きを迎えんと動いています。その思いはもう一つの目的を生み出しておりますので、次回明かされるそれをお楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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