第三十三話『今、あなたを頼る理由は』
「マルク、今すぐに帰りましょう。あのパーティの関係者がいると知っててわざわざここに足を運んだ理由が分からないわ」
「ボクも全くの同感だね。……正直、言葉を交わす価値を見いだせないな」
一歩後ずさりして、リリスとツバキは最大限の警戒姿勢を取る。ともすれば俺よりアグレッシブに『双頭の獅子』を敵視している二人からしたら、そこにいた経歴があるというだけで不信感を抱くには十分すぎたようだ。
「はははっ、ちゃんと分かってるじゃないか。『双頭の獅子』の名前を聞いたら警戒するのは王都を生きる上での鉄則みたいなもんだからな」
しかし、そんな二人を見てもラケルは不快感を示すどころか嬉しそうに笑って見せる。俺は理由を知っているから納得できる話だったのだが、二人からしたらその姿勢は不可解なものでしかないようだった。
「……ねえ、どうしてこの男は笑っているの? 今私たちが抱いている疑問全てへの的確な答えを要求するわ」
より強くラケルを睨みつけ、リリスはいつもより低い声でそう要求する。満足する答えが得られなければ強引に聞き出すまでだと、そんな気概が透けて見えるような気がした。
しかし、そんな威圧感にも動じないのは流石ラケルと言ったところか。黒いフードをさらりと撫でると、ラケルは俺の肩に手を置いて説明を開始した。
「ああ、それくらいならお安いもんさ。俺もマルクと同じでな、『双頭の獅子』を追放された身なんだよ。……あれももう、大体一年半くらい前の話か」
「俺がクラウスに強引に連れ回られるようになったのが二年前だから、半年くらいは一緒にいたんだよ。『双頭の獅子』の中じゃ良心的な方だから、色々よくしてもらったんだ」
ラケルが口火を切ってくれたのに乗っかって、俺もラケルの肩に手を回す。お互いに肩を組みあっていると、ラケルに色々と世話を焼いてもらった日々が脳裏に浮かび上がってきた。
俺にとってのラケルを一言で表現すると、兄貴分みたいなところに落ち着くのだろうか。時間差こそあれ二人仲良く追放されてしまったあたり、『双頭の獅子』にはそぐわないってところは共通点として存在していたらしいし。
何はともあれその説明でどうにか納得してくれたのか、二人から立ち上っていた殺気とも呼べるような剣呑な雰囲気が消えうせる。……しかし、ほどなくしてツバキの表情には新しい疑念の色が浮かんでいた。
「……確かに、それならこうやって交友があるのも納得はできる話だね。でも、それだとマルクが前にしてくれた話と矛盾しないかい?」
「……そういえば、誰にも頼れないから邪道的な手段に手を出したとか言ってたわね。いるじゃない、頼れる人」
ツバキの指摘によってリリスも気が付いたらしく、二人そろって今度は俺に疑いの目が向けられている。……正直二人の主張は半分正しいのもあって、俺は頭を掻くしかなかった。
「……二人の言う通りだな。条件さえ揃えばラケルは俺の事を助けてくれたと思うし、実際凄い心強かったと思う。でも、今まではそうしたくても出来なかったんだよ」
「……と、言うと?」
ともすれば言い訳じみたようにも聞こえる俺の主張に、ツバキは訝しげな視線を向ける。この事情を説明しようと思うとかなり複雑なのだが、果たしてどこから説明したものか――
「……お嬢さん方、どうやら何か勘違いしているかもしれねえが」
俺が内心首をひねっていると、そのやり取りを見守っていたラケルがすっと手を伸ばして俺たちの間に割り込んでくる。視線がみたびラケルへと集中したのを確信して、ラケルはゆっくりと口を開いた。
「『双頭の獅子』を追放された時、俺は冒険者稼業からも引退する羽目になった。だから冒険者としての俺を頼りにすることはマルクにもできねえし、何よりクラウスはまだ俺の事を忘れちゃいない。何かアイツの不利益になるようなことをすれば、俺如き一瞬で潰されちまうだろうさ」
「クラウスはお前たちが思ってるより何倍も粘着質な野郎だからな。それから逃れてようやく穏やかに過ごせると思ってる人の前に、そんな特大の爆弾を持ち込んでくるわけにもいかねえだろ?」
今日接触しようと思えたのだって、二週間前の衝突があってクラウスの影響力が少なからず弱体化したと確信が持てたからだ。もしあの時一目散にラケルのことを頼っていたら、俺たちは二人そろってクラウスに叩き潰されることしかできなかっただろう。クラウスの眼は、俺たちが思っている以上に広範囲に広がっているんだからな。
「……確かに、それなら筋は通るわね。マルクはとにかくお人よしだし、恩を受けた人に負担を強いるような選択肢を軽々と選べる人間ではないわ」
その説明を聞いて、リリスがぽつりとつぶやく。言葉選びにはどこか棘があるような気がしたが、リリスが思い描く俺の解像度はかなり高めだと言って良かった。
「そうだね、リリスの言う通りだ。……済まない、少しばかり過剰になりすぎていたよ」
「いや、お前たちの反応で正しいさ。というか、それを試したくてあえて誤解を招くような言い方をこっちもしちまったしな。それに関しちゃ俺もお前たちには謝らないといけねえよ」
その考えに賛同したのか、ツバキはラケルに向かって深々と頭を下げる。それを受けたラケルは豪快な笑みを浮かべ、座りながらではあるが礼を返した。
「良い仲間を拾ったじゃねえか、マルク。俺の見立てじゃクラウス達なんかよりよっぽど優秀だぜ?」
「全く以て同感だよ。……本当に、俺にはもったいないくらいの頼れる仲間達だ」
顔を上げるなり、ラケルは俺の背中をバシバシと叩いてくる。かなりの威力のそれに背中はじんじんと痛んでいるが、それこそがラケルが二人を認めてくれた証であるような気がした。
「この店主さん――ラケルが、私たちに対して友好的な人物であるというのは分かったわ。だけど、どうして今ここに来る必要があったのかしら?」
そのやり取りを外から見ていたリリスが、さっきよりは幾分落ち着いた様子で首をかしげる。そういえば、ここに来た目的を話すよりも前に二人は臨戦態勢に入ってしまってたっけか。いろいろ順序は前後してしまったが、お互いの間にあったわだかまりも無くせたしまあ問題はないだろう。
「そうそう、何も茶を飲むためだけにここに来たってわけじゃないんだ。俺たちがここに来たのは――」
「一時期とはいえ王都のトップパーティに買われた俺のセンスを必要としてる。そうだろ?」
俺の言葉尻を引き継ぐようにして、ラケルは俺の目的を看破して見せる。初めて知り合った時から変わらないその強気な話術に、俺は苦笑しながら頷くしかなかった。
「……そういうことだ。俺たちの次の目的を盤石とするために、ラケルの力を借りたい」
「おう、お前の依頼とありゃあ大歓迎だ。お前たちの態度を見る感じ、相当大きなものに向かうつもりと見えるからな。そういうことなら俺以上に力になれる魔術師も中々いねえよ」
胸をドンと叩いて、ラケルは俺の依頼を快諾する。久々の大仕事なのか、その紅い瞳は楽しそうに爛々と輝いていて――
「――それじゃ、今度は俺がお前たちの事情を聴く番だな。……何を目指してお前たちは進んでるのか、聞かせてもらおうじゃねえか」
湧き上がる衝動を制御せんとばかりにフードを被り直しながら問いかけるラケルの姿は、すっかり職人の雰囲気を纏っていた。
ラケルの本領発揮は次回からということで! 今だから頼れる強力な助っ人がマルクたちに何をもたらすか、楽しみにしていただければ幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!




