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第三百三十八話『帝国からの来訪者』

「……君の言ったその『帝国』ってのは、ボクたちが一般的に言う所の『帝国』でいいんだよね?」


 俺と同じ戸惑いを感じているのであろうツバキが投げかけた問いに、レイチェルは首をかしげる。……『何を言っているのだろう』という純粋な戸惑いが、その表情には現れていて。


「一般的ってのが何かは分からないけど、帝国って言ったらヴァルデシリア帝国以外ありえないわよ。……というか、それ以外にもどこか帝国って呼ばれてる国があったりするの?」


 まるで世間話でもするかのように俺たちに尋ねるその姿を見て、俺たちは同時に確信する。……レイチェルは、どういう原理かはるか離れた帝国から王都付近の森の中まで転移してやってきたのだ。


 言葉で言うのは簡単だが、国境をはるかに飛び越えるような転移魔術なんてやろうものならその魔力消費はとんでもないものだ。仮にリリスとツバキの二人が協力して魔力をひねり出したところで、そんな大規模な転移ができるとも思えない。……どう考えても、その転移が人間業でないことは確実だ。


 どこかで隙を見てレイチェルの魔術神経を調べられないかと俺は何となく考えていたが、その結論が出たことによってその必要はなくなった。そんな大規模な転移、人間よりももっと魔力との親和性が高い種族じゃなければ実現することなんてできるわけもない。


(――となれば、もしかして)


 そこまで思考が及んで、俺の中に一つの推論が浮かび上がる。……あの時レイチェルに触れようとした俺を吹き飛ばした声の主は、レイチェルをここまで転移させてきた存在と同一なんじゃないだろうか。


 そう考えればどこか尊大な声色にも納得がいくし、あれだけの魔力をリリスが反応するより早く出力できることも説明が付く。……まあこれが真実だったところで、『何故』そんな存在が一人の人間を守るために動いているのかというところについては何も言えないのだけれど――


「……どうしたの皆、あたし何かおかしいことでも言った?」


 言葉を失う俺たちを見つめて、レイチェルはさらに深く首をかしげる。……それが俺たちを騙すための巧妙な演技だとは、どう考えても思えなかった。


「……ねえレイチェル、あなたはさっき『ここはどこ』って言ってたわよね。そこから移動して平原に出たわけだけど、この場所には見覚えある?」


「見覚え? …………うーん、少なくともパッとは出てこないかなあ。帝国はとにかく平原が少ない国なんだってパパが教えてくれたの、あたし今でも覚えてるし」


 周囲の景色をぐるぐると見まわしながら、リリスの問いかけにレイチェルはゆっくりと頷く。相変わらず戸惑いの色が表情には浮かんでいたが、その推測はばっちり正解だった。


「仮に帝国の隅っこだったんだとしても、こんなに広くて魔物の影も見えない平原がほっとかれるはずはないしなあ……。帝国じゃどこに居たって落ち着けたものじゃないし、こういう平和な眺めは好きだけどね」


「ええ、その考えは間違ってないわよ。……何せここ、ガルドベル王国のほぼど真ん中だもの」


 ひっそりと首を縦に振って、リリスはレイチェルの言葉を肯定する。……今度は、レイチェルの方が口をあんぐりと開ける番だった。


「……おう、こく? 帝国じゃなくて?」


「ええ、あなたの言う帝国とやらはここから遥か西側にあるわ。その様子だと、本当に王国に渡ってきたって自覚はないみたいね」


「そりゃあるわけないよ、帝国で倒れて気が付いたらここにいたんだもん! 王国がどんなところかなんてあたしは知らないし、ましてそんなところに行こうなんて考えたこともないよ⁉」


 両手を大きく横に広げ、声を裏返しながらレイチェルは声を大にして叫ぶ。さっきの取り乱し方とはまた違うベクトルで混乱しているようだが、目覚めたら知らない場所にいたなんてことになればそうなるのも納得できる話か。


「あたしだって皆のことは信じたいけど、流石にこれはなんかの冗談だと思いたいよ……。それかもしかして君たちがあたしを帝国から王国に移動させた張本人だったりしない?」


「面白い仮説だけど、それはちょっと無理がありすぎるかな。仮にそうだったんだとしたら、レイチェルの口から帝国の名前が出た時にあんなに驚くのは難しいよ」


 レイチェルの打ち出した仮説に微笑を返しながら、ツバキは諭すようにその理論を否定する。術者不明の転移魔術が絡んでいるよりは俺もそっちの方がまだ気が楽だったが、現実がそうじゃないことはほかでもない俺たちが一番よく知っていた。


「本当はまだ帝国の中で、皆が嘘をついてるって可能性もない事はないと思うんだけど……。いやあ、それでもこんな大きな平原が手つかずで帝国の中に残ってるとは思えないしなあ。あの人とかあの人とか、広大な土地を力づくでも欲しがる人はいくらでも想像がつくよ」


 指を一つずつ折り曲げながら、レイチェルは草原を見回してぶつぶつとそんなことを呟く。ここが王国のど真ん中であるという事実をどうにか否定したいようだが、残念ながらその願いは叶いそうになかった。


 俺たちだって帝国と王国を繋げられるほどの転移魔術があるなんてことを信じたくはないが、そうでなければ説明できないことは現実に起こっている。今俺たちができることなんて、レイチェルを転移させた存在が俺たちの味方であることを願うぐらいだしな。


「レイチェル、そろそろ認めた方がいいわよ。ここはガルドベル王国のど真ん中、少し進めば王都だって見えてくるもの。……何だったら今すぐ実際に行って確かめてみる?」


 ささやかな風を揺らめかせて、リリスはレイチェルに歩み寄る。それがさっきまでの大脱出劇の光景を思い出させたのか、レイチェルの背筋は一気にピンと伸びた。


「ううん、ここまで来たら信じるしかないよ。さっきまでのあれこれは、信じたくないあたしがどうやったらこの現状を嘘だって言えるかって考えてただけだもん」


「実際信じられない話だけど、俺たちからしたら現実に起こったことだとしか言いようがないんだよな……。レイチェルが追及したい疑問とは違うかもしれないけど、俺たちからしたらそれも十分によく分からないことなんだよ」


「とりあえず、研究院を頼るのは本当の本当に困った時だけにしたいわね。魔術的な問題にアレが絡むと多分ロクなことにならないから」


 俺の言葉に同調し、リリスが渇いた笑みを浮かべる。国と国を渡れてしまうほどの大規模な転移魔術の存在が研究者にとって垂涎ものであることは、研究院とのつながりが深いわけでもない俺でも容易に想像できた。


 頼れる存在なのは間違いないけど、やっぱりどこか危うさを感じずにはいられないのがアイツらなんだよな……。レイチェルを巡る問題が解決した後、『こんな魔術があったんだけど』ぐらいの話を手宮g絵として持っていくのがちょうどいいか。


「一つ確認なんだけど、ここから一番近いのはガルドベル王都なんだよね? 皆もそこを拠点にしてるの?」


「ああ、ボクたちはあの街で仕事を受けたり寝泊まりしてるよ。あの森に来たのもその一環だから、君を見つけたのはある意味偶然の一致とも言えるんだよね」


「私たちがレイチェルに協力する以上、拠点は同じく王都になるでしょうね。あんまり詮索されるのも面倒だし、諸事情で『夜明けの灯(私たち)』に同行する冒険者みたいな立場で表向きは立ち回ってもらうのがいいかしら」


 ツバキの言葉を引き継ぎ、リリスはこれからのプランを簡潔に説明する。それにレイチェルは軽く頷くと、俺たち三人の方をぐるりと見渡した。


「……うん、分かった。それじゃああたしもできる限り悪目立ちしないようにするね」


「そうしてくれるとありがたいわ。話を取り繕わずに済む安全地帯みたいなところは増やしていきたいと思ってるけど、それには少しだけ時間がかかるし」


 素直に承諾してくれたことにほっと息を吐きながら、リリスは追加でそう説明する。国同士をまたぐ問題となれば一冒険者の手に負えるものではないし、そういう意味では王国直属の機関とつながりを持っている俺たちがレイチェルを見つけ出せたのはせめてもの幸運だった。


 俺たち冒険者が知らなくて騎士団だけが知っているような帝国と王国の違いとか、もしかしたらあるかもしれないからな。まだレイチェルに関しても謎が残ってるし、そういう微かな火種がきっかけになって大問題に発生する可能性だって決してないわけではないだろう。心境としては、どこに罠が置いてあるかも分からない薄暗いダンジョンの中を歩いているような感覚だが――


「……さて、そうと決まればすぐにでも王都に向かいましょうか。それが王国に来たって言う何よりの実感に繋がるでしょうし」


 そんなことを思うと同時、確認を終えたリリスが俺とツバキに向かって両手を差し出してくる。……それを見た瞬間、レイチェルの表情が分かりやすく凍り付いた。


「……ねえリリス、もしかして王都までの移動方法って――」


「ええ、もちろん私の風魔術よ。安心して、今度は空を飛ぶ分急に曲がったりとかはしないから」


 恐る恐る尋ねられた疑問に即答して、リリスはレイチェルに笑いかける。……それを聞いたレイチェルの表情は、どこかひきつっているような気がしないでもなくて。


「あたしにとっての問題点、そこじゃないんだよなあ……」


 力ない笑みを浮かべながら、レイチェルは俺とツバキの手をがっちりと握る。――その様子を見ている限りでは、レイチェルが俺たちに害をもたらす未来は想像できそうになかった。

 第五章にしてようやく王国の名前も明かされ、物語のスケールはどんどんと大きくなっていきます! 様々な謎が残る中でレイチェルとマルクたちがどう行動していくのか、ぜひお楽しみにしていただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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