第三百四十話『最優のギルド職員』
王都の中でもトップ10には入るぐらいに大きな通りを抜けて、俺たちはギルドへと進んでいく。道中では商人が声を張り上げて冒険道具の宣伝なんかをしていて、レイチェルが興味深そうにそれを見つめていたのが印象的だった。
「入り口だけじゃなくて、こんなに歩いたところでも賑やかなんだね……。これ、観光に来た人向けのお店とかじゃないんでしょ?」
そろそろギルドに着こうかという頃、レイチェルは感嘆した様子で俺たちに質問してくる。俺たちにとって日常になりつつある光景の一つ一つを珍しがるその様子は、俺の中の帝国のイメージをさらにややこしいものにしつつあった。
少なくとも俺は冒険者って職業は全世界にある者だと思ってたんだけど、それが帝国だと私兵って形に収まってるとはな……。いつだったかアネットから聞いたところによると王国では私兵団レベルの武力を一つの家が持つのは禁じられているらしいし、やはり国が変われば文化もガラリと変わるという事なのだろうか。
まあその知識の後には『そんなルールは建前で、お抱えの傭兵団を一つや二つ持っている家が見飽きるぐらいにあるのも事実ですわ』とため息交じりの言葉が続いていたから、そこら辺の事情は王国も帝国も変わらないのかもしれないが。ただそれでも、力のある家が大っぴらに私兵団を組める環境というのは中々物騒に思えてならなかった。
「道具屋とかがここまで活気づいたのは最近の事だけどね。この王都を牛耳っていた冒険者パーティが壊滅したから、空いたトップの座を狙っていろんな勢力が活発に動いてるのさ」
「冒険者が活発になれば道具や武具の消耗も激しくなるし、結果として王都の冒険にまつわる界隈の全体が活性化するって寸法ね。トップを目指してる当人たちからすると争いが激化するのはあまり喜ばしいものではないような気がしないでもないけど」
「軽いお祭り騒ぎみたいなもんだし、もう少しこれが続くのも悪くはないだろ。トップが確定してからもこの賑わいが続いてくれたら最高だけど、それに関しては確定してみないと分からねえしな」
結構力を尽くして王都の冒険者勢力の中に食い込んでる感覚はあるのだが、半年たった今でも頭一つ抜けてトップを走っている勢力がないのが現状だ。『双頭の獅子』に押さえつけられていた冒険者たちの実力もかなりのもので、クラウスを欠いた今でも王都のレベルは落ちているとは言えないだろう。
それぐらい王都の勢力図は混沌としたもので、どの勢力も頭一つ抜けるための決め手を打ちあぐねている。絶対的なトップが居なくなったことで活気づくあたり、王都にも結構な数の野心家は潜んでいたということだ。
「レイチェル、今から君に潜り込んでもらうのはそういう界隈だ。……もし耐えられないようなことがあったら、遠慮なく言ってくれていいからね」
俺たちの話を総括して、ツバキは改めてレイチェルにそう語りかける。俺たち四人のことを待ち構えるように、ギルドに繋がる両開きの扉は堂々と鎮座していた。
しかし、その前に立つレイチェルに物怖じしているような様子は見られない。ツバキの言葉にゆっくりと首を横に振ると、レイチェルは胸元にあるペンダントをグッと握りしめた。
「大丈夫、あたしのことは気にしないで。この扉の先があたしのやらなくちゃいけないことに繋がってるなら、あたしは迷いなく飛び込めるよ」
紫がかった紺色の瞳に決意を宿して、レイチェルは改めて俺たちに宣言する。それを見た俺たちは無言で視線を交換すると、ギルドの重たい扉をゆっくりと押し開けた。
クエストが張り出される掲示板には数組の冒険者パーティと思しき集団が集まっていて、テーブルではクエストに向けた最終確認が行われている。今から出発するとなると夜間の狩りになるし、注意はどれだけしたって足りるものでもないだろう。
その光景を見つめながら、俺はお目当ての人物を探す。と言っても、そのために確認するべきことは本当に少なかった。
冒険者たちの集まりから視線を外し、クエスト受付カウンターの方へと視線を送る。……すると、お目当ての人物がテキパキとした様子でクエスト完了の処理を終わらせていた。
「ああ、やっぱりいた。この時間帯は毎日アイツだよな」
「ほんと、いつ休んでるか分かったものじゃないよね……。冒険者が完全に活動しなくなる時間帯なんてあるわけもないし、どっかでほかの人に任せて引っ込んでるのかな」
相変わらずの仕事ぶりを観察しながら、俺とツバキはそんなやり取りを交わす。『王都トップの冒険者は誰か』という質問は人によって答えが分かれるだろうが、『王都トップのギルド職員は誰か』という問いに関しては勢力なんて関係なく一人の人物に答えが絞られるというのが俺の持論だ。
それぐらい仕事は完璧だし、冒険者の技量にあっていないと見れば受注を拒否することが出来る厳格さもある。こいつ抜きでギルドが回るところを想像できないぐらいには、王国の冒険者ギルドは彼女に支えられているわけで――
「――おうレイン、今のでひとまず空いたか?」
ギルドの受付を務める女性――レインに、俺は片手を上げながら声をかける。レインは視線をこちらに向けると、小さく頭を下げて俺の質問に答えた。
「はい、今ので報告は一区切りですね。その感じだと、皆さんもクエスト報告ですか?」
「ああ、依頼された魔物は討伐してきたよ。いつも通り素材の分別をお願いしてもいいかい?」
「了解しました。……では、袋をお預かりしますね」
素材入りの麻袋をカウンターの上に置きながら、ツバキは気さくな様子でレインに頼む。それに小さく頷いて、レインは素材鑑定用の手袋をきゅっと装着した。
「皆さんの依頼で欲されていたのは、確か肝臓部位に当たるところだったはずですから――とりあえず、これがあれば依頼の達成は確定ですね」
上側に詰め込まれていた毛皮やら牙やらをきびきびと分けて横のカウンターに置きながら、レインは袋の中から魔物の内臓を掴み上げる。赤黒い塊のようなそれはとても内臓には見えなかったが、今回はこれが依頼の中心だったようだ。
「……これ、一体何に使われるのかしらね?」
「依頼主さんに確認していませんから断言はできませんが、今回討伐していただいた魔物――フエゴレスタの肝臓はポーションの原材料とされるのが一般的ですね。そういった職人の筋からの依頼ですから、きっと作りたいポーションのアイデアでも湧いてきたのかもしれません」
袋の中身を仕分けする手を止めないままで、リリスから発された問いかけにレインは答えを返す。この半年間で進化したのは冒険者だけではなく、それを管轄するギルドの職員とて同じことらしい。
そして、その姿を一歩後ろからキラキラとした目で見つめている人物がいる。冒険者という文化がないところから来たレイチェルにとっては、ギルド職員の手際の良さはとても眩しく映っているようだった。
「……かっこいい……」
「ああ、本当にすごい手際だよね。ボクたちが何年かかってもこの領域にたどり着ける気はしないよ」
「そんなことはありません、今私がこんなふうにできるのは全部経験のおかげですよ。人よりも長くこのカウンターに立って働いていたら、自然と技能は身について行くものです」
素直な称賛に少しはにかみながらも、仕分けを進める手は少しも止まることがない。そこから一分もしないうちに大きかった麻袋は空っぽになって、カウンターの上にはきっちりと仕分けされたフエゴレスタの素材が並んでいた。
「はい、それではここから素材の鑑定と売却に入りますね。普段から皆さんにはギルドに貢献していただいてますし、色を付けてお支払いしたいというのがギルドとしての意向ですが――」
素材を一つ一つ指で示しながらそう説明していたレインの視線が、俺たちの間からちらりと見えるレイチェルのところに合わせられて止まる。馴染みのパーティがいきなりみしらぬしょうじょをつれてきたんだし、それもまあ仕方のない話ではあった。
というか、このタイミングで注目してくれるのはむしろありがたいと言ってもいいだろう。俺たちがカウンターにいることに気が付いてか、視線がちらほらとこっちに向けられ始めているからな。
「ええ、やはり先にお伺いしておきましょうか。……そちらのお嬢さん、どうしたんですか?」
少し屈んで視線を合わせ、レインはレイチェルに向かってそう問いかける。質問に対して一呼吸置いてから、レイチェルは俺たちの前へと歩を進めて――
「あたしの名前はレイチェル。ちょっとした事情でマルクたちのパーティ――『夜明けの灯』のパーティメンバーとしてしばらく預かってもらうことになったの、よろしくね」
――堂々とした態度で、事前に打ち合わせておいた仮初の自己紹介を堂々と完遂してみせた。
次回、ギルドとレイチェルが本格的に絡んでいきます! 果たしてニューフェイスは受け入れられるのか、次回を是非お楽しみにしていただければ幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!




