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第三百二十六話『いつかの幻灯』

「――三人でいると、この部屋もなんだか広く感じるわね」


「ああ、なんだか寂しくなってしまうね。……元に戻ったってだけなのに、少し不思議な気分だ」


 腕を広げながらしみじみと呟くリリスに、ツバキも続いて苦笑する。窓の外からは沈みかけの夕日が覗き、橙色に染まった空を背景に鳥がせわしなく飛び回っていた。


 メリアを乗せた馬車は、今頃目的地に着いているころだろうか。本人も『当てのない旅』だって言ってたしそこで何と出会うかは本人すら分からないだろうが、今のメリアならきっとそこでも大切な物を見つけてくるだろう。その行き当たりばったりさこそが旅の醍醐味で、メリアが望んだものでもあるだろうしな。


 そんなことを想いながら、俺はすっかりいつもの集合場所になった騎士団本部の一室を改めて見回す。ロアルグの厚意で一人一部屋宿泊部屋を割り当ててくれたのだが、宿の一部屋で一緒に過ごすことになれてしまった俺たちは暇さえあればこの場所に集まってあれやこれやと言葉を交わしていた。


 だが、それももうそろそろ終わりを迎えることになるだろう。今日も今日とて調査が進展することはなく、アグニ達の足取りもクラウスの安否も結局のところ分からずじまいに終わりそうだ。アグニほどの狡猾な人間がみすみす痕跡を残すようなヘマをするとも思えないし、この結果は残念だが同時に至極当然なものであるようにも思えた。


 直接対峙してその策とぶつからなければ、アグニ・クラヴィティアという人間の悪辣さを本当の意味で知ることはできないだろう。実際に言葉を交わさなければ、アグニが湛えている闇の濃さを知ることはできない。……あの男は、どこまでも現実というものに期待していない人間なのだ。


 期待なんてしてないから事前の仕込みは不発に終わる前提で動くし、そうなっても大丈夫なぐらいの計画を緻密に綿密に立てて事へと臨む。そんなアイツが張り巡らせた策の一つがクラウスたち『双頭の獅子』を巻き込むことであり、メリアもまたその被害者の一人だった。


 だからこそ、メリアが何の責任も追及されずに旅に出られたことはせめてもの幸いだと言ってもいいだろう。メリアが俺たちを傷つけようとしたのは事実でも、それがメリアのこの先の人生にまでも傷をつけることになるのは俺たちとしても避けたいところだったしな。


「……ほんと、ロアルグには感謝しないといけねえよな……実際にアグニと接触した人間とか、もっともっと厳しく扱ってもおかしくはないだろうしさ」


「ああ、それは間違いないね。それをしたらボクは間違いなく抗議していたし、騎士団と言う組織自体に対して不信感を抱かなくちゃいけなくなってたよ」


 壁に背中を預けて座り込みながら、ツバキは冗談交じりに応える。だけどそれが冗談でも何でもないことは、『タルタロスの大獄』で初めてツバキと出会った時のやり取りを思えば間違いなかった。


 ツバキが今見せた表情は、時折リリスのことを語るときに見せる表情と同じものだ。なんだかんだ言ってもメリアはずっと大切な弟で、たとえ敵対されたとしても愛おしくて仕方がなかったのだろう。あの時本音を引き出せて本当によかったと、俺は改めて思った。


「ロアルグがどうこうというよりも、私は貴方が素直に送り出したことが驚きだったけどね。……あの子が何も言わなかったら『夜明けの灯』に受け入れるって、結構前から決めてたでしょう?」


 俺が何度目かの感慨に浸っていると、横からリリスがそんなことを問いかけてくる。棒状の菓子を食べているあたりリラックスしているのがよく分かるが、俺に向けられる青色の視線はあくまで真剣なものだった。


「ああ、それは間違いねえな。『双頭の獅子』が潰れてメリアも行き場がなくなっちまったし、この先どうすればいいか分からない様なら俺たちのところで預かる算段はあった。あっちからけしかけてきたことだとは言え、それで行き倒れにでもなられたら寝覚めもよくねえしな」


「もしそうなるようだったらボクの方からも君に頼み込んでいただろうね。今日の感じを見る限りあの子はかなりたくましくなってたし、杞憂で終わってくれてよかったとは思うけどさ」


「よっぽどのことがない限りあの子が死んだりくいっぱぐれたりすることはないわよ、多分。騎士団にいる間も何か掴んでくれてるみたいだったし、きっとあの子ならどこに行ってもそれなりに適応できるでしょ」


 護衛だったころの私達みたいにね――と。


 小さく笑みを浮かべながら、リリスはツバキの隣に歩み寄ってそう口にする。その笑顔を黒い瞳の中に移して、ツバキもまた笑みを返した。


「そうだね、なんせあの『双頭の獅子』にさえも馴染んで見せたんだ。……あの子はきっと、そういう所でボクよりもはるかに優れてる。メリアだけ才能がないなんてこと、最初からないんだよ」


 何せ双子は半分に分かれるものだからね、なんて付け加え、ツバキはより壁に体重を預ける。その勢いでだんだんと体が下がっていって、気が付けば七割ぐらい寝転んでいるような状態にまで変化していた。


 メリアが居た時よりも心なしか雰囲気が緩んで見えるのは、きっと気のせいじゃないのだろう。メリアが弟として姉に追いつこうと肩肘を張っていたのと同じように、ツバキも姉としての後ろ姿を見せるためにと気を張り詰めさせていた。……多分、そこに大きな差なんてないんだ。


「『旅に出たい』って初めて聞かされたの、確かマルクだったのよね。……その時、貴方はどう思ったの?」


「どう思った……か。そりゃまた難しい質問だな」


 少しの沈黙の後に投げかけられたリリスからの質問に、俺は顎に手を当てて少し考え込む。リリスの言う通り、メリアの計画を初めて知ったのは俺だ。……そして、その背中を押したのも間違いなく俺だった。


 かなり意志はしっかり固まってたし、俺が言わなくても最終的に決断してたとは思うけどな。それぐらいしっかりとメリアは旅をすることに意味を見出してたし、その先にあるゴールもちゃんと見据えてた。俺が安心して背中を押せたのも、元をたどれば多分それがちゃんと分かったからで――


「――多分、俺は嬉しかったんだよ。メリアが自分なりの答えを探して、それを出してくれたことが。それがメリアにとって大切な物になるって俺も何となく分かったから、俺もその背中を押すことにした」


 少しずつ言葉を選びながら、俺はリリスの問いにそんな答えを投げ返す。見違えるほどに大きくなったメリアの考え方に感激した、とも言えるだろう。


 いくら成長して変化したメリアであっても、『ツバキの下を離れる』なんて判断は簡単にできる者じゃないはずだ。十年かけてようやく再開した最愛の姉って事実に変わりはないし、むしろその絆はより強く、まっすぐな形に結び直された。……もしも俺がメリアの立場だったら、そんな大切な人と一緒に居られる環境を手放し難く思ってしまったかもしれない。


 だが、それでもメリアは選択したのだ。より大きくなって、一人の人間として一本立ちしてツバキの傍に戻ってくることを。……だから、その背中を俺が引きとめることなんてできるはずもなかった。


「きっとメリアはあの旅の中で強くなって、ツバキのためにまたいつか帰ってくるよ。……だから俺は、その時を待ってまた声をかけることにする」


 いろんな価値観を得て、いろんなトラブルやお祭り騒ぎに巻き込まれて。そんなハプニングだらけの道中で大事なものも増えていって、メリアはまだまだ成長していくだろう。そんな旅路を終えてもなおメリアが俺たちのことを大切に思ってくれるなら、その時がきっと本当の勧誘チャンスだ。


「結局ここが居心地いいって思ってくれたら、その時は皆で歓迎しような。『お帰り』なんてキザなセリフでもつけて、壮大すぎるぐらいのパーティとかも開いちゃってさ」


「いいわねそれ、私も賛成だわ。……パーティはしばらくこりごりだから、一日二日で返ってくるようなことはできれば勘弁してほしいけれど」


「ああ、あんな豪華な舞台は一年に一回歩かないかぐらいでいいね。アレを何度も何度も経験しているアネットには本当に恐れ入るよ」


 冗談交じりの言葉にツバキが笑って、部屋の中で笑顔が連鎖していく。その渦の中にメリアが居る未来を想像すると、それはとても理想的な景色に思えた。


『――ごめん。僕はずっと、君のことを見くびっていたよ』


『旅に出ようと思う』という決意を聞いた時、メリアから伝えられた言葉をふと思い出す。記憶の中のメリアは深々と頭を下げていて、地面と平行になってるんじゃないかと思えるぐらいだった。

 

『君は力が足りなさすぎると思ってた。姉さんがこんな人の傍にいるのは間違ってるって思ってた。そもそもその考え方自体が違うんだってことに、少しも気づかないままでさ』


「……力が足りない、か」


 図星を突いているその指摘に内心で苦笑して、俺はメリアの言葉をなおも思い出す。その考え方は間違ってなんてこともなくて、俺が三人の中じゃ不自然に弱いことも分かっている。……だけど、この景色を作れたのはきっと俺が俺だったからだ。そう思うと、自分の中にずっと巣食っていた無力感は少しだけ溶けていくようで。


「……確かにそれは間違いないからさ、いつか頼らせてくれよ。お前は、間違いなく強いから」


 もうきっと遠く離れた町にいるメリアに向けて、俺は内心で呟く。……メリアが加わった『夜明けの灯』は、今と変わらずに賑やかで楽しげな姿をしていた。

 第四章、そろそろクライマックスです! それぞれの道を進む彼らはこの事件を通じて何を得たのか、リザルトの確認をぜひお楽しみいただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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