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第三十二話『観光区にて』

――冒険者の立場からすると忘れがちだが、王都はこの国きっての観光都市の側面も併せ持っている。王城のお膝元であることを考えれば街のどの要素をとっても高レベルなのは納得できる話なのだが、それを知らない二人にとってその光景はとても新鮮なものだったようで――


「……へえ、観光区となるとこんなにも人が……」


「王都って言われてもあまり実感がなかったけど、こうもいろんな人たちが集まっているのを見るとそれも湧いてくるってものだね。……ここは、本当に一国の中心地なんだ」


 少し離れた所から人々の往来を見つめ、二人は感嘆の声を上げる。のんびりとした足取りで街を行きかう人々はおしゃれな服に身を包んでいて、冒険者たちが行きかう地域とその光景は似ても似つかなかった。


「というか、こんなにきらびやかならもう少し服装も工夫するべきだったかもしれないわね……。ドレスコードがある店には確実に入れないわよ、今の私達」


「大丈夫だ、そんなお固いところに向かう訳じゃねえよ。今日の目的地は王都に住んでる人たちもターゲットにしてる店だから安心してくれ」


 落ち着かない様子で視線をあちこちに向けるリリスに、俺は笑みを浮かべながら返す。ドレスコードがあるような場所には俺も行ったことがないし、お堅い規則がないぐらいのところが俺にとってはちょうどいい場所だった。


 観光地としての中心に突っ込んで王都の知られざる側面を堪能するのも悪くないけど、それをしようと思うと絶対に一日じゃ済まないからな……。人ごみの中をかき分けて進んでいくってのも中々に疲れる行為だし、本当にがっつりとした王都観光はまたダンジョン開きの後にでも計画すればいいだろう。


「ああ、きらびやかなところじゃないのは助かるよ。そういうのにはあまり慣れてなくてね、いるだけで目がくらんでしまいそうになるんだ」


「大丈夫、お前たちからしてもリラックスできるところだとは思うからさ。……ほら、こっちだ」


 その中を歩くだけで疲れてしまいそうな人波を横目にしながら、俺たちは大通りの二本ほど手前の通りを素すんでいく。ここにもそこそこの数の観光客はいたが、三人が横に並んでも大丈夫なくらいの余裕はあるのがありがたい。縦で並んで歩いてるとどうしても話しにくいからな。


「王都には何回か来たことがあるけど、こんなところを歩くのは初めてね……あの男も、こんなところの存在は知らなかったんじゃないかしら」


「そうかもしれないね。王都はよく稼げる街くらいにしか思ってなさそうだったし」


 左右に現れるいろんな店を見つめながら、リリスとツバキはそんなやり取りを交わしている。確かにここいらは商店やギルドとは真反対の位置に位置するような区画だし、王都に慣れ親しんだ人でも知らないというのは十分にあり得る話ではあった。


「王都の区画分けはきっちりしてるからな……観光客が冒険者たちの区画に迷い込まないで済むってのは正直ありがたい話だけど、この街に滞在しようって思うとそこそこめんどくさいんだよな」


「あ、それは少し分かるかも。もう二週間くらいこの街にいるけど、この辺りみたいに普段足を運ぶことのない場所なんてざらにあるし」


 俺の呟きに、リリスが納得がいったようにうんうんと頷く。俺たちがここに足を運んでいなかったのは冒険者としての仕事で忙しかったのもあるが、一番の要因は王都という街の仕組みがしっかり作られている事で間違いなかった。


 冒険者たちのための区画は王都の中でも中心に位置しており、一応四つの区画にダイレクトには接続している。だが基本的に冒険者が生活の上で足を運ぶのは西の商業区ぐらいの物なので、俺たちにとっての王都は実際四分の一の大きさみたいなものだ。


 だが、その境界線の近くには両方の区画の利用者をターゲットにするような店がちょこちょこ存在する。今日俺が向かおうと思い立ったのも、そんな店のうちの一つで――


「お、ついたついた。ここが今日の目的地だ」


 カラフルな色遣いの店の前で足を止め、俺は改めて二人に目的地を伝える。行きつけ――というには足を運んだ回数が少なすぎるのが問題だが、冒険者でも気が引けないくらいのちょうどいい雰囲気がこの店の魅力の一つだった。


「『カフェ+魔道具』……なんというか、あまり見たことのない組み合わせをしているんだね」


「魔道具なんていかにもな言葉じゃない。マルクが言ってた『準備も同時にする』って、もしかしてここで保険の魔道具を買い込むとかそういう事?」


 その店の上部に付けられた看板を見やり、二人が思い思いの感想を口にする。リリスに関しては少しばかりの疑いの目をこちらに向けてきていたが、俺はゆるゆると首を横に振った。


「半分正解で半分間違いって感じだな。確かにここでも買いたいものはあるけど、この観光の本分がのんびりする事なのは間違いねえよ」


 何てったってカフェだからさ、と俺は胸を張る。魔道具の要素も確かにありがたいけど、あくまで本分はリラックスの方だ。『ダンジョン開き』に挑めば最後、脱出するまでリラックスできる瞬間なんてないと思った方がよさそうだからな。


「ま、ここに関しては実際に店内を見た方が話が早いな。……ほら、こっちだ」


 そう言って扉を押し開け、俺たちは店内に足を踏み入れる。中はほどほどに混みあっているが、冒険者らしき格好をしている人は俺たち以外には見当たらなかった。昼下がりという時間帯もあって、皆一息ついて次の観光プランを話し合っている感じだろうか。


「……私達、やっぱり相応の服装をしてくるべきだったんじゃない?」


「そうだね……なんというか、このままくつろいでもボクたちだけが浮く羽目にならないかい?」


「大丈夫だ、ここはしっかり冒険者向けの店でもあるからな。ほら、こっちにその証拠もあるし」


 少し気後れしている様子の二人の背中を押しながら、俺たちはどんどんと店の中を進んでいく。扉からまっすぐ行った突き当りにあるカウンターに、俺が探している人はいた。


 屋内であるにもかかわらず黒いフードを被り、その奥からは紅い瞳がのぞく。いかにも魔術師といった格好をしたその人物こそが俺の顔なじみであり、このカフェを経営する店主その人だ。


「いらっしゃいませ――っておお、マルクじゃないか。ずいぶんと久しぶりだな?」


 俺に気が付くなり店主はフードを上げ、特徴的な紫色の髪がその隙間からこぼれてくる。相変わらず中性的な見た目の中で、俺よりも低い声だけがやけに男性的に響いた。


「ああ、色々と立て込んでてさ。ずいぶん間が開いちまったけど覚えててくれて嬉しいよ」


「お前くらい印象深い奴は中々いねえからな、忘れたくても忘れられねえって。……そっちの二人は、『双頭の獅子』の新顔か?」


 いかにもアイツが気に入りそうなルックスだけど、と店主はさらりと付け加える。ずいぶんとデリケートな話題にずかずか踏み込んでいっているが、そこに嫌味を感じないのがコイツの凄いところだ。ただ純粋にそう思ったから聞いた、そのことが口調からもよく分かる。


「勝手にあんな奴の仲間扱いしないで頂戴。私はリリス・アーガスト、マルクのパーティメンバーよ」


「同じくツバキ・グローザ、マルクと目的を同じくするものだ。……ここまでの話を聞く感じ、貴方はマルクとかなり付き合いが深いみたいだね?」


 勝手にクラウスの仲間扱いをされたことに憮然としながらもリリスが名乗りを上げ、その後に物腰柔らかくツバキが続く。その最後に付け加えられた質問に対して、店主は堂々と首を縦に振った。


「ああ、コイツが王都に来た時くらいからの知り合いだよ。……そうか、ついにあのクソみたいな場所から逃げられたんだな」


「逃げたなんて自主的なもんじゃねえよ、お前みたいに追放されただけだ。……クラウスのクソっぷりは、あの時から何にも変わってねえよ」


 少しばかり感激した様子の店主だったが、現実はそんなにいいものじゃない。……まあ、あの場所から逃げられたってだけでこいつにとっては感動的な事なんだろうけどな。


 それぐらいにクラウスという人間は悪辣で、彼が取りまとめる『双頭の獅子』というパーティは闇が深い。……ともすれば、こいつは俺よりもはっきりとそのことを理解しているだろう。


「ねえマルク。この店主、いったい何者なの?」


 俺が妙な感慨に浸っていると、リリスが我慢できないと言いたげに俺の背中をつついてくる。確かに、二人からするとこの人はまだ正体不明のフードの男ということしか分かってないわけだしな。そんな人と思い出話じみたことをしてたらそりゃ疑問にも思うか。


 その声はカウンターの向こうにもしっかり聞こえていたらしく、店主は苦笑しながらフードをさらにめくり上げる。俺たちの前にその素顔を晒した店主は、俺たちに笑みを浮かべていた。


「ああ、そういえば名乗りがまだだったな。俺はラケル・マエストリ。魔術工房兼カフェテリア『ラボラティエ』の店主で――」


 だがしかし、それは間違っても営業スマイルではない。店主――ラケルがこの店を構える前の経歴を知る人にしか見せない、強気な笑みがそこには浮かんでいて――


「その正体は王都最強パーティ、『双頭の獅子』の元魔道具担当でもある。いろんな意味で、俺はマルクの先輩ってこったな」


――その口から告げられた情報に、二人の眼が驚きに見開かれた。

ということで、新キャラクター登場です! マルクの知り合いってことで『じゃあなんで最初からコイツ頼らなかったの?』みたいな疑問もあると思いますが、その答えはまた次回にて。ここからも楽しんでいただけると嬉しいです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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